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レジェンド  作者: 神無月 紅
迷宮都市ガンダルシア

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3892/4082

3892話

「そこの若い恋人さん。うちの商品を見ていってくれよ」


 露天商にそう声を掛けられ、レイは地面の上に広げられた布の上にある商品を見る。

 ……露天商に掛けられた言葉を気にしなかったレイだったが、イステルは恋人という言葉に露骨に反応した。

 若い男女が一緒に行動しているのだから……それも女の方が上機嫌なのだから、傍から見ればそのように見えてもおかしくはない。

 もっとも、レイはドラゴンローブを被っていて顔はしっかりと見えず、その体格も明らかに小柄だ。

 それだけを見れば、女の友人同士、あるいは姉弟……もしくは姉妹と称されてもおかしくはなかったのだが。

 そう言われると、イステルもレイも決して面白くはなかっただろう。

 そういう意味では、露天商の店主の目が正しかったのは間違いない。


「へぇ……レイ教……いえ、レイさん。これは悪くないのではないですか?」


 レイ教官と口にしつつ、何とかそれを誤魔化すイステル。

 レイ教官と口にすれば、レイの正体に気が付く者もいるかもしれない。

 だが、レイという名前は決して珍しいものではないし、何よりレイの相棒であるセトを連れていないということもあり、レイという名前だけで冒険者のレイを……深紅の異名を持つレイを想像するのは簡単なことではない。

 レイは自分がそれなりに有名なのを自覚している。

 その為、もし自分が深紅の異名を持つ冒険者だと知られれば、面倒なことに巻き込まれないとも限らない。

 それこそライグールやギランの一件ではないが、明日のギルム行きに妙な影響が出ないとも限らないのだ。

 その為、イステルには教官と呼ばないように前もって言ってある。

 ……とはいえ、イステルにしてみれば憎からず思っている相手を呼び捨てにするのだ。

 レイと、レイ教官。呼び名にすればほとんど違いはないものの、それでもレイと名前で呼ぶのはまだ慣れていないらしく、少し恥ずかしそうにしていた。

 もしイステルの取り巻きがこの様子を見たら、間違いなく驚くだろう。

 いや、それはただ驚くのではなく、驚愕という表現の方が相応しいのかもしれない。

 普段は凛とした様子を見せているイステルだけに、今のイステルの様子はそれだけ普通ではなかったのだ。

 もっとも、幸か不幸か露天商の店主はそんなイステルの様子を見て、付き合い始めたばかりの恋人と思ったのだろう。

 初々しいねえと思いながら、レイに声を掛ける。


「そこの彼氏。どうだい? うちの商品はそれなりに人気なんだぜ。……まぁ、ダンジョンで入手された装飾品が殆どだし、どれも一級品とは言わないが、その分お買い得だ」


 店主の言葉に、イステルの頬が薄らと赤くなる。

 貴族の家に生まれた身として、冒険者になる前は色々なパーティやお茶会に出席していた。

 その時、イステルの美貌から口説かれたことは多いし、求婚をされたこともある。

 だが……それらを全て表情も変えずに断ってきたイステルだ。

 そんな自分が、まさかこのようなことで頬が赤くなるとは想像も出来なかったのだろう。


「えっと、その……レイ、どうしますか?」

「ちょうどいいし、ちょっと見ていくか。何かいいのがあるかもしれないし」


 そんなイステルの様子に全く気が付いた様子も見せず、レイは露天商の売っている商品に近付く。

 そこにあるのは、店主が言ったように多数の装飾品。

 指輪や耳飾り、腕輪といったありふれた物から、他には足輪や……何に使うのか、首輪といった物もある。

 それらが全て地面に広げられた布の上に無造作に置かれていた。


(なるほど。いざとなったら、この布を結べる訳か。考えてるな)


 周囲で何らかの騒動……例えば冒険者やチンピラの喧嘩であったりした場合、わざわざ商品を一個ずつしまうということは出来ない。

 いや、やろうと思えば出来るだろうが、そうすれば無駄な時間が必要となり、結局騒動に巻き込まれ……最悪、商品を壊してしまったり、なくしてしまいかねない。

 だからこそ、すぐにでも商品を纏めてこの場から逃げられるようにしてあるのだろう。

 ……当然ながらそのようなことをすれば、布の上にある商品同士がぶつかって傷がついたりする可能性もあったが、店主が言ってるようにそこまで高い商品ではない以上、その辺は仕方がないと諦めているらしい。


「これは全部ダンジョン産なのか?」

「ああ、そうだよ。とはいえ、こういう場所で売ってる品だ。購入するのなら、それを承知の上で頼む」


 そう念を押したのは、今まで何度かダンジョン産だということで買ったものの、ろくな効果もない装飾品だとクレームを付けられたことがあったからだろう。

 普通に考えれば、こんな露天で売ってる装飾品が凄い効果を持つマジックアイテムの筈がないと分かりそうなものだが……中には、それを分からない、あるいは分かった上でそれでも許容出来ない者もいるのだ。

 ……もっとも、中には奇跡的にしっかりとマジックアイテムとしての効果を持つ装飾品が混ざっていたりするのだが。

 それを求めて、目利きに自信のある者がこういう露天商を見て歩くというのは珍しい話ではなかった。

 ただ、レイはその域には達していなかったが。

 レイもマジックアイテムを集めるのを趣味としている以上、素人に比べればマジックアイテムを見る目はあると思っている。

 だが、それはあくまでも素人よりは見える目があるというだけで、例えば自称玄人といった者達とは同程度か、あるいは少し上といったところか。

 ギルドで鑑定をするギルド職員であったり、マジックアイテム屋の店主といった者達と比べれば、明らかに見る目は劣る。

 それこそ、大人と子供と表現してもいいくらいに。

 ……ただし、レイの場合はいわゆる鑑定眼について劣っても、鋭い勘がある。

 その勘によって、本能的にそれが価値のある物、自分の役に立つ物だと認識出来る時もある。

 残念ながら、露天商が並べている商品に対して勘が働くようなことはなかったが。


「なるほど。……こういう感じか」


 レイの口から出た言葉に、店主は不思議そうな表情を浮かべる。

 ただ、その不思議そうな表情も一瞬で、すぐに消えたが。

 客商売をやる上で当然だろう行為。


「それで、どうだい? 何かお気に入りの物はあったかい?」

「そうだな。……イステル、どうだ?」

「……え?」


 何故私に?

 そんな思いから、イステルの口から思わずといった様子で声が出た。

 イステルにしてみれば、レイと半ばデートといった感じでそれは嬉しかったのだが、実際にはあくまでもレイの土産……それも装飾品の類ということから、恐らくは女に対しての土産だと思っていたのだ。

 だからこそ、まさかこの状況で自分にそのようなことを聞かれるとは思っていなかったのだろう。


「だから、土産だ。こういうのでもいいと思うか?」

「……あ、はい。えっと、そうですね。相手の年齢にもよると思います」


 自分が何故レイと一緒に買い物をしていたのかを思い出したイステルは、慌ててそう言う。


「年齢……年齢か」


 そんなイステルの様子に全く気が付いていないレイは、年齢という言葉に頭を悩ませる。


(エレーナ、ヴィヘラ、アーラ、ビューネならともかく、マリーナの年齢は……)


 他の面々と違い、マリーナはダークエルフだ。

 それこそギルムの現在の領主であるダスカーが小さい頃から既に今のような外見だったのは間違いない。

 いや、以前マリーナの故郷であるダークエルフの里で聞いた話によれば、それよりもっと長く生きてるのは間違いないだろう。

 それを思えば、一口に年齢といったところで一纏めに出来ないのは間違いなかった。

 とはいえ、だからといってマリーナにだけ装飾品の土産を買っていかないという判断は、レイにはなかったが。

 もしそのようなことをすれば、それこそ年齢云々よりも前に酷い目に遭ってもおかしくはなかったのだから。


「年齢は違う場合はどうする?」

「違う、ですか?」

「そうだ。十代、二十代といったように。中には何年生きてるのか分からないダークエルフもいるけど」

「それは……」


 イステルとしても、そのように聞かれるとどう返していいのか迷ってしまう。


「女の人でしたら、装飾品を貰って嫌がるということはありません。……まぁ、嫌いな相手からの贈り物であったり、見た目が明らかに趣味ではない物であれば話は違いますが」


 そう言うイステルの言葉には、強い実感が籠もっている。

 恐らく実際にそのような経験があってのものなのだろう。

 レイにもそれは何となく想像出来たものの、それを口にするのは止めておく。

 誰しも、嫌な思い出を思い出したくはないだろうから。


「取りあえず、ここにあるのはどれもそんなに趣味が悪い訳でもないので、問題はないと思いますよ」


 気分を切り替えるようにそう言うイステル。

 そんなイステルの言葉に、店主は嬉しそうに笑みを浮かべる。

 自分の用意した商品の趣味が悪くないと言われたのだ。

 それもイステルのような美人に。

 嬉しく思うなという方が難しいだろう。


「なら……そうだな、これとこれとこれと……」


 レイは適当に布の上に置かれている装飾品を選んでいく。


「ちょ……おい、あんた。これはこんな感じでもダンジョンで見つかった装飾品だぜ? 一個ずつでもそこそこの値段がするんだ。それをそんなに何個も……大丈夫なのか?」


 そんな店主の言葉にレイが何かを言おうとするが、それよりも前にイステルが口を開く。


「勿論大丈夫に決まってるでしょう。レイさんは……」

「大丈夫だ。それなりに稼いでいるしな」


 レイはイステルの言葉を遮るようにそう言う。

 もしここでイステルに好きに言わせるようなことをすれば、それこそレイの正体を知られかねない。

 レイにとって、それはあまり好ましくない。

 セトを置いてきて、その上でドラゴンローブの効果によって今の自分は深紅の異名を持つランクA冒険者とは思われていないのだ。

 そうである以上、レイとしてはここで店主に自分の正体を知られたくない。

 懐から取り出すように見せ掛け、ミスティリングの中から数枚の金貨を取り出す。


「ほら、これくらいあれば足りるだろう?」

「……あ、ああ。それは……まぁ」


 これがマジックアイテムとしての効果があるような物であれば、あるいは貴族が購入するような立派な装飾品であれば、金貨数枚程度で買うのは難しい。

 だが、ここにあるのはそのような物ではなく、表現は悪いが余り物だ。

 そうでもなければ、このような露天商が売ってる訳もない。

 そんな物だけに、レイの出した金額に店主は不満を言わない。……いや、言えない。

 あるいは、これでレイの態度が悪ければ店主にも客を選ぶ権利があるといったように口にして客を追い返してもおかしくはないが、レイは決して態度の悪い客ではない。


「じゃあ、これをくれ」


 そう言い、レイは複数個の指輪や首輪、腕輪……そんな諸々を選ぶ。

 さすがに首輪を選ぶようなことはなかったが。


(あ、でもイエロ用にならいいのかもしれないな)


 エレーナの使い魔、黒竜の子供のイエロは小さい。

 だからこそ、何かあった時の為に首輪を嵌めてもいいのでは?

 そんな風に思ったレイだったが、すぐに首を横に振ってそれを否定する。

 イエロの性格を考えると、首輪をされるのは決して好まないだろうと判断した為だ。


「えっと、こっちもいるかい?」


 レイの視線が首輪に向けられているのに気が付いたのか、店主がそう尋ねる。

 首輪も購入するべきかどうか、迷っていると思ったのだろう。

 ……ただし、その表情にあるのは好き者めといった、そんな視線。

 この首輪を何に使おうとしているのか、完全に誤解しているのは間違いなかった。

 それはつまり、そういう目的で装飾品を買いにくる者もいるということなのだろう。

 そんな店主の様子に気が付いているのか、いないのか。

 レイは特に考えたりする様子も見せず、首を横に振る。


「いや、これはいい。こっちのだけで頼む」

「……毎度」


 つまらないといった様子で店主が商品の金額を数えていく。

 その際、一瞬だけイステルに視線を向け……その視線に気が付いたイステルの顔は赤くなる。

 首輪の意味……店主が何を言いたかったのか、イステルはしっかりと理解しており、そして今の視線はイステルに首輪を使わないのだろうと、そう思ったからこそ。


「な、何ですの!?」


 思わずといった様子で、実家にいた時の言葉遣いをしてしまうイステル。

 そんなイステルのいきなりの行動に、レイは何があったのかと驚きの表情を浮かべ、そして店主は何でもないですよと首を横に振るのだった。

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― 新着の感想 ―
レノラとケニーにもお世話になっているし、お土産渡さないのかな……渡す相手の名前にパーティメンバー以外が入っていなかったけど……
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