3888話
「ちょ……レイ?」
いきなり武器を……それもレイにとっては本気の武器を構えたのを見たフランシスが、そう疑問の声を上げる。
当然だろう。フランシスにしてみれば、何故ここでレイがそのようなことをしたのか、全く理解出来ないのだから。
それでも戸惑ったのは一瞬。
次の瞬間には、レイが武器を向けている相手……ギランやその仲間に鋭い視線を向ける。
そんな二人の様子……いや、レイが武器を構えた時点で何かあった時に動けるようにしていたセトも、ギランやその仲間をじっと見る。
いつもは愛らしさすら浮かべているセトだったが、今のセトは何か妙な動きをしたら即座に行動に移すといった様子だ。
もしセト愛好家の面々が今のセトを見たら、どう思うのだろうか。
一瞬……本当に一瞬だけそう思ったレイだったが、それはすぐに消す。
「ちょっと、レイ。一体どういうつもりなの? この冒険者達が何かしたのかしら?」
セト好きの一面は既に消え、今のフランシスの表情は真剣なものになっていた。
そこにあるのは、冒険者育成校を守る者としての顔。
「ちょっ、一体何なんですか!?」
そんな二人と一匹の様子に、ギランは慌てたように言う。
いや、それは半ば抗議を含んだものだった。
……当然だろう。客観的に見れば、護衛の依頼を受けてここまで来たのに、何故かいきなり敵対されているのだから。
「レイ、一応言っておくけど……いえ、これは以前にも言ったと思うけど、厩舎の護衛として派遣されてくる冒険者は、ギルドでも一定以上の評価のある……そう、優良な冒険者なのよ。それを分かった上で、こういうことをしてるのよね?」
訝しげな様子でレイに言うフランシス。
そんなフランシスの言葉を聞いたギランは、その言葉に頷くと口を開く。
「そうですよ。俺対はギルドでも高く評価されています。そうである以上、こういう目に遭う理由はありません!」
不満を口にするギラン。
そんなギランを見て、レイはどうするべきかと考える。
レイがギランを怪しい、何かあると思ったのは、言ってみれば勘だ。
何らかの証拠があってのことではない。
普通に考えれば、そんな勘などというあやふやなもので疑われるというのは、疑われる方にしてみればとてもではないが納得出来るものではないだろう。
だが……レイはそれを承知の上で、自分の勘を信じている。
(とはいえ、何らかの証拠を示さないと、ただの言い掛かりにしかならない訳で……そうなると、どうする? いや、誰が俺を狙う? 残念なことに、心当たりはこれ以上ない程にあるんだよな)
レイは自分やセトが多くの者に狙われているというのは十分に理解している。
だからこそ、具体的に誰に狙われているのかを考えると、すぐに答えることは出来なかった。
(いや、待て。今日こうして仕掛けて来たってことは、もしかして昨日の一件か? いや、だが……)
ふとレイが思い浮かべたのは、一昨日の一件。
そして一昨日の一件で、昨日ダンジョンに潜る前にギルドで起きた一件。
「ライグール」
そう、レイは昨日の一件の主犯――という表現は正しくないのだろうが――名前を呟く。
ビクリ、と。
ライグールの名前を聞き、ギラン……ではなく、その仲間の冒険者の一人がその名前に反応して身体を動かす。
その一人にしてみれば、思わずといった反応だったのだろう。
だが、レイにしてみればそれで十分な反応であるのも事実だった。
「どうやら当たりだったみたいだな。……まぁ、ああいう奴があのまま終わるとは思っていなかったけど」
プライドが高いと表現すればいいように聞こえるかもしれないが、それは裏を返せば傲慢であるということを意味してもいた。
結果として、自分に恥を掻かせた……あるいはそれ以上の目に遭わせたレイを、ライグールは許せなかったのだろう。
かといって、正面から戦いを挑んでも勝てるとは思えない。
なら、どうするか。
レイに復讐する為には、レイの大事なものに危害を加えよう。
なら誰か。
そうして情報を集めれば、当然真っ先に浮かび上がるのはセトだった。
レイとしては、ジャニスにちょっかいを出されるのを嫌っていたのだが、貴族であるライグールにしてみれば、メイドの一人よりもレイの従魔にして、ランクAモンスターたるグリフォンのセトが真っ先に思い浮かぶのは当然のことだった。
「い……一体何を言ってるんですか? 難癖を付けられても困ります。このような人の出した依頼は受けられません。この件についてはギルドに報告させて貰います。行くぞ」
ギランは、そう言い捨ててこの場から立ち去ろうとする。
それは依頼人に絡まれたので、とてもではないが仕事出来ない……そのように装っているように見える。
いや、事情を何も知らないものなら、それこそそのようにしか思えないだろう。
だが……ライグールの名前を出した時に反応した冒険者のことを知っているレイにしてみれば、このままここにいると自分達の正体……いや、ライグールから裏で依頼を受けた件について知られてしまいそうなので、慌てて逃げるように思えた。
「おっとそこまでだ。セト」
「グルゥ!」
レイは何があっても対応出来るようにデスサイズと黄昏の槍を構えたまま、セトの名前を呼ぶ。
具体的に何をしろと言われた訳ではないセトだったが、それでもレイが何を思って自分の名前を呼んだのかは理解しており、素早くギラン達の前に立ち塞がる。
そして次の瞬間には、ギラン達の前にある地面が風の刃で斬り裂かれる。
それをやったのは、フランシス。
精霊魔法による風の刃は、見えない攻撃をしたという意味でギラン達の足を止める。
勿論セトの存在であったり、デスサイズと黄昏の槍を持ったレイの存在もギラン達にとっては脅威だろう。
だが、フランシスが使った精霊魔法により生み出された風の刃は、目で見ることが出来なかった。
本当にいつの間にか放たれ、地面を斬り裂いていたのだ。
それを見れば、恐怖を抱くなという方が無理だろう。
「な、何を!?」
せめてもの抵抗と言うべきか、ギランは自分に落ち度はないのに一方的に責められている……それどころか、自分達よりも強い相手に一方的に攻撃を受けているといったように叫ぶ。
「ちょっと、レイ? 本当に大丈夫なんでしょうね? もしこれでレイの予想が違っていたら、笑い話ではすまないわよ?」
「安心しろ。その時は俺が責任を負うから。……ともあれ、このままって訳にもいかないし、こいつらを連れてギルドに行くぞ」
そんなレイの言葉に、フランシスは大きく息を吐き、覚悟を決める。
レイがここまで言うのなら、それは間違いなく何かあるのだろうと、そのように思いながら。
実際にそれが正しいのかどうか、今はまだフランシスには分からない。
分からないが、それでも今のこの状況を思えばレイが何らかの確信を抱いているのは間違いない。
「分かったわ。……なら、まずは私がギルドに先に報告をしてくるから。レイはこの冒険者達を連れてきてちょうだい」
「分かった。じゃあ、よろしく頼む」
レイがそう言うと、フランシスはギルドに向かう。
そんなフランシスの背を見送ったレイは、改めてギラン達に視線を向ける。
「そんな訳で、ギルドに行くぞ。ギルドに行くのは、お前達も望んでいたことである以上、否とは言わないよな?」
「……分かった」
不承不承といった様子でギランはレイの言葉に頷く。
今はまず、何とかこの状況を潜り抜けるのが先なのだからと。
そうしてレイはギランやその仲間達を連れて、ギルドに向かう。
ギランやその仲間達が逃げないようにレイが先頭になり、セトが最後尾となっての移動。
そうなれば、当然のように目立つ。
ましてや、今は生徒達が学校に登校する時間に被っているということもあってか、多くの者達が一体何があったのかといった視線をそちらに向けていた。
中にはギラン達の顔を知っている者もいるのだろう。
近くにいる者達と共に、一体何があってこのような状況になっているのかといった会話をしている者もいた。
そんな中で、当然だがギラン達はこの状況に思うところがある。
「おい、幾ら何でもこの扱いはないんじゃないか?」
怒り、もしくは焦りからだろう。
最初に会った時のような丁寧な言葉遣いは既になく、不満しかないといった様子でレイに声を掛ける。
「言っておくが、逃げられるとは思うなよ? 縄で縛ってないだけ、ありがたく思え」
既にレイの手にはデスサイズも黄昏の槍もない。
だが、ギランはレイがそれらをミスティリングから瞬時に出したりしまったりするのを、その目で見ている。
もし本当にレイが言うようにこの場から逃げようとしても、それこそ一瞬で再びレイは武器を手にして、逃亡を防ぐだろう。
そうである以上、ここで逃げ出すといったことはギランには考えられない。
「……分かっている。そもそも、俺達に後ろ暗いことはないんだ。そうである以上、ここでわざわざ逃げるといったことをする必要はない」
「だと、いいけどな」
レイはそう告げる。
ギランの言葉は全く信じていない様子だ。
実際、レイの中では既にギラン達はライグールの手先であるという認識となっている。
物理的な証拠を出せと言われれば困るが。
(これで、実はライグールの名前に反応した奴が、偶然ライグールの知り合いだったり、ライグールについての噂を聞いただけとかだったら……うん、ちょっと洒落にならないな)
通学路となっている場所を歩きつつ、レイはそう思う。
とはいえ、レイは自分の勘を信じていた。
今まで、何度も自分の命を救ってくれた勘なのだ。
そうである以上、その勘を信じないという選択肢は存在しない。
その勘が、ギラン達は何かおかしいと、そう告げているのだ。
そうである以上、ここでギランについて追及しないということは有り得ない。
「見えてきたな」
ギルド、ダンジョン、冒険者育成校……そしてついでにレイの家もだが、それらは比較的近い場所にある。
その為、冒険者育成校からギルドまではそこまで移動に時間は掛からなかった。
そしてギルドが近づけば、冒険者育成校に通う生徒達とは違い、ギルドやダンジョンに向かう冒険者が増えてくる。
そんな冒険者達は、生徒達と同じように……あるいはそれ以上熱心に、ギラン達に視線を向ける。
レイとセトに挟まれるようにして移動しているのは、一体何故なのかと。
中にはギランの知り合いの冒険者もおり、一体どうしたのかと声を掛ける。
「おい、ギラン。一体何があったんだ?」
「俺が知るか。依頼を受けて冒険者育成校に行ったら、理不尽に言い掛かりをつけられたんだよ。今、その件について話す為にギルドに向かっているところだ」
「……そうか」
ギランの言葉に、声を掛けた男はそれ以上は何も言わない。
あるいはこれで、ギラン達の前後にいるのがレイやセトでなければ、また話は違ったかもしれないが。
もしくは、ギランの知り合いといった訳ではなく、もっと強い仲間意識を持つような者であれば、レイに向かって不満を口にした可能性もある。
だが、その男はギランとはあくまでも顔見知り程度の知り合いでしかなく、そしてレイの存在についても詳しく知っている。
結果として、わざわざレイと敵対してまでギランを助けようとは思わず、それ以上は声を掛けることもないまま、ギラン達を見送るのだった。
そうして一行はギルドに到着する。
「セトはいつものようにここで待っていてくれ。……多分ないと思うけど、ギラン達がギルドから逃げ出そうとしたら頼むな」
「グルゥ!」
レイの言葉に、セトは任せてと喉を鳴らす。
……そんなやり取りは当然のようにギラン達にも聞こえているのだが。
いや、これは寧ろ意図的にギラン達に聞かせているのだろう。
ギラン達にギルドに入った後で隙を突いて逃げようとしても、そんなことは出来ないと、そう思わせたくて、レイが口にした言葉なのだろう。
その言葉を聞いた、ギランの仲間の一人が悔しそうな表情を浮かべる。
レイはそんな様子に気が付きつつも、触れない。
ギラン達は今、間違いなく追い詰められているのだ。
そうである以上、ここで何かを口にすれば、最悪ギラン達が暴発しかねない。
そうなってもレイは対応出来る自信があったものの、そのような面倒なことが起きないのなら、そちらの方がいいのは間違いない。
そう思いながらレイはギルドのカウンターに視線を向ける。
ギルドの中には朝ということもあって、まだそれなりに冒険者達がいる。
それでもピークの時間帯は既にすぎているので、ある程度の余裕はあり……カウンターを普通に見ることが出来、カウンターの側にはフランシスとアニタの姿があった。




