3895話
連休なので2話同時投稿です。
こちらは2話目なので、直接こちらに来た方は前話からどうぞ。
「いらっしゃい。……おや、イステルちゃんじゃないか。いつものお仲間はどうしたんだい?」
道具屋の中に入ったレイとイステルに、そう声を掛けてくる相手がいた。
その声の主に視線を向けると、そこにいたのは初老の女。
初老とはいえ、かくしゃくとしており、元気そうなのは明らかだ。
「女将さん、こんにちは。今日はアーヴァイン達はいないのよ」
女将さん? とレイはイステルの言葉を不思議に思う。
勿論、店の店主ということで女将さんというのは間違っているとは思えない。
だが、例えば宿であったり、酒場であったり、そういう場所でなら納得出来るものの、道具屋で女将さんという表現はどうなんだ? と疑問に思う。
そんなレイの様子に気が付いたのだろう。
女将さんと呼ばれた女は、笑みを浮かべて口を開く。
「私は自分の名前が嫌いでね。だから、あんたも私のことは女将さんとでも呼んでおくれ。……それにしても、深紅のレイが私の店に来るとはね」
「え?」
女将さんの言葉にそう反応したのは、イステルだ。
セトも連れていないのにレイをレイだと認識したのに驚いたらしい。
「よく分かったな」
「そのマジックアイテムのローブを見れば、普通の冒険者じゃないのは明らかだ。そんなとんでもないマジックアイテムを使っている者で思い当たるのは、それこそ春にやって来た深紅のレイだけだろうよ」
「……久遠の牙もいると思うが?」
現在、このガンダルシアにおいて最高の冒険者と言われれば、多くの者がレイだと言うだろう。
だが、最高のパーティはと言われれば、レイがソロだということもあって、久遠の牙と口にする筈だ。
レイにしてみれば、久遠の牙というのはセト好きのエミリーという印象が強烈に焼き付いているのだが。
「生憎と、私は久遠の牙とは顔見知りなんだよ」
「……なるほど」
久遠の牙がこのガンダルシアにおいて最高の冒険者パーティである以上、顔が広いのはそうおかしなことではない。
ましてや、この道具屋はイステルの説明によるとここまで辿り着けるような実力者でなければ、客として見ないという。
そういう意味では、女将の冒険者を見る目が相応のものであるのはおかしな話ではない。
「なら、改めて。冒険者のレイだ」
「あいよ。……それにしても、まさかあの深紅が私の店に来るとはね」
そう言い、女将は笑みを浮かべる。
女将にとって、レイは認めるべき相手なのだろう。
「女将さん、私は明日他の何人かとレイさんの故郷のギルムに行くんですけど、何か買っておいた方がいい物はありますか?」
「うーん……難しいところだね。ギルムは冒険者の本場だ。私も若い頃に行ったことがあるけど、品揃えという点ではうちの店よりも充実していたしね」
「え? 女将さん、ギルムに行ったことがあるんですか!?」
さらりと告げられた言葉に、イステルが驚愕する。
このガンダルシアからギルムまでは、普通なら年単位の時間が掛かる。
レイの場合はセトがいるからこそ、数日から……どんなに時間が掛かっても十日程だろう。
だが、それはセトが空を飛べるという特別な存在だからの話なのだ。
そんな特殊な移動方法は、レイのような特殊な存在だからこそ使えることだった。
……勿論、中には竜騎士のようにワイバーンに乗ったり、もしくは召喚魔法やテイマーとして空を飛ぶ動物やモンスターを使役出来る者もいるので、空を飛べるというのはレイだけの専売特許ではないのだが。
「ええ。私も若い頃は冒険者をしていたの。その時、仕事でギルムに行ったことがあるわ。……もっとも、私の実力ではギルムは少し早かったから、すぐにギルムで活動するのは諦めたけど。ただ、そのお陰でこうして無事に冒険者を引退し、店を持つことが出来たのだから、あの時の判断を後悔はしていないわ」
女将の言葉にイステルは納得出来ないような表情を浮かべるものの、レイは女将の言葉について不満はない。
冒険者というのは、稼げる仕事ではあるが、同時に危険の多い仕事だ。
余程の例外でもない限り、高額な報酬の依頼というのはそれだけ危険性の高いものとなる。
当然だろう。
もしわざわざ自分でどうにか出来るのなら、高い報酬を支払ってギルドに依頼するようなことはしないのだから。
自分ではどうにも出来ないので、ギルドに依頼するのだ。
そのような依頼の危険度が高いのは自然なことだった。
危険度の高い依頼を受ける冒険者は、成功すればいいが、失敗すれば最悪死ぬし、そこまでいかなくても手足を失うといったようなことは珍しくない。
冒険者というのは、そのような危険を毎回潜り抜ける必要があり……そうして自分が衰えた、あるいは金が貯まった、家族を持ったといったような様々な理由によって、冒険者を辞めることになる。
しかし、そうして無事に冒険者を辞めることが出来る者は決して多くはないのも事実。
そんな中で五体満足な状態で冒険者を辞め、そしてこうした立派な店を持つことが出来たのだから、女将は十分に成功者なのは間違いないだろう。
「まぁ、イステルちゃんにはまだ分からないかもしれないね」
「むぅ……」
からかうような口調で言う女将に、イステルは不満そうな様子を見せる。
ただし、そうしながらもイステルは本当に不満に思っているといった様子ではない。
それこそ、不満を抱くように見せて女将に甘えているといったところか。
それが二人の親しい関係を示していた。
「もう。……それで、えっと、明日にはギルムに向かうから、何かないかなと思って来たんですけど」
「そう言われてもね。さっきも言ったけど、ギルムで入手しにくいものとなると……うーん、そうだね。この辺ならもしかしたら……」
そう言い、女将がカウンターの上に置いたのは、蛍光色の緑色の液体の入った瓶。
「何だ、この……いかにも毒物ですってように見えるのは」
レイの目から見て、とてもではないがその液体は害のない物には思えなかった。
それこそ、毒薬だと言われれば大人しく信じてしまうような……そんな代物。
「えっと、女将さん? これは一体……」
そのように思ったのはどうやらレイだけではなかったらしく、イステルもまた不思議そう……いや、警戒した様子でそう尋ねる。
「はははは。期待通りの反応をありがとう。……まぁ、何を心配しているのかは分かるけど、これは別に毒でも何でもない。それどころか、疲労回復のポーションだよ」
『これが?』
女将さんの言葉に、レイとイステルは思わずといった様子で声を揃えて尋ねる。
実際、この毒にしか見えない液体が疲労回復のポーションだと言われても、とてもではないが信じられなかった。
とはいえ、レイはともかくイステルはこの店にもそれなりに足を運んでおり、女将さんの性格については理解している。
このような状況で、毒を疲労回復のポーションだと偽って出すようなことはしないだろうと思えるくらいの信頼はあった。
あったのだが……それでも、この毒々しい色を見て、これが疲労回復のポーションなのだと言われて信じられる訳ではない。
そんな二人に、女将さんは笑みを浮かべながら説明を続ける。
「これはダンジョンにいるモンスターの素材を使って作るんだ。外見はこの通りだけど、効果は保証するよ」
「……本当にか?」
レイとしても、イステルが案内してくれた店の店主の言葉だけに信じたい。
信じたいのだが、それでも目の前にあるポーションの色を見れば、やはりそう簡単に信じられるものではないのも事実。
「疑り深いねぇ……まぁ、この外見だとしょうがないと思うけど。ただ、これでも知る人ぞ知るといった効果を持つのは間違いないんだ。……とはいえ、私の話だけでは信じられないだろうし……ちょっと見てな」
そう言い、女将はポーションの蓋を開けると、その毒々しい色のポーションを一口飲む。
「ちょっ、女将さん!?」
その光景を見ていたイステルが叫ぶ。
イステルにしてみれば、そのポーションはやはり毒にしか思えない。
そんなポーションを躊躇いもなく飲んだのだから、心配のあまり叫んでしまうのも無理はない。
イステルとは対象的に、レイは女将さんをじっと見る。
自分から飲んだ以上、毒ではないと思う。
思うのだが、それでも万が一を考えての行動だった。
そして数秒が経過し……
「ほらね?」
笑みを浮かべ、女将さんはそう言う。
心なしか、その顔は先程までと比べても元気になってるように思える。
「……なるほど。どうやら本当に毒じゃないみたいだな。で、効果は?」
「疲労回復だって言っただろう? もっとも、そこまで強烈な効果はないけどね。何でも、このポーションを作った錬金術師が言うには、効果を強くするとそれだけ身体にも悪い影響が出るとか何とか」
「毒と薬は同じもの……か」
そう口にしたレイが思い浮かべたのは、毒であっても薄めればそれは薬になるし、薬であっても過剰摂取すれば毒になるというもの。
何で得た知識なのかは思い出せなかったが。
恐らく日本にいた時に読んだ漫画か何か、あるいはTV番組か何かだろう。
「おや、分かってるね。そういうことだよ」
女将さんにとってもレイの言葉は理解出来るものがあったのか、同意する。
「どうだい? この疲労回復のポーションは、ギルムにもないと思うよ。勿論、似たような効果の物はあるだろうけど」
「……まぁ、こういう見た目だしな」
見るからに毒々しい色のこのポーションは、何も知らない者であれば飲みたいとは思わないだろう。
それこそ、その外見から本当に毒だと思う筈だ。
(場合によっては、これを毒だと考えてモンスターに使うとか、そういう風になってもおかしくはないな。そうなったらそうなったで、どういう結果になるのかは想像するのも難しくはないが)
そんな風に思いつつも、土産という意味では悪くないだろうと思う。
ある意味では、そういう見た目のポーションだからこそ、見た者を驚かせるという意味で土産として使えるだろう。
「えっと、その……本当は私がギルムに行くのに何か必要そうな物を購入したいと思って来たのですが」
レイと女将さんのやり取りを見ていたイステルは、ふと我に返ったようにそう呟く。
だが、そんなイステルに対し、女将さんは笑みを浮かべて口を開く。
「ギルムに行くのであれば、それこそ疲労回復用のポーションはあった方がいいだろうね」
「そう、なのですか?」
「ああ、ギルムでは何が起きるのか分からない。何しろ街から一歩でも外に出ると、いつ高ランクモンスターが襲ってきてもおかしくはないような、そんな場所なんだ。……だろう?」
女将さんがレイを見てそう言うと、レイもまたその言葉に頷かない訳にはいかない。
「ああ、それは事実だ。実際、ギルムからそう離れていない場所にある森で、いきなり高ランクモンスターに襲われたこともあったしな」
そう言うレイだったが、レイが考えているトレントの森は特殊な場所だ。
何しろギガントタートルの一件で急激に出来た森だ。
また、その森には異世界から来たリザードマン達や、こちらもまた異世界から転移してきた湖が存在している。
そして……そうして出来た森だけに、少しずつ広がっていく森とは違い、棲息するモンスターやその縄張りが決まっていない。
既にトレントの森が出来てから数年が経つので、今はもう大分落ち着いてはきたのだが、それでも完全に落ち着いた訳ではなかった。
(穢れの一件もあったしな)
少し前の出来事であるが、レイにしても随分と昔のようにも思える穢れの一件。
その一件によって、森のモンスターは多くは死んでいるし、穢れに襲撃された冒険者達との戦いに巻き込まれて死んだモンスターもいる。
特にエレーナが穢れと戦った際には、エレーナの使う竜言語魔法によってトレントの森にも大きな被害があり、それに巻き込まれて死んだモンスターも結構な数になるだろう。
そういう意味で、やはりトレントの森はまだ安定したとはとてもではないが言えないのは事実だった。
ギルムは辺境で、思いも寄らないことが起こるのは間違いないものの、それでもトレントの森のような騒動が起きるのはそう多くはない。
……そう多くはないということは、数は少ないが同じような規模の騒動が起きることはあるということの証明でもあったのだが。
ともあれ、トレントの森について聞かされたイステルは、驚きを露わにする。
そして女将さんもまた、自分の知っているギルムとは少し違うといった表情を浮かべていた。
女将さんがギルムに行ったのと、トレントの森が出来たのはかなり時代がずれているので、それも仕方がないのだろうが。




