3894話
レイが木の櫛を手にし、木彫りのトレントと共に会計をしようと移動した時……ふと目に入った物があった。
それは、木の櫛……ではなく、木の串。
食器のある場所の近くに置かれていたその木の串を見て、レイはこれも買おうと考える。
木の串は串焼き等を作る場合に使われる。
特にレイの場合は、ミスティリングに大量の肉が収納されているので、焚き火をしている時に串焼きを作るのにちょうどいい串だった。
わざわざフライパンや鍋といった調理器具を出さなくても、串焼きの場合は肉を切って串に刺し、焚き火の側に置いておけば自然と焼ける。
そういう意味でも、気楽に料理をするという意味で串というのは重宝する。
また、木の串だけに食べ終わった後は焚き火に捨てれば燃えるので、使い捨ての串としても便利だ。
実際、街中で串焼きを売っている屋台で使われている串は、そのような木の串だ。
食堂の中でも高めの店の場合は、金属の串を使っているところもあるのだが。
(まぁ、串は作ろうと思えば作れるんだけどな)
木の串を手に、レイはそんな風に思う。
実際、ミスティリングの中には薪であったり、それ以外にも色々と使い道のある木が収納されている。
それをナイフで尖らせれば、木の串は容易に出来る。
それは間違いないのだが、それでも木の串があるのならそれを買っておけば、わざわざ自分で作る必要がないのも事実。
値段も木の串ということもあってそこまで高くないので、ついでに購入する。
「ありがとうございます」
買い物が終わったレイは、イステルの姿を捜す。
レイが木彫りのトレントを見ている時は食器コーナーにいた筈だったが、木の串を購入した時にはもう食器を扱っている場所にはいなかった。
(籠とかがあれば便利なんだけど……そういうのを期待する方が難しいか)
レイの場合はそこまで買う物が多くなかったので、手で運ぶことが出来た。
だが、一気に大量に買い物をする者の場合は、買い物籠があった方が便利なのは間違いない。
ただ、この世界でそのような物を用意出来るのかといった問題はあったが。
(でも木の籠とかなら用意出来ないでもないのか? それのもう少し大きな感じでやれば……まぁ、中にはそのまま木の籠を盗んでいくような奴とかもいるかもしれないから、店の方でも注意する必要があるけど)
そんな風に思いながら店の中を見ていると、イステルの姿を発見する。
どうやら布を売っている場所に移動していたらしい。
レイはそちらに向かう。
「イステル、何かいい布でもあったのか?」
「レイさん。これ……」
そう言い、イステルは手にしていた細い布……いや、リボンを見せてくる。
「買うのか?」
「その……私が使っても変じゃないでしょうか?」
そう聞かれたレイは、リボンとイステルと見比べる。
イステルの髪の色は青色の髪だ。
そして持っているリボンは赤。
青い髪に赤いリボン。それを想像し……
「うん、似合うんじゃないか?」
「あ……」
自分で聞いておきつつも、まさかレイの口からそのようなことを言われるとは思っていなかったのか、イステルの口からは驚きの声が漏れる。
「どうした?」
レイにしてみれば、どう思うかと聞かれたから答えただけなので、何故イステルが言葉につまるのかが分からない。
「い、いえ。何でもありません。じゃあ、ちょっとこのリボン……買ってきますね」
そう言い、イステルは支払いをしに行く。
「えっと?」
置いて行かれたレイは、一体何故イステルが今のような行動を取ったのかが分からなかった。
もっとも、すぐにそういうものなのだろうと気にしなくなったのだが。
「にしても、布……布か。こういうのも土産になるのか? ただ、見た感じ何か特別な布って訳でもなさそうだけど。……当然か」
例えばこの店が布の類を売っている専門店であれば、特別な布も売っていたりするだろう。
それこそ絹……いわゆるシルクのような布があってもおかしくはないし、もしくは特殊な効果を持つマジックアイテムに使える布であったり、高ランクモンスターの素材を使った布といった物があってもおかしくはない。
しかし、生憎とここは小物屋だ。
百円ショップではないが、安価に多くの商品を売っているような店となる。
そんな店だけに、置いてあるのが普通の布だというのはそうおかしなことではなかった。
「まぁ、それでも買っておけば何かに使えるかもしれないな」
そう考え、適当に選んで支払いをしに行く。
「あら、お客さん。また買ってくれるの? ありがとう」
まだ若い店員が、レイが布を持ってきたのを見て嬉しそうに言う。
店員にしてみれば、金払いのいい客というのは大歓迎だ。
そして布はこの店でもそれなりに価格帯の高い商品だけに、その布を纏めて買ってくれる客というのは、喜ばしいことなのは間違いない。
「まぁ、品は悪くないしな」
そう言いつつも、レイは布の善し悪しというのは分からない。
ただ、先程イステルが……貴族出身のイステルが布を見てリボンを買ったのだから、悪くはない品質なのだろうというのはレイにも容易に予想出来る。
「ふふっ、ありがとうね」
店の商品を褒められれば、店員としても悪い気持ちはしない。
笑みを浮かべる店員に代金を渡して支払いを終え……
(あれ? イステルはどこだ?)
客の数も多いので、店員の数もそれなりに多い。
なので、レイとは別の店員に支払いをしたのではないかと思っていたのだが、そのイステルの姿は周囲にはない。
もしかして置いていったのか?
ふとそんな疑問を抱くレイだったが……裁縫道具が置かれている場所にイステルの姿を見つける。
「ん?」
そんなイステルの様子に疑問の声を上げるレイ。
もっとも、冒険者で裁縫道具を持っているというのはそこまで珍しいものではない。
依頼の中でモンスターや盗賊と戦いになり、防具やその下の服にもダメージを受けることはあるのだから。
そんな時、防具は無理でも服程度であれば修繕するのに裁縫道具を使うことは珍しくないのだから。
さすがに防具を直すのは無理だが。
何より、冒険者にしてみれば針や糸は収納場所を取らないというのが大きかった。
普通の……ポーターでも何でもない冒険者であっても、裁縫道具を持ち歩くのは難しくはないのだから。
それでもレイが疑問に持ったのは、やはりイステルだからだろう。
貴族出身のイステルだけに、裁縫といった行為に慣れているとは思えなかったのだ。
(俺の思い込みとか、そういうのの可能性はあるけど)
イステルが貴族出身なのは間違いないが、今は冒険者だ。
そうである以上、裁縫の類に慣れていてもおかしくはない。
冒険者育成校でも、授業では裁縫について教えるということもあるのかもしれないのだから。
そう思いつつ、レイはイステルに近付いていく。
「あ、レイさん……」
「裁縫道具か? 買うのか?」
「いえ。その……どうしようか迷ってまして」
イステルの口から出た言葉は決して嘘ではないのだろう。
それはレイにも分かったが、それなら何故この場所に……裁縫道具が揃っている場所にいるのかといった疑問を抱く。
「持ってないのなら、買った方がいいぞ。そんなに荷物にはならないし、色々と使い道もあるから」
「一応、自分用には持ってはいます。お母様から持たされたので」
何か意味ありげな言葉に思えたレイだったが、ここで改めて聞くようなことをすれば貴族のトラブルに巻き込まれそうな気がしたので、その辺については話さないでおく。
「そうか。まぁ、欲しければ買えばいい。いらないのなら、買わなければいいだけだ。それだけの話だろう?」
「……そうですね。じゃあ、ちょっとこれ買ってきます」
レイにしてみれば、特にこれといって何か意味のある言葉を話したつもりはない。
ないのだが、それはあくまでもレイの判断であって、実際にそれを聞いたイステルにとっては違ったらしい。
何かを吹っ切った様子で、裁縫用の道具を幾つか手にして、会計をしに行く。
(あれ? 何かミスったか? ……別に俺が買えばいいとか、そういう風には言ってないんだし、セーフだよな?)
半ば自分に言い聞かせるように考えるレイだったが、地雷には取りあえず触れないことにしておき……適当に店の中を見て回り、イステルが支払いを終えて戻ってくるのを待つのだった。
「さて、それじゃあ次はどこに行く?」
小物屋から出ると、レイはイステルにそう尋ねる。
最初の露天商もそうだったが、この小物屋でも布や木彫りの人形を買うことが出来た。
小物屋で土産を購入出来たのは、レイにとって良い意味で予想外。
これもイステルと一緒に買い物をしたからこそのことだ。
だからこそ、次にイステルが行く店でも小物屋と同じように予想外の土産がある可能性は十分にある訳で……だからこそ、楽しそうにレイは聞いたのだ。
しかし、イステルはそんなレイの言葉に少し迷う。
レイが何を期待しているのか、知っているからこそ、どこの店に行けばいいのかを迷ってしまうのだろう。
「そう、ですね。……では、道具屋に行ってみませんか?」
「……道具屋に?」
それは、レイにとっても予想外の提案。
この場合の道具屋というのは、当然ながら普段の生活で使うような道具の類ではなく、冒険者として活動するのに必要な道具のことだ。
今の状況でそのような店に行く理由があるのか?
そうレイは疑問に思ったが、今日はイステルの買い物に付き合うと決めていたこともあり、道具屋に行くというイステルの言葉に素直に頷く。
「分かった。それでどこの道具屋に行くんだ? 俺も幾つかは知ってるけど、そこまで詳しい訳じゃないし」
猫店長の店は知ってるレイだったが、あそこは道具屋ではなくマジックアイテムの店だ。
また、ガンダルシアにいる冒険者の中でも、限られた者だけが使える店でもある。
幾ら優秀だとはいえ、まだ冒険者育成校の生徒でしかないイステルが利用出来るとはレイには思えない。
もっとも、優秀であるのは間違いないので、冒険者育成校を卒業して冒険者として活動するようになれば、そう遠くないうちに猫店長の店も利用出来るようになるのではないかと思えたが。
「じゃあ、私達の行きつけの店を紹介しますね。少し分かりにくいところにあるんですけど、品揃えはかなりいいんですよ」
私達というのが、パーティのことを言ってるのはレイにも理解出来た。
それはつまり、現在パーティを組んでいるアーヴァイン達のことだろう。
元からその道具屋について知っていたのか、それともパーティメンバーのうちの誰かが知っていて、その道具屋を使うようになったのか。
それはレイにも分からない。
(ガンダルシアには、元々道具屋の数が多いしな)
それは迷宮都市という土地柄だろう。
勿論多いのは道具屋だけではなく、武器屋や防具屋といった店も多い。
それらに比べると、マジックアイテムを売る店は少ないが、それでも他の……普通の街と比べれば多かった。
「分かった。じゃあ、その店に案内してくれ。生徒達がどういう店を使ってるのか知るのも、悪い話じゃないだろうし」
そう言い、レイはイステルに案内されて街中を進む。
幸いなことに、イステルがレイを案内したいという道具屋は小物屋からそこまで極端に離れた場所にあった訳ではない。
ただ、少し入り組んだ道の先にあり、そこに店があると知らなければ辿り着くのは難しいだろう。
「何だってこんな分かりにくい場所にあるんだ?」
「何でも、一定以上の実力を持つ者達以外には来て欲しくないとのことです」
店の前で疑問を口にするレイに、イステルがそう答える。
(なるほど、猫店長の店と似たような感じか。いや、それと比べると大分制限は緩いか?)
猫店長の店のある場所は、この道具屋と比べると、まだ分かりやすい場所にある。
だが同時に、店の中に入るのは決まった行動をする必要がある。
そういう意味では、この店は来ることさえ出来れば普通に中に入れる様子である以上、難易度そのものはそこまで高くはない。
「とはいえ、店を見つけるのと冒険者としての実力が同じとは思えないけどな」
盗賊であれば、この場所を見つけるという意味で実力の一端を示してはいるだろう。
だが、それ以外……例えば戦士であれば、この場所を見つけられるようなことは実力とは呼べない。
もっとも、そのような実力があれば戦士としてより有能な存在だというのは間違いなかったが。
「その辺は、パーティを組んでいるのを前提にしてるのでは?」
「……ソロには厳しいな」
イステルの言葉に、今はソロのレイはそう呟くのだった。




