4025話
「うお……初めてレイに勝った……」
レイの前にいる教官が、感慨深げに言う。
だが、そんな教官に対し、周囲にいる他の教官達は呆れの視線を向けていた。
「実際に戦って勝った訳じゃないのに、よくそこまで嬉しがれるわね」
「全くだ。……俺なんか運ですらレイに負けてるってのに……」
「いや、だからくじ引きの数字で勝つとかじゃなくて、きちんと戦って勝ちなさいって言ってるのに」
そんなやりとりを聞きながら、レイは自分の手元にある紙に視線を向ける。
そこに書かれている数字は、六。
一から十までの数字がくじ引きで決まっているのを考えると、レイの数字は平均の五よりも強いが、だからといってそこまで突出した強さを持つ数字ではない。
そんなレイに対し、勝ったと喜んでいる教官が持つ数字は八。
最大値が十であることを考えれば、なかなかに強い数字なのは間違いなかった。
「これ、やっぱり数字じゃなくて実際に戦わせた方がいいと思うんだが」
そう呟くレイの言葉に、勝ったと喜んでいる教官の男は慌てて口を開く。
「そういうことになったら、時間がないからこういう形になった訳だろ!?」
レイに勝ったと喜んでいた男にしてみれば、正面から普通にレイと戦ったら、とてもではないが勝利の芽はないと、そう理解出来てしまう。
だからこそ、本当に正面から戦うのは避けたいと、そう思っているのだろう。
「まぁ、それはそうだけどな」
男にとって幸いなことに、レイも別に本気でそうしたいと思った訳ではない。
何となく口にしただけなので、あっさりと引き下がる。
「次、いいですか?」
指揮官役の生徒に急かされ、レイ達は再び模擬戦に戻る。
レイはこの模擬戦について聞いた時、人間将棋や人間チェスのようなものだと想像したが、実際にそれに近い内容だった。
これで本当に指揮の練習になるのか?
そう疑問を抱くレイだったが、教官が考えた内容なのだから、恐らく何らかの意味があるのだろうと、そう思い直す。
そして数字で負けたレイはそのまま後方に下がり、生徒達の指揮によって模擬戦が続くのだった。
「随分と評判がよかったな」
模擬戦が終わり、次の時間までの休憩時間。
教官達は先程の模擬戦――という表現が正しいのかどうかは微妙だが――の感想を口にしていた。
実際、その言葉は正しく、生徒達にとって先程の模擬戦はかなり楽しかったらしく、評判はよかったのだ。
駒として動いたレイにしてみれば、そこまで面白かったか? というのが正直な感想だったが。
(セト好きなら、セトを自分の指示通りに動かせたことを喜んでもおかしくはないかもしれないけど)
今回の模擬戦には、当然のようにセトも参加していた。
これが普通の従魔ならともかく、セトは頭が良く人の言葉もしっかりと理解出来る。
その為、セトが駒として参加しても何も問題はなかった。
……なお、セトの数値は九と非常に高い数値で、多くの者を蹂躙する結果となっている。
「グルゥ?」
セトのことを考えていると、第六感か何かでセトもそのことに気が付いたのか、どうしたの? と喉を鳴らしながら近付いてきた。
「いや、今の模擬戦でセトは活躍したと思ってな」
「グルルゥ!」
レイの言葉にセトは嬉しそうに喉を鳴らす。
笑みを浮かべたレイはそんなセトを撫でてやり、次の模擬戦までの時間を潰すのだった。
「さて、今日は十七階に下りてみたいところだけど……どうだろうな」
午前中の模擬戦は無事に終わり、いつものように冒険者育成校の食堂で昼食を食べたレイはセトと共にダンジョンに来ていた。
既に慣れたように十五階まで転移水晶で移動すると、セトに乗って十六階に続く階段に。
以前遭遇した溶岩の鳥とは、残念ながら今のところ遭遇していない。
他にも特にモンスターと遭遇することなく十六階にやってくると、周囲の様子を確認しながら探索を開始する。
「グルルゥ? グルゥ」
レイの言葉にセトは果実は探さないの? と喉を鳴らす。
どうやら今日は果実を探したい気分らしい。
実際、以前食べた果実は美味かったので、そういう意味ではレイも果実を探してもいいとは思うのだが。
「まぁ、探してみて見つかったらな。後は……まだこの階層には未知のモンスターがいそうだし、他にもセトとデスサイズのどちらかしか魔石を使っていないモンスターもいるし」
「グルゥ!」
レイの言葉に、やる気満々といった様子でセトが喉を鳴らす。
セトにしてみれば、果実も未知のモンスターも、どちらも探すという意味ではそう違いはないのだろう。
「さて、じゃあ行くか」
そうして、レイはセトと共に十六階の探索を開始するのだが……
「グルルルゥ」
探索を始めてから十分も経たないうちに、セトが喉を鳴らす。
それは果実や宝箱を見つけたといったものではなく、警戒の鳴き声。
セトの様子から考えて、敵が……モンスターが近付いて来ているのだろうというのはレイにも容易に予想出来た。
その為、デスサイズと黄昏の槍をミスティリングから出して装備する。
(指輪は……使わない方がいいか)
無詠唱魔法用に右手の中指に嵌めている指輪を一瞥し、そう判断する。
この指輪は数が限られている。
また、何よりもこの十六階はジャングルの階層だ。
もしレイが無詠唱魔法を使ってしまったら、瞬く間に燃え広がってもおかしくはない。
(俺達以外に誰も十六階にいないとかなら、その手段もありなのかもしれないけど)
この十六階にどれだけのモンスターがいるのかは、レイにも分からない。
だが、炎の魔法によって燃やしつくしてしまえば、その全てを焼き殺すことが可能だろう。
……難点なのは、それだと素材や肉が炭となってしまうことか。
いや、それならまだマシかもしれない。
炎の勢いによっては、魔石も含めて燃えてしまう可能性が十分にある。
ダンジョンを探索するというだけなら、あっという間に終わるのだが……それでも、やはり色々と思うところがあるのは間違いなかった。
(うん、やっぱり止めた方がいいな)
そう思っていると、やがて近くの茂みが揺れ始め……
「は?」
やがて姿を現したのは、巨大キノコと呼ぶべき存在だった。
キノコの大きさはレイと同じくらい。
そんなキノコが、三匹茂みを突き破って出て来た。
当然ながらキノコには足がない。
移動するのは巨大キノコがジャンプしながら茂みを突き破って出て来たのだ。
「敵……か?」
あまりと言えばあまりの光景に、レイは思わずといった様子でそう呟く。
キノコのモンスターそのものは、そこまで珍しいことではない。
以前にも同じようなキノコのモンスターと遭遇したことはある。
だが……それでも、いきなりの光景に驚くなという方が無理だった。
とはいえ、レイが驚いていても、巨大キノコが同じように思うとは限らない。
一瞬動きを止めた巨大キノコは、三匹揃って身体を揺らす。
「っ!? 飛斬!」
巨大キノコの身体から胞子が飛び散ったのを見たレイは、半ば反射的にデスサイズを振るってスキルを発動していた。
飛んでいった斬撃は、巨大キノコのうちの一匹をあっさりと切断する。
「あれ?」
もしかして、弱い?
そんな風に思いつつも、レイは続けてスキルを発動する。
「風の手!」
デスサイズの石突きから伸びた風の手が空中を動き回って胞子が四散するのを阻止する。
するとそれを待っていたかのように、セトが前に出て……
「グルルルルゥ!」
翼刃のスキルを発動し、残っていた二匹の巨大キノコの間を通りすぎる。
二匹の間は決して広い訳ではないが、セトは半ば無理矢理身体を突っ込ませる。
それによって、翼刃は二匹の巨大キノコを容易に斬り裂く。
上半身と下半身に分かれた巨大キノコは、そのまま地面に倒れる。
「えっと……あれ? これで終わりか? 十六階のモンスターにしては随分と呆気ないというか、何というか……」
切断されたことによって、本当に死んだのか?
そんな疑問を抱くも、そもそも生き物というのは基本的に身体を上下に切断されれば死ぬ。
だが……それでも、こんなにあっさりと、本当に死んだのかと疑問に思ってしまう。
一応警戒しながら、地面に倒れた三匹の巨大キノコの様子を確認するが……
「死んでる、な。え? これ……本当に? 擬態とかそういうのじゃないっぽいし……でも、えー……」
敵が弱いのは、レイにとって決して悪くはない。
悪くはないのだが、それでもやはりあまり納得が出来ないのは間違いない事実。
念には念をということで、黄昏の槍の穂先で地面に倒れた巨大キノコの身体を刺してみるものの、やはり何も反応らしい反応はない。
これはやはり、死んだと考えてもいいのでは?
そうレイが思い、一応死体の様子を警戒しながらドワイトナイフをミスティリングから取り出す。
もう死んでいるのは間違いないと思う。
思うのだが、それでもこうしてあっさりと倒れたのを素直に信じることは出来なかった。
だが、ドワイトナイフを使ってみて、それで解体出来たら、それは間違いなく死んでいるということになるだろう。
そんな思いを込めて、レイは巨大なキノコの死体に向け、魔力を込めたドワイトナイフを突き刺す。
すると次の瞬間、周囲が眩く光り……そして光が消えると、そこには素材と魔石が残っていた。
「うわ、ドワイトナイフで解体出来たってことは、やっぱり本当に死んでたのか。……本当にこれって十六階のモンスターなのか? このモンスター、よくこの階層で生きていられるな。……ああ、もしかして生態系の底辺だったりするのかもしれないな。繁殖力が高い代わりに、他のモンスターの餌になる的な感じで」
そうレイが思ったのは、魔石と一緒に出て来た素材がキノコだったからだろう。
勿論、普通のキノコではなく、巨大なキノコがそのままそこに残っていた感じだ。
つまり、普通にキノコとして食べられるようになっているのだろう。
後は普段なら内臓が入っている保管ケースに、大量の胞子が入っている。
この胞子が何に使われるのかは、レイにも分からない。
分からないが、ドワイトナイフでこうして素材として出て来た以上、何かに使えるのは間違いないのだろう。
(アニタに聞けばいいか。それで特に俺に必要がないものなら、ギルドに売っても構わないし。後、キノコは普通に食べられるという認識でいいんだよな?)
他の巨大キノコもドワイトナイフで解体し、魔石以外は全てミスティリングに収納する。
「さて、セト。……まずはお前からでいいよな?」
「グルゥ!」
レイの言葉にセトは勿論と喉を鳴らし、レイはそんなセトに向かって巨大なキノコの魔石を放り投げる。
セトは魔石をクチバシで咥えると、そのまま飲み込み……
「ん?」
数秒が経ってもいつものアナウンスメッセージが脳裏に響くことはない。
「グルゥ……」
そんなレイに対し、セトが残念そうに喉を鳴らす。
それを見て、レイも何が起きたのかを理解する。
「うわ……マジか」
そう、つまりこの巨大なキノコの魔石は、魔獣術によって新たなスキルを習得したり、あるいは強化したりすることが出来ない、いわゆる外れの魔石であったことを意味していた。
勿論、今までにもそういう魔石がなかった訳ではない。
弱いモンスターの魔石がその可能性が高かった。
だが……それでもここはダンジョンの十六階だ。
ガンダルシアのダンジョンで一番深い場所を潜っているのは久遠の牙となる。
その久遠の牙が潜っているのが二十階であり、レイが現在いるのは十六階となる。
つまり、現在レイが潜っている階層は、ガンダルシアにいる冒険者の殆どが来ることが出来ない場所なのだ。
だというのに、そんな階層に出て来たモンスターの魔石が、外れの魔石。
これはレイにとってもがっくりとすることだった。
……いや、寧ろこの場合はレイ以上にセトの方ががっかりしてるのだろう。
何しろ実際に魔石を飲み込んだのはセトなのだから。
「となると……多分、無理だろうけど」
そう言いつつ、レイはドワイトナイフと入れ替えるようにしてミスティリングから出したデスサイズを手にし、巨大なキノコの魔石を空中に放り投げ……
斬、と。
デスサイズを一閃させることによって、魔石を切断する。
「……」
そのまま数秒が経過するのを待つも、聞き慣れたアナウンスメッセージが脳裏に響くことはない。
セトが魔石を飲み込んでも魔獣術のアナウンスメッセージがなかったことから予想は出来ていたが、どうやらデスサイズで切断しても魔獣術が発動しなかったのだ。
そのことにがっかりしながらも、レイはセト程に衝撃を受けている様子はない。
これは良くも悪くも、レイの前にセトが魔獣術を試して、その結果駄目だったというのを知っていたからだろう。




