3896話
「毎度あり」
女将さんが嬉しそうにそう言う。
……当然だろう。疲労回復のポーションが結構な数売れたのだから。
疲労回復のポーションは、その効果は間違いなくある。
あるのだが、その外見が蛍光色の緑という……とてもではないが、疲労回復のポーションのようには思えなかったのだろう。
実際、レイから見ても毒にしか見えないのだから。
ただ、毒ではないと示す為に女将さんは自分でそのポーションを飲んで見せた。
それを見て、ようやくレイもそのポーションが毒ではないと判断出来た程には、怪しげな色だった。
そんなポーションだけに、当然ながら仕入れはしても売れなかった。
当然だろう。効果があっても、好んで毒々しい色のポーションを飲みたいとは思わない。
結果として、何とかその売れ残りを処分したかった女将さんだったが……それが全てではないにしろ、大半は売れたのだから、店を経営する者として喜ぶなという方が無理だった。
(今度仕入れる時は、もっと外見に気を配れと言っておく必要があるだろうね。……効果は悪くないんだけど)
そんな風に思っていると、イステルが口を開く。
「じゃあ、女将さん。私達はそろそろ行きますね。ギルムから戻ってきたら、また顔を出しますから。何かお土産を買ってくるから、楽しみにしていて下さい」
「イステルちゃんも気を付けてね。私が知ってる限りだと、ギルムはかなり厄介な場所なんだ。それだけに、いつ何があってもおかしくないんだ」
それは、お得意さんに対する純粋な心配の気持ちから出た言葉。
女将さんにとって、イステルは上客であると同時に可愛がっている相手なのだろう。
「はい。何かあっても、パーティメンバーと一緒なので、何とかなると思います」
「だといいんだけど。……イステルちゃんをお願いするよ」
前半はイステルに、後半はレイに向かってそう言う。
ただ、レイはそんな女将さんの言葉に少し困る。
「基本的に生徒達の面倒をみるのは、俺じゃなくて一緒に行く教官……ニラシスだしな。何かあっても、まずはニラシスが対応すると思う。ただ、それでも……本当にニラシスだとどうしようもないようなことになったら、俺が出るしかないだろうけど」
ニラシスは冒険者としても相応の強さを持つ。
だが、それでもギルムで見れば、平均か……場合によっては、中の下といったところだろう。
また、ニラシスが選ばれた理由として、ダンジョンで怪我を負ったからというのもある。
そういう意味では、本当に戦力としてはそこまで期待は出来ないのだろう。
勿論、何も知らない素人がいるよりは大分マシなのは事実だったが。
「そうかい。……じゃあ、これをおまけしておこうかね」
レイの言葉に、女将さんはカウンターの内側から一本のポーションを取り出す。
ただし、そのポーションはレイ達が購入した疲労回復のポーションとは違い、普通のポーションだった
……いや、普通のポーションという表現は正しくないだろう。
それなりに高品質の、つまりそれだけ高額のポーションだったのだから。
「え? おまけって……いいんですか?」
「イステルちゃんが無事に帰ってきてくれるのなら、この程度は安いものさ。だろう?」
「女将さん……ありがとうざいます」
そう言い、イステルは頭を下げる。
そんなイステルの横で、レイは口を開く。
「俺のおまけは?」
「あのねぇ、仮にも異名持ちのランクA冒険者が、何をみみっちいことを言ってるんだい。レイの稼ぎなら、それこそこのくらいのポーションの十本や二十本……いや、百本くらいだって買えるだろう?」
「まぁ、それは否定しない」
イステルに渡されたポーションは、それなりの高額なポーションだったが、それはあくまでもそれなりにでしかない。
レイが欲しているような、強力な回復能力があるポーションの足下にも及ばないだろう。
レイが所有している資金は、それこそ数人の家族は数度生まれ変わっても一生遊んで暮らせる程の額がある。
また、最近はアニタ……より正確にはギルドの要望によって、ダンジョンで入手した素材をギルドに売ってもいる。
レイのダンジョンを攻略する速度は並大抵ではなく、既に辿り着ける者はガンダルシアの冒険者でも一部しかいない十五階まで到達している。
そんな限られた者しか辿り着けない階層で倒したモンスターの素材だ。
現在一番深い場所を攻略している久遠の牙には及ばないものの、それでも倒したモンスターの素材はどれもかなりの高値で売れる。
ましてや……レイの場合、解体はドワイトナイフでやっているので、ギルドが買い取る素材はどれも最上級品の扱いだ。
これが普通の冒険者なら、解体で多少失敗をしたりといったこともあるので、値段が幾らか安くなったりするのだが。
だが、ドワイトナイフを使い、莫大な魔力を持つレイがその魔力をドワイトナイフを使うのに込めれば、ドワイトナイフは最高の効果を発揮する。
それらの金額もあるので、それこそイステルにおまけとして渡されたようなポーションであれば、容易に購入出来るだろう。
……もっとも、それだけの金額分ポーションを購入しようとしても、この店に在庫があるかどうかはまた別の話だったが。
「まぁ、うちにあるポーションはそこまで高い物じゃない……つまり、効果もそのくらいだということになるんだ。レイのような冒険者がわざわざ購入するような物じゃないのは間違いないね」
その言葉には強い説得力があり、レイも頷くしかないのだった。
「今日はありとうございました、レイさん」
道具屋を出て、それからも何軒かの店を見て回り、買い物を終え、そろそろ解散というところで、イステルはそうレイに感謝の言葉を口にする。
レイはそんなイステルに向かって首を横に振る。
「別にそこまで気にするようなことじゃない。俺も何だかんだと楽しめたしな」
レイがいつもセトと一緒に街中を歩くと、行くのは基本的に屋台であったり、パン屋であったり、食堂であったり、酒場であったり……ようは、食べ物を売ってる店だ。
もしくは、料理ではなく食材を見て回ったりすることもある。
勿論、絶対に他の店に行かないという訳でもないので、それなりに他の店に顔を出したりといったこともあるが……それでも、今日イステルと一緒に見て回ったような、色々な店に寄るということはないだろう。
何かの気紛れでそういうことをしないとは限らないが。
とにかく、そういう意味でも今日こうしてイステルと一緒に色々な店にいったのは、決して悪いことではないとレイには思えた。
「そうですか。レイさんに喜んで貰えてよかったです。……じゃあ、私はそろそろ帰りますね。また、明日」
「ああ、またな」
そうして短く言葉を交わすと、レイはイステルと別れる。
自分の家に向かって歩き……
(あ、もしかしてこういう時ってイステルを送っていったりした方がよかったのか?)
ふとそう思うが、すぐにそれを否定する。
イステルも冒険者育成校においてはトップクラスの実力を持つのだ。
もし何者かがちょっかいを出しても、大抵の相手なら何とかなるだろう。
(それに、今日のは別にデートって訳でもなかったし。そう考えれば、やっぱり送るとかそういう風にしなくてもいいよな)
そんな風に思いつつ、レイは家に向かう。
幸い……いや、それが普通なのだろうが、特に騒動らしい何かもなく、レイは無事に家に到着する。
家に到着したらレイが真っ先に確認したのは、玄関の扉。
もし何かがあった場合、扉が壊れる、もしくは玄関の周辺が壊れるといったようなことがあるかもしれないと判断した為だ。
そのような様子がないことに安堵しつつ、レイは庭に向かう。
「グルゥ!」
庭にやって来たレイに向かって嬉しそうに声を上げたのは、セト。
そんなセトの様子からも、やはり特に何か騒動らしい騒動はなかったのだろうと安堵し、近付いて来たセトを撫でる。
「誰か危険な奴が来たりとか、そういうことはなかったか?」
「グルゥ? ……グルルルゥ!」
レイの言葉に、セトは全く何も問題はなかったよと喉を鳴らす。
ライグールやギランの件で、もし万が一があったら。
そう思ってセトを家に置いていったのだが、幸いなことに特に騒動らしい騒動はなかったらしい。
(もしくは、何かをやろうと思って近付いて来た奴がいても、セトの存在を察知して諦めたとか? ……多分、そういう感じではないと思うけど)
そんな風に思いつつ、レイはセトを一通り撫でると、今度こそ家に戻る。
「お帰りなさい、レイさん」
家の中に入ったレイを出迎えるのは、ジャニス。
レイが既に家に戻ってきているのに気が付いていたのか、それとも単なる偶然か。
玄関の扉を開けた時には、既にそこにはジャニスの姿があった。
「ああ、ただいま。……セトの様子を見る限り何もなかったと思うけど、妙な奴が来たりはしなかったか?」
「はい。そのような人は。……ああ、でもハルエスさんが来てましたよ。レイさんがいないと知ったら、帰りましたが」
「……ハルエスが? 一体何で? ああ、でもそうか。今日はダンジョンに潜ってないんだろうし、時間的に余裕があったのは間違いないのか」
現在ハルエスとパーティを組んでいるイステルが、今日レイと一緒に買い物をしていたのだ。
そう考えると、明日にはギルムに行くのだからハルエスがダンジョンに潜っていないのはそうおかしな話でもないのだろう。
(もっとも、ハルエスがアーヴァイン達以外とダンジョンに潜るのは……いや、今だとそんなにおかしな話ではないのか?)
以前……それこそレイがガンダルシアに来た当初は、ハルエスは純粋なポーターとして活動していた為に、以前所属していたパーティが解散してからは、どこからもパーティに入れて貰えなかった。
もっとも、これは無理もないだろうとレイも思う。
当時のハルエスは決して成績が良い訳ではなく、それどころかクラスでも最下位のクラスだった。
それを思えば、そんなハルエスをわざわざ自分のパーティに入れたいと思う者は……いないとは言わないが、多くないのも事実だろう。
だが、今のハルエスはレイのアドバイスに従って弓を使うようになっている。
そしてハルエスには天賦の才……とまではいかないが、それでも十分に弓の才能があり、戦闘を後方から援護出来るようになっており、十分に戦力としても数えられる。
また、冒険者育成校においてはトップパーティである、アーヴァイン達のパーティの一員としても行動しているのだから、そんなハルエスに今日だけの臨時のパーティに入りたいと言われれば、断る者はそう多くはないだろう。
「それで、ハルエスからは何の用件だったか聞いたか?」
「はい、何でもお礼を言いに来たということでしたが」
「意外と義理堅い奴だな」
「……無理もないですよ。ハルエスさんが今のように活躍出来るようになったのは、レイさんのお陰ですし、明日のギルム行きの件でも、レイさんが推薦をしたからギルムに行けるんですから。ハルエスさんにしてみれば、レイさんは恩人なんですよ」
「恩人……ねぇ」
ジャニスの言葉を聞けばそうかもしれないとは思う。
思うのだが、何となく実感がないのも事実。
勿論、レイは自分がハルエスに色々と手を貸したのは自覚している。
それこそ他の生徒達がそれを知れば、贔屓だと言ってもおかしくはないくらいに。
とはいえ、レイはその件を後悔はしていない。
ハルエスが今のような状況になったのは、レイが来たという話を聞いて、即座に家にやって来たからだ。
そのような行動力があったからこそ、レイも手を貸そうという気になった。
ハルエスのように自分から行動せず、それでいながら贔屓だと言われても、レイにしてみれば、ならお前達はハルエスのように行動したのか? と聞きたくなる。
もしハルエスと同じように行動していれば、同じようにレイにアドバイスを貰えたりしたかもしれない。
「ハルエスからの感謝については、明日にでも聞かせて貰うよ。……まぁ、他の人がいる場所でハルエスがそういうことをするかどうかは微妙なところだけど」
レイが知っているハルエスの性格からすると、わざわざ大勢の前で、レイに感謝の言葉を口にするとは思えなかった。
レイにしてみれば、それならそれでいいかという思いがある。
別にレイもハルエスに感謝されたくて色々と世話を焼いたりした訳ではないのだから。
敢えて挙げるとすれば……何となく成り行きで、といったところか。
そんな風に思いつつ、レイはジャニスと共に夕食を楽しむのだった。




