4026話
連休なので、今日は2話同時更新です。
こちらは2話目なので、直接こちらに来た方は前話からどうぞ。
巨大キノコの魔石は、結局何のスキルの習得も強化も出来ない、完全に外れの魔石だった。
まさか十六階のモンスターでそんなことになるというのは、レイにとっても少し……いや、かなり予想外だったのだが、そうなってしまった以上は仕方がない。
「せめてこっちのキノコが美味いならいいんだが。もしくは胞子が何らかの優良な素材とかだったら……」
レイにしてみれば、苦労……した訳ではないが、それでもこうして倒したモンスターの素材なのだから、せめて……せめて食材として美味いキノコであってくれと思う。
日本にいた時は山の側で育ったレイだ。
当然ながらキノコは好きな食材の一つだ。
これだけ巨大なキノコの塊をどうやって食べたらいいのかは分からないが。
(もし俺がやるのなら、豚バラのような脂身の多い肉と一緒に炒めるとか? もしくはパスタ……はどうやって作るのか分からないから、うどんの具にするとか。もしくは鉄板焼きで肉を焼いた時の付け合わせとかにもいいかもしれないな)
キノコの方はそれでいいとして、次に問題となるのは胞子だろう。
それこそこのキノコの胞子が一体何に使えるのか、レイには全く想像出来ない。
無理に思い浮かべるとすれば、それこそ敵に向かって使うとか、そういうのだろう。
……問題なのは、それによって一体どのような効果があるのか分からないといったところだ。
巨大キノコと戦った時も、向こうは胞子を飛ばしてきたが、スキルを使ってそれに対処している。
そういう意味では、この胞子の効果は明らかに不明だった。
「まぁ、ギルドで聞けばいいか。敵に対する攻撃手段以外だと、それこそ何らかの素材になるとか、そういう感じで使うしかない訳だし」
「グルルゥ?」
「……食べ物じゃないのは間違いないから、決して食べないようにな」
何故かセトが胞子に興味を示したので、レイはそう言っておく。
もっとも、セトのような高ランクモンスターであれば、そこまで強くなかった巨大キノコの胞子に触れるようなことがあっても、特に問題はないのかもしれないが。
それでも触れない方がいいのは間違いなく、レイはセトに言い聞かせるのだった。
「グルゥ……」
レイの言葉に、残念そうに喉を鳴らすセト。
レイに注意されたからというのもあるのかもしれないが、余計に胞子に興味を持ってしまったらしい。
このまま胞子を出しておくのは不味い。
そう判断し、レイは胞子の入った保管容器をすぐにミスティリングに収納する。
「グルゥ」
そんなレイの態度に残念そうに喉を鳴らすセト。
それでもしつこく胞子を求めなかったのは、胞子に興味は抱いたものの、そこまで強い興味ではなかった為だろう。
(それにしても……やっぱり魔石が使えなかったのは痛いな。十六階なのに……)
魔石を使っても魔獣術が発動しない……つまり、新しくスキルを習得したり、覚えているスキルが強化されるといったことがないのは、別にこれが初めてではない。ないのだが……それでもやはり、残念に思うのは止められなかった。
「まぁ、そうなってしまったものは仕方がないか。今はとにかく十六階の探索を続けるぞ。今日はまだ宝箱も見つけてないし」
もしレイのこの言葉を他の冒険者が……特に一階や二階で活動している冒険者が聞けば、それは当然だと叫んでもおかしくはない。
宝箱というのは、そう簡単に入手出来るようなものではないのだから。
それでもレイが頻繁に宝箱を入手出来ているのは、単純にレイやセトが次々と深い階層に潜っているからというのが大きいだろう。
他にも五感が鋭いセトがいるので、宝箱を見つけやすいというのもあるし、十四階や十五階の時のように宝箱があっても取ることが出来ない場所にあるのを入手出来るというのも大きいし、宝箱の罠を自分で解除せず、ミスティリングに入れて持ってこられるというのも大きいだろう。
「グルゥ!」
宝箱というレイの言葉に、セトが嬉しそうに喉を鳴らす。
幸いなことに、宝箱と言われて先程の胞子の件は完全に忘れてしまっていたらしい。
そうしてレイはセトと共に十六階の探索を続ける。
相変わらずのジャングルの階層で、植物が大量に生えており、視界が悪い。
それでも、レイやセトの場合は暑さについて気にしなくてもいいので、十六階を攻略する上ではかなり楽なのだが。
「セト、何か異常はないか?」
「グルゥ? ……グルルゥ」
レイの言葉に、セトは周囲の様子を確認するように一瞥するが、すぐに何もないと喉を鳴らす。
セトがこうして大丈夫だと示したのなら、レイにとっても特に心配するようなことはない。
そのことに安堵しつつ、レイはジャングルを進むのだった。
「グルルルゥ!」
ジャングルの中を進むこと、一時間程。
途中、巨大キノコと二度程遭遇したが、そういう敵だと、相手が弱いというのを十分に理解していたので、レイもセトも特に動揺することなく、あっさりと倒すことに成功していた。
……とはいえ、魔石は魔獣術に使えない。
キノコの可食部位なのだろう場所が残るのはレイにとっても悪くなかったが、胞子は何故か妙にセトが興味を示すので、出来るだけ早くミスティリングに収納することになった。
そんなやり取りをしつつ進んでいたところ、不意にセトが喉を鳴らしたのだ。
それもかなり警戒を示す様子で。
一体それが何故なのか、それはレイにも分からない。
だがこうしてセトが警戒しているということは、それはつまり何かそうすべき理由があってのことだろうというくらいの判断は出来る。
そんな訳で、レイは周囲の様子を警戒しながらセトと共に進むと……
「おう?」
不意に、ジャングルが途切れた。
先程までは鬱陶しいくらいに植物が生えていたのだが、とある場所……ちょうどレイが足を踏み入れた場所から、植物が一切生えていない丸く広い空間が広がっていた。
「……いや、違うか」
呟き、レイは丸い空間、丁度そこだけ土が剥き出しになっており、荒野という表現が相応しい場所の中央に視線を向ける。
荒野となった場所の中央には、巨大な青い薔薇が咲いていた。
それこそ普通なら薔薇というのは大きくても握り拳程の大きさだろう。
もっとも、これはあくまでもレイが知ってるだけで、日本……いや地球にはそれこそ人の顔よりも大きな薔薇もあったりするのだが。
ともあれ、レイの視線の先にある薔薇は横幅だけでも五m程はあり、高さもそれと同じくらいの、本当に巨大な青い薔薇だった。
ただし、当然と言うべきか、荒野に生えている薔薇はあくまでも一輪でしかなく、他に薔薇の花はどこにもない。
「セト、あの薔薇の花……どう思う? 俺にしてみれば、明らかに植物系のモンスターにしか見えないんだが」
「グルゥ」
レイの言葉にセトが同意するように喉を鳴らす。
セトから見ても、この荒野となっている場所に生えている巨大な薔薇はモンスターにしか思えないのだろう。
もっとも、巨大な薔薇はレイとセトの会話を聞いても特に何も反応していなかったが。
それこそ自分はただの花なんですと言わんばかりに、ただ黙って咲いている。
(これだけを見ると、間違いなく綺麗なんだけどな)
大輪の花……いや、大輪の薔薇という表現が相応しい、そんな巨大な青い薔薇。
何も知らなければ、思わず近付いてしっかりと薔薇を観賞したいと思わせるような、そんな美しさを持っている。
だが、それはあくまでも何も知らなければの話だ。
そもそもダンジョンの中で……それも周囲に生えている植物を枯らしている時点で怪しい。
(多分、この荒野になってる場所に生えている植物は、あの巨大な薔薇に栄養を取られた……もしくは植物そのものが捕食されるなりなんなりしたんだろうな。)
荒野の状況を見て、レイはそう予想する。
その予想が正しいのかどうかは、レイにも分からない。
分からないが、それでもこうして目の前に広がっている光景を見れば、恐らくそう間違っていないのだろうとは思える。
「さて、セト。あの巨大な薔薇だけど……どうする?」
「グルゥ……」
レイの言葉に、セトは少し悩むように喉を鳴らす。
レイとセトの間では、既にあの巨大な薔薇がモンスターなのは間違いない。
そして当然のように未知のモンスターである以上、ここで倒さないという選択肢はなかった
問題なのは、一体どうやって倒すべきかということだろう。
「いっそ魔法を使って燃やす……いや、植物だとすると、素材的な意味で不味いか?」
巨大な薔薇は、それがモンスターだと知らなければ目を奪われることは間違いない、そんな美しさを持っているのだ。
そうである以上、倒した時にはその素材として何か珍しい……もしくは美しい物でも素材として残すのではないか。
そのようにレイが予想するのも、そうおかしな話ではない。
だからこそ、遠距離から魔法で燃やすといった攻撃方法で倒してしまった場合、その素材も入手出来なくなってしまう可能性が高い。
ドワイトナイフなら、死体が多少損壊していてもその効果で復元出来るが……魔法で炭となってしまった死体もどうにか出来るかと言われれば、正直微妙なところだった。
(いや、まず無理か)
試したことはないので確実にそうだとはレイも断言出来ない。
出来ないが、それでも何となくレイはそう予想出来ていた。
「グルルゥ、グルゥ、グルルルゥ?」
悩んでいるレイを見かねたという訳でもないのだろうが、セトが自分にやらせて欲しいと喉を鳴らす。
「大丈夫なのか? いやまぁ、セトなら問題ないとは思うけど」
「グルゥ!」
レイの言葉に、セトは任せてと喉を鳴らす。
それだけセトは自信があってのことなのだろう。
「分かった。じゃあ、セトに任せる」
そうレイが言うと、セトはやる気満々といった様子で……荒れ地となっている場所から離れる。
一瞬、本当に一瞬だったが、セトのそんな動きに巨大な薔薇が動いたように思えた。
だが、花が少し動いただけで、実際に何らかの行動を起こす様子はない。
「もしかして、荒れ地となっている場所に入らなければ問題がなかったりするのか?」
巨大な薔薇に、一体どれだけの自我があるのかはレイにも分からない。
分からないが、それでもセトがやる気満々といった様子で喉を鳴らすと、それに反応して身体――という表現が相応しいのかどうか、レイには分からなかったが――を動かすのだ。
それはつまり、セトを敵として認識してるのは間違いないということになるだろうとレイには思えた。
だが、そのセトがやる気満々といった様子とは裏腹に、巨大な薔薇から距離を取ったのだ。
巨大な薔薇は動揺したのか、それとも呆気にとられたのか、もしくはそれ以外に何か思うところがあったのか。
それはレイにも分からなかったが、動いたのは間違いない。
「グルルルゥ!」
そんな巨大な薔薇から見えない場所……荒れ地となっている外側の、ジャングルの植物がしっかりと生えている場所まで移動したセトは、巨大な薔薇から自分の姿が見えないのを確認しつつ、スキルを使う。
使ったスキルは、地中潜行。
そのまま、まるで水に潜るかのようにセトは地中に潜る。
(なるほど、地中ならあの巨大な薔薇からも攻撃をされない……されない? そうなのか? というか、植物ってのは地中にしっかりと根が根付いているものなんじゃないのか? なら……)
そんな疑問をレイが抱いた瞬間、不意に巨大な薔薇が動く。
先程のように少し動いたといった程度の動きではない。
それこそ、見て分かる程に何度もその巨体を動かしていたのだ。
「あれは……セトが地中で何かをしてるのか? あるいは、地中にいるセトを何とかして撃退しようと根を動かしているのか?)
そのどちらが正しいのかは、生憎とレイにも分からない。
分からないが、それでもレイが見た限りでは巨大な薔薇が有利だとは到底思えなかった。
……もっとも、それはあくまでもレイがそのように思っているだけであって、実際にはどうなのかは分からないが。
これで巨大な薔薇に顔のようなものでもあれば、その表情を見ることも出来ただろう。
しかし、巨大な薔薇にあるのはその花だけだ。
……いや、それ以外にも茎や蔦、葉といったものがあるのだが。
ともあれ、レイの見ている先で巨大な薔薇はジッタンバッタンといったように、激しく動く。
「えっと……それはいいのか……?」
その手のことに詳しくないレイから見ても、巨大な青い薔薇は非常に美しい。
だというのに、こうして何度も動き回ることによってその花は地面に……それも荒れ地にぶつかっては、汚れていく。
本当にこれでいいのかと、そうレイは思うのだが……それでも巨大な薔薇の動きが止まることはなかった。




