3884話
コボルトを倒した……というよりも、半ば一方的に虐殺したレイとセトは再び探索に戻る。
今度はセトの背の上ではなく、最初のようにセトの前をデスサイズを手に、草を刈りながら移動するレイ。
セトの背の上ではなく前を進んでいるのは、特に何かこれといって理由がある訳ではない。
単純に、何となくそうした方がいいだろうと判断した為だ。
……あるいは気分転換的な感じか。
ともあれ、レイはデスサイズを手に草原を進む。
「青い苺、他の場所にもないかな。……セト、もしまたあの青い苺があったら、すぐに教えてくれ」
先程青い苺を見つけたのは、セトの嗅覚によるものだ。
レイも常人と比べると五感は鋭いが、セトはそんなレイと比べても更に鋭い五感を持っている。
その為、もし青い苺があった場合、レイよりもセトの方が早く見つけることが出来るのは間違いなかった。
レイもそれを知っているので、セトにそう声を掛けたのだ。
「グルゥ!」
レイの言葉に、セトは分かったと喉を鳴らす。
セトにしてみれば、レイの頼みというのもあるが……それ以上に、青い苺を食べたいという思いがある。
それだけに、もし青い苺が……あるいは青い苺以外でも甘い香りのする果実を見つけたら、すぐレイに教える積もりだった。
そんなセトを見て笑みを浮かべたレイは、草を刈る作業を再開する。
音も何もほぼないままに、草が切断される。
デスサイズの斬れ味の鋭さを感じつつ、レイは草原の中を進む。
(せめて、草がもっと小さければいいんだけどな)
自分の目の前に存在する大きな草を見つつ、レイはそんな風に思う。
草そのものは、そこまで厄介という訳ではない。
モンスターが擬態をしている訳でもないので、草が攻撃してきたりといったことはまずないのだから。
そういう意味では安心出来るが、だからといって視界を完全に遮る草が邪魔でない訳でもなく……
「いっそ燃やすか?」
「グルゥ!?」
唐突なレイの言葉に、後ろを進んでいたセトは驚きの声を上げる。
草を刈りながら進んでいたレイが、いきなり物騒なことを口にしたのだから、そんなセトの反応もおかしくはないのだが。
「ん? ああ、勿論冗談だから気にしないでくれ」
鳴き声で自分の言葉をセトが聞いていたのに気が付いたレイが、後ろを見ながらそう言う。
「グルゥ……」
本当? と、レイの言葉に喉を鳴らすセト。
いつもであれば、セトはレイの言葉はすぐに信じる。
だが、今は違った。
レイの様子から、本気でセトはレイがこの草原を燃やそうとしてるのではないかと、そう思えたのだろう。
また、今のレイはデスサイズを使って草刈りをしており、そして無詠唱魔法も使える。
つまり、レイが指を鳴らすと……それだけでファイアボールが使われ、そして草原が燃やされてしまう。
これが狭い場所だけであればともかく、この階層は草原の階層だけに多数の草が生えている。
それらが纏まって燃えてしまうと、それこそ現在十三階にいる冒険者達も炎に襲われてしまう。
最悪の場合、焼き殺されてもおかしくはないのだ。
「俺が本当にそういうことをやりそうに思うか?」
思う。
レイの言葉にそう喉を鳴らしたかったセトだったが、レイのことを思えば取りあえず黙っておくことにしたらしい。
そんなセトの様子を見たレイは、少し微妙な表情になりつつ……今、この件についてこれ以上突っ込むと不味いことになりそうだったので、沈黙を保つ。
「ほら。ちょうど草原がここで終わるみたいだ。何かあるかもしれないぞ」
あからさまに話を誤魔化すように言う。
とはいえ、実際にデスサイズで草を刈ると、その先には何もない場所に到着している。
草原が終わったというレイの言葉は間違いなく、そのような場所だけに何かがあるかもしれないと思うのは間違っておらず……
「あ、宝箱」
その空き地の隅に宝箱があるのを見つける。
今日二つ目の宝箱。
一個目は一部がセトのクリスタルブレスによって水晶に覆われてしまったものの、今回レイが見つけた宝箱は特に何もない……例えば、宝箱の周囲にモンスターがいたりといったようなことはない普通の宝箱だ。
そのことを嬉しく思いつつ、レイは宝箱に近付き……
「っと!」
不意に後ろに跳ぶ。
次の瞬間、レイの歩いていた場所に穴が空くも、既にそこにレイの姿はない。
「罠か。……まぁ、ダンジョンだし、その辺は仕方がないか」
「グルゥ?」
セトが大丈夫? と喉を鳴らすものの、レイは笑みを浮かべて問題ないと示す。
落とし穴というのは、相手を穴に落とすのを目的とした罠だ。
その穴に落ちることなく背後に跳んだのだから、レイが怪我らしい怪我をしていないのはそうおかしなことではない。
「とはいえ……こういう罠らしい罠は久しぶりにみたな。うげ、穴の中には針がある」
空いた穴を上から覗き込んだレイが見たのは、落とし穴の底には鋭い……五十cm程の長さの棘が数本設置されているというものだった。
もし何も知らずにこの穴に落ちていれば、重傷……場合によっては致命傷を負っていた可能性もある。
かなり殺意の高い罠だったが、その罠が発動する直前に察知されてしまえば意味はない。
「これからは罠にも少し気を付けた方がいいかもしれないな。……今更の話だけど」
ここは十三階で、既にレイは十五階まで到達しているのだ。
そういう意味では、今更というレイの言葉は決して間違ってはいないだろう。
「罠の察知は……魔法でなら出来るけど、そういう技術は持ってないしな。そういう意味では、盗賊が仲間にいるというのは大きいんだろうけど」
レイの使う魔法の中には、罠を察知するという魔法がある。
しかし、レイだけしかダンジョンにいないのならともかく、レイ達以外にも多くの者がダンジョンにいる中でそのような魔法を使えば、間違いなく騒動になるだろう。
そういう意味では、ビューネのようにそのような技能を持つ者を仲間にするのが一番いいのだろうが、生憎とここにビューネはいない。
もしくは、臨時のパーティで誰か盗賊を雇うといったことをしてもいいだろう。
……そうなったらそうなったで、面倒なことになりそうな気もしたが。
「久遠の牙が現在十九階だったか? 久遠の牙のいる階層を追い抜けば、魔法で罠を探索するとかしてもいいんだろうけど。……とはいえ、そうなったらそうなったで、その階層にいるモンスターが混乱しそうだな。いや? でもそれはそこまで悪い話じゃないのか?」
モンスターが混乱するということは、例えば普段はどこかに隠れているモンスターであっても動き出すということを意味している。
そうなれば、未知のモンスターの魔石を求めるレイにとって決して悪いことではない。
ただし、問題なのはそのようなことになった場合、その階層にもし冒険者がいたら、その冒険者に危害を加えたという扱いで何らかの罰則を受ける可能性があることだろう。
もっとも、レイにしてみれば二十階、あるいはギルムから戻ってきた時に久遠の牙がどこまで攻略しているのかは分からないが、とにかく他に冒険者がいない場所でそのようなことは試そうと思っていたが。
「うん、これは悪くないな。そうなると、ギルムから戻ってきたら少しでも早くダンジョンの攻略をして、久遠の牙を追い抜く必要があるな。……セトもそっちの方がいいよな?」
「グルゥ? ……グルルルゥ」
レイは自分の中だけで考えてそう言ってきたので、セトもレイが何を言いたいのかはあまり分からない。
分からないが、それでも今の状況を思えばレイが何かを思いついたのだろうというのは予想出来たので、その通りと喉を鳴らしておく。
「やっぱりセトも分かってくれるか。そうなると、少しでも早く二十階以降に行きたいな。……とはいえ、途中の階層にいる未知のモンスターや宝箱を放っておくのもどうかと思うけど」
そう言いながら、レイは再び宝箱に近付いていく。
幸いなことに、仕掛けられていた罠は先程の落とし穴一個だけだったらしい。
特に何も罠に掛かったりせず、宝箱をミスティリングに収納しようとし……
「ん?」
触れた時、違和感から声を出す。
「グルゥ?」
レイの様子を見たセトが、どうしたの? と喉を鳴らす。
レイはそんなセトの声を聞きつつ、一度離した宝箱に再度触れ……
「うわ、マジか」
よく見れば、宝箱は既に開けられた痕跡があった。
そのことを残念に思いつつ、宝箱を開けてみる。
するとやはりと言うべきか、そこには何もない空の宝箱が置かれていた。
「グルゥ……」
レイの様子から何かを察知したのだろう。
セトも近付いて来て宝箱の中を見て、そこに何も入っていないのを確認すると、残念そうに喉を鳴らす。
「誰かが前もって開けたんだろうな。……とはいえ、宝箱を開けたのなら、開けたままにしておいてくれればいいものを」
意図的に自分を……より正確には、次にここに来た者を嵌めようとしたのではないか。
そうレイが思ってしまうのは、わざわざ宝箱を閉めておき、そして宝箱の側に落とし穴の罠があった為だ。
勿論、全てが偶然という可能性もあるだろう。
罠については、偶然そこにあると気が付かないで踏まなかったのか、あるいは気が付いたからこそ罠を避けたのか。
そして宝箱を開けたものの、開けたままにしていたところ、何らかの理由で宝箱が閉まってしまった。
具体的には、何らかのモンスターの仕業であったり、風が吹いてそれが何らかの影響によって強風となり、それで宝箱が閉じたのか。
……そんな偶然についてはレイも予想出来るものの、それでもやはり偶然ではなく、誰かが後から来た者を罠に嵌めようとしたという可能性の方が高いように思えてしまう。
「まぁ……意図的であるにしろ、ないにしろ、今ここでそれを言っても意味はないしな」
息を吐き、レイは宝箱をミスティリングに収納する。
中身が入っていない宝箱だが、宝箱そのものがそれなりの収納容器としては悪くない。
何かに使える可能性は高いし、もしそれが無理でも結構な重量なので、最悪上空から落とせば武器として使えないこともないだろう。
最悪、薪として使ってもいい。
普通の冒険者なら、宝箱は重量もあるし場所をとるのということもあって、余程でなければ持ち帰ることはしないのだが、レイの場合はミスティリングがある。
これがあれば、持ち運びに困るということはまずなかった。
「さて、それじゃあ次だな。……そろそろ新しいモンスターが現れてもいいと思うんだけど」
「グルゥ」
レイの言葉に、セトもその通りといった様子で喉を鳴らす。
セトにとっても、やはり出来るだけ早く他のモンスターを見つけたいと思っているのだろう。
(ダンジョンだから、そこら中にモンスターがいてもいいと思うんだが……いやまぁ、階層とか、それこそダンジョンによってその辺は大きく変わってくるんだろうな。実際、十五階は結構な数のモンスターと遭遇したし)
そんな風に思いつつ、レイはセトと共に周囲の探索を続ける。
そうしてある程度移動をしていると……
「グルゥ!」
不意にセトが喉を鳴らす。
それは警戒の鳴き声。
来たか。
そう思いながら、レイはセトの見ている方……上空を見上げる。
しかし、レイがいるのは草原の中。
そして周囲にはレイよりも大きな草が生えている。
そのような場所だけに、上空をしっかりと確認することは出来ない。
「邪魔だ!」
レイは苛立たしげに叫びつつ、移動している時よりも大きくデスサイズを振るい、広めに草を刈る。
刈られた草が地面に落ちると同時に、レイの視界は大きく開け……
「グルゥ!」
それとほぼ同時にセトが喉を鳴らす。
「ギャオン!」
同時に聞こえてくる悲鳴。
一体何があったのかと慌てて空を見ると、そこでは角を持つ鴉が悲鳴を上げて、血を流しながらもなんとか空中で体勢を立て直しているところだった。
ただし、角を持つ鴉は一匹だけではない。五匹程もいる。
つまり、のこり四匹は地上に……より正確にはレイとセトに向かって急降下してきていた。
「グルゥ!」
再びのセトの鳴き声と同時に、鴉の一匹が悲鳴を上げ……最初の一匹と違い、体勢を立て直すことも出来ず地上に落下する。
それを見たレイは、ようやくセトが何をしたのかを理解した。
発動までが一瞬の衝撃の魔眼を使ったのだろうと。
衝撃の魔眼は当初は威力は期待出来るものではなかった。
しかし、レベルが上がって六となったいまの衝撃の魔眼であれば、革鎧を装備した相手にも大きなダメージを与えることが出来る。
防具がない……あるいは羽毛がその代わりなのかもしれないが、鴉にそんな衝撃の魔眼の威力を防ぐことは不可能だった。




