3890話
「任せておいて。セトちゃんにちょっかいを出してきた件については、しっかりとお礼をさせて貰うから」
ギルドでの話を終え、冒険者育成校に向かう途中。
事情を話したレイに、フランシスはそう言って断固とした決意を見せる。
その様子を見たレイは、これなら安心出来ると判断する。
……なお、レイがギルド職員と話をしていた時にフランシスは何していたのかと言えば、セトを守るという名目でセトを愛でていた。
レイにしてみれば、ライグールと繋がっているギラン達が拘束された以上はその心配はないだろうと思ったのだが、フランシスは念の為に……という名目で、セトを愛でていたのだ。
セト好きとしては間違っていない行動かもしれないが、冒険者育成校を率いる者としてそれはどうなんだ?
そうレイが思ってもおかしくはないだろう。
もっとも、本人はそれを誤魔化すかのように……いや、セトに危害を加えようとした相手である以上、本気でもあるのだろうが、そうレイに言ってくる。
「一応、今回の後始末はギルドに任せることにしたから、フランシスが何かをするようなことはないと思うんだが」
「あるでしょ。こんなに可愛いセトちゃんに危害を加えようとしたのよ? その報いをきちんと受けさせる必要があるのは間違いないわ。ギルドがどういう風に動くのか、しっかりと見ておくわよ」
「……ギランとかはともかく、ギルドがライグールを本当に罰することが出来るのかどうか、楽しみにしてるよ」
もしギルドがライグールの実家である貴族に忖度をして、与える罰を低くしたら……その時、レイは自分で思うように行動するだろう。
もっとも、その前にフランシスが行動に出る可能性の方が高かったが。
「そうね。私もその辺は楽しみにしてるわ。……本当にどうなるのかしらね」
そんな風に会話をしつつ歩き、やがて冒険者育成校に到着する。
「私は部屋に戻るけど……セトちゃんの護衛、どうするの?」
「まぁ、今日一日くらいなら問題ないだろう。もし何かあっても、セトが自分の身を守れないなんてことはないだろうし」
元々セトの……厩舎の護衛を用意しているのは、セトに危害を加えるような者がいて、セトがそれに反撃をした時に周囲の被害が大きくなるからというのがある。
だからこそ、今日一日くらいはセトの護衛がいなくても問題はない。
ギランのようにセトにちょっかいを出そうとした者がいた場合、最悪周辺に大きな被害があるかもしれなかったが。
「そうね。まぁ、今日一日くらいは仕方がないか。セトちゃんがギルムから戻ってくるまでに、その辺もきっちりとしておくから」
そう言うフランシスの言葉に、レイは頷く。
セト好きのフランシスがこう言うのであれば、レイが憂慮しているような事態にはならないだろうと、そう思うのだった。
「レイさん、一体何があったんですか?」
校舎に入ったところでフランシスと別れ、職員室にやって来たレイ。
そんなレイに真っ先にそう聞いてきたのは、マティソンだった。
アルカイデやその取り巻き達も興味深そうな視線を送っているが、レイとアルカイデやその取り巻き達は、授業で必要なことくらいしか話さない。
私的な会話はないので、気になっていても自分から聞くことは出来ず、マティソンの言葉にレイがどう答えるのだろうかと、視線を向けていた。
「昨日俺に絡んで来た冒険者がいてな」
「ああ、貴族出身とかいう……」
マティソンがレイの言葉にそう返す。
「知ってるのか?」
「……あれだけギルドで大々的な騒ぎになったんだ。その情報が広がるのは早いんですよ」
そう言うマティソンに、他の者達も頷く。
実際、昨日のレイとライグールの一件は、第三者的な立場から見れば、見世物としか言いようのない状況だった。
そうである以上、その件についての情報が広がるのはおかしなことではない。
(ライグールが暴走した……というか、ギランに接触してセトに危害を加えようとしたのは、情報が素早く広がったというのも関係があるかもしれないな)
ただでさえ、昨日のギルドで大きな恥を掻いたのに、自分のことを面白おかしく話している者が多いのだ。
ライグールがそれを知れば、レイに対する報復を考えるのはおかしなことではなかった。
(とはいえ、ギラン達は……どういう罰を受けるのかは分からないが、ガンダルシアでこれ以上冒険者を続けるのは難しいだろうな)
レイは厩舎で起きた一件を説明しながら、そう思う。
ギルドにしてみれば、信頼出来る優良な冒険者ということでギラン達に厩舎の護衛を任せたのだ。
だが、そのギラン達がライグールと繋がっており、守る筈のセトに危害を加えるつもりだったのだから、ギルドとしての面目は丸潰れだ。
また、それを抜きにしてもセトに危害を加えようとしたというのが致命的だった。
ギルム程ではないが、ガンダルシアにもセト好きはかなりいる。
つまり、ギラン達はそんなセト好き達を敵に回してしまった訳だ。
買い物をしようとしても出入り禁止にされたり、食堂で食事をしようとしても断られたり、武器や防具、道具を買おうとしても断られたり、場合によってはダンジョンの中ではセト好きの冒険者に狙われる可能性すらあるのだから。
とてもではないが、ガンダルシアで冒険者を続けるのは難しい。
勿論、全ての店に確実にセト好きがいると決まった訳ではない。
いや、ガンダルシアの人口と考えると、セト好きは一握りでしかないだろう。
しかしその一握りが団結してギラン達を敵視すれば、当然ながらそれに引っ張られる者も多くなる。
それ以外にも、ギルドでのギラン達の様子を見た冒険者は多い。
そんな醜態を見せたギランと友好的な関係を築きたいと思う者がいるかと言われれば……少し難しいだろう。
あるいはそのような者がいても、恐らくはギラン達を何かに利用しようとする者か。
当然ながらギラン達もそれは分かっているので、諸々を考えるとガンダルシアにいるのは危険だと判断して別の街に向かってもおかしくはない。
ギラン達にしてみれば、それは大きな損失だろう。
曲がりなりにも、ギルドから優秀で優良な冒険者と認められていたのが駄目になってしまったのだから。
「……なるほど。それはまた……随分と大変でしたね」
説明が終わると、マティソンの口からそんな言葉が出る。
レイとフランシスがギラン達を連れてギルドに向かったというのは話に聞いていたし、職員室の中にはそれを直接自分の目で見た者もいる。
だが、事件……いや、騒動が起きたのは厩舎なので、具体的に一体何が起きたのかというのは分からなかったのだ。
「そうだな。ギルドの方でも今は色々と騒がしくなっていると思う」
「でしょうね。ギルドが優良な冒険者と判断した人が、まさか護衛対象に危害を加えようとしていたんですから」
マティソンの言葉にレイが……そして周囲で話を聞いていた他の者達も頷く。
ギルドにしてみれば、今回の一件はこれ以上ないくらいに面目を潰された形なのだから、それも当然だろう。
これで、あるいは護衛の対象がセトであったり、あるいはガンダルシアで強い影響力を持つフランシスの冒険者育成校でなければ……そう、表現は悪いかもしれないが、その辺の相手に対してであれば、ギルドとしてもある程度の隠蔽は出来たかもしれない。
だが、相手と場所が悪かった。
また、大々的にギラン達を引き連れてギルドにやって来た以上、それを隠し通すのも難しかっただろう。
「せめてもの救いは、騒動が起きたのが今日だったってことだろうな。明日にはギルムに向かうんだし、俺がいない間にギルドでの混乱は収まっていて欲しい」
「あ、あはは。……それはレイさんにとってはそうかもしれませんが、私にとってはあまり嬉しくありませんね」
「レイと一緒にギルムに行く俺にとっては、悪くない話だけどな」
マティソンが困ったように言い、ニラシスは笑みを浮かべてそう言う。
ニラシスが言うように、ニラシスはレイと一緒にギルムに行くメンバーの一人だ。
より正確には、生徒達のお目付役や引率役といったところか。
マティソンはレイ達がいない間もダンジョンに潜る以上、ギルドが混乱するのは困る。
だが、ニラシスはレイと一緒にギルムに行くので、その間ギルドが混乱しても特に問題はなかった。
……行くのはあくまでもニラシスだけなので、ニラシスのパーティメンバーはその間もダンジョンに潜るのだが。
その時にギルドが混乱しているのは、決して良いことではない。
そうして話をしていると、やがて時間となり朝の会議が始まる。
いつもより少し……いや、大分遅いのは、レイがギルドに行っていたから……ではなく、レイと一緒にフランシスもギルドに行っていたからだろう。
普段であれば、フランシスからの何らかの連絡事項があって、それを朝の会議で話したりするのだが、今日はそのフランシスがレイと一緒にギルドに行っていたので、その伝達事項が遅れてしまった訳だ。
もっとも、この世界においてはそこまで……それこそ、一分一秒といったところまで時間に厳しくはない。
勿論、一時間、二時間といったように遅れれば話は別だったが、幸いレイとフランシスがギルドに行っていたは、そこまで長い時間ではなかった。
また、レイが冒険者育成校にやって来たのも、普段より少し早い時間だったというのも、影響しているのだろう。
ただ、普段よりも早いとはいえ、それでもまだ生徒が誰も来ていないような時間という訳ではなく、それなりに生徒達が登校している時間ではあったが。
「それとレイ教官とニラシス教官は明日からギルムに行くので、暫くいなくなる。何か用事があるのなら、出来れば今日中に終わらせておくように」
最後にそのようなことが伝達され、朝の会議は終わるのだった。
「レイ教官、今朝の一件は一体なんだったんですか?」
模擬戦が終わった後の休憩で、生徒の一人がそうレイに聞いてくる。
それは、多くの生徒達がレイに聞きたいと思いつつも、出来なかったこと。
生徒達も当然ながら今朝の一件は見ていた者が多く、見ていない者もそんな生徒達から話を聞くことで、どのようなことがあったのかを理解はしていた。
それ以外にも今日は、授業が始まるのが通常よりも遅かったので、その件にも影響していると思う者も多かった筈だ。
そんな諸々の原因を知っているのだろうレイに話を聞きたかったのだが、何しろ模擬戦が始まるのが遅れたので、最初にそのような時間的な余裕はなかった。
だが、こうして模擬戦が一段落したことで時間的な余裕が出来たのもあって、今朝の件について改めて聞いてみたいと思ったのだろう。
それに対するレイの返答は、あっさりとしたものだった。
「知っての通り厩舎の護衛をギルドに依頼して冒険者を派遣して貰っていたんだが、その派遣された冒険者が良からぬことを考えていたみたいでな。それを偶然知ったから、その冒険者達をギルドに連れていったんだ」
「え……そうなんですか?」
まさかレイがこうもあっさり答えるとは思わなかっただけに、聞いた生徒は……いや、周囲で耳を澄ませていた他の生徒達も驚く。
この件については隠しようがない以上、話してもいいと許可されている。
……ただし、ライグールとの関係については言わないようにと口止めされていたが。
ライグールは仮にも貴族の血筋だ。
そうである以上、ライグールが今回の件の後ろにいると公にされるのは、ギルドとしてもあまり好ましくなかったのだろう。
あるいはいずれは公になるかもしれないが、それこそギルドとライグールの実家との間できちんと話が纏まってからのことになる。
……もっとも、昨日ギルドにいた者はライグールが自分のミスをレイに押し付けようとしたということや、何より本気になったレイから逃げ出したのを見ている。
そこから続けて、今朝のギランの件でレイがギルドにやって来たのだ。
少し事情に詳しい者であれば、昨日と今日の一件で繋がりがあると判断してもおかしくはない。
それをレイに言ったところで、認めるかどうかは別の話だったが。
ただし、レイが認めないからといって、それで全てを隠せる筈もないのだが。
「ああ、そうなる。今頃ギルドで色々と取り調べを受けているだろうな」
「……そういうのって、警備兵に引き渡すんじゃないですか?」
「難しいところだ。実際にセトに危害を加えたのなら、それでもおかしくはないが、俺はその前に見抜いてしまったからな」
そう言うレイの言葉に、話を聞いていた生徒達は驚いたり、あるいは尊敬の視線を向けたりするのだった。




