3879話
ライグールは結局急いでギルドを出ていった。
レイにしてみれば、朝……まだダンジョンに潜る前から面倒なことに巻き込まれたという思いが強い。
……そう、ライグールのせいで時間を無駄に費やしたものの、今はまだ朝で、レイはまだダンジョンに潜っていないのだ。
「それで、アニタ。本当にギルドをあのライグールの家の領地から撤収させることが出来るのか?」
レイの言葉に、アニタは階段を下りてレイの側まで移動してくると、笑みを浮かべて口を開く。
「出来るかどうかと言われれば出来ますが、だからといってそれをやるつもりありません。ライグールさんは色々と問題がありますし、ライグールの父親……領主様も問題がない訳ではないですが、それでも許容範囲内なので」
それはつまり、先程の脅しはハッタリだったということなのだろう。
……ハッタリだとはいえ、それは本当にやろうと思えば出来るという前提があってのハッタリであって、それをライグールは見抜くことが出来なかったのだろうが。
「さて、では皆さん。朝からお騒がせしました。今日も一日頑張りましょう」
アニタが気分を切り替えるようにそう言うと、話を聞いていた者達もそれぞれ自分のやるべきことに戻っていく。
そんな中、アニタは階段の前にいた人物……ライグールの私兵から自分を守ろうとしてくれたギャバンに声を掛ける。
「ギャバンさん、先程はありがとうございました。今日はダンジョンに潜るという話でしたが、お体には気を付けて下さいね」
「あ……は、はい!」
アニタの言葉に、ギャバンは嬉しそうに返事をする。
アニタのファンであるギャバンだ。そんなアニタに自分だけが特別に声を掛けられ、そして気を付けるようにとまで言われて、嬉しくない筈がない。
そして……男としての悲しい性か、今の一言でもしかしたらアニタは自分に好意を抱いているのでは? と思ってしまう。
……実際、アニタはギャバンに好意を抱いているのは間違いないだろう。
ただ、それは男女間の好意ではなく、あくまでも冒険者と受付嬢、あるいは友人や知人に対する好意だったが。
ギャバンはそれを分からず、嬉しさから顔を赤くしている。
……その様子を見ていた何人かは、そんなギャバンの様子に呆れたように笑みを浮かべていた。
「アニタ、じゃあ俺はもうダンジョンに行く。さっきの一件は任せていいんだよな?」
「はい。こちらの方で処理をしておきますので、レイさんはダンジョンの探索を頑張って下さい」
そう言うアニタをその場に残し、レイはギルドから出る。
すると、何人かが興味深そうにギルドから出て来たレイを見ていた。
先程、ギルドから飛び出していったライグールやその私兵達の姿を見て、一体何があったのかと疑問に思ったのだろう。
そのすぐ後……という程ではないが、その次にレイが姿を現したので、一体何かあったのかと思ったらしい。
とはいえ、レイはそんな視線を気にせずセトに視線を向け……そこでセトを愛でている数人の冒険者を見て、少し驚く。
まだ朝でダンジョンに行く前なのに、もうセトを愛でている者がいるとはと。
それだけセトのことに執着しているのだろうが、だからといってレイもこのままに放っておく訳にもいかない。
ただでさえライグールの一件で無駄な時間を使ってしまったのだから。
「セト、行くぞ」
「グルゥ!」
レイの呼び掛けに、セトが分かったと喉を鳴らして立ち上がる。
するとセトを愛でていた者達は、残念がりながらもダンジョンに向かう。
(あ、なるほど。そういうことだったのか)
てっきりセト好きが集まってはいるものの、その多くは別のパーティに所属する者達なのだろうと思っていたレイだったが、今までセトを愛でていた者達は揃ってレイに頭を下げると、全員一緒に転移水晶に向かう。
それはつまり、セトを愛でていた者達は全員が同じパーティであったということを意味していた。
(いやまぁ、考えてみればそれも当然なのかもしれないけど)
もしパーティの中に一人か二人セト好きがいても、ダンジョンの探索が終わってからセトを愛でろと他のパーティメンバーに不満を抱かれるだろう。
だが、パーティ全員がセト愛好家の場合、朝からセトを愛でる機会があったらダンジョンの探索よりもセトを愛でる方を優先してもおかしくはなかった。
「さて、じゃあ行くか。今日が最後のダンジョン探索だ。次にダンジョンの探索をするのは、ギルムから帰ってきてからになるからな。しっかりとやろう」
「グルゥ!」
レイの言葉に、セトは分かった! と嬉しそうに、そしてやる気満々で喉を鳴らす。
セトにしてみれば、昨日の一件もあったので今日こそは未知のモンスターであったり、宝箱であったりを見つけたいと思っているのだろう。
(あ、宝箱か。なるほど……それはありかもしれないな)
レイが頭に思い浮かんだのは、ビューネの顔。
今は別行動をしているものの、レイと同じパーティに所属している盗賊だ。
純粋な戦闘力として考えれば、ギルムにいる盗賊の中でも上位に位置するだけの技量を持つ。
勿論、盗賊としての技量も悪くはないが、それでもやはり盗賊としては戦闘力に比重が置かれている。
勿論、盗賊としての技能……罠を見破ったり、解除したり、あるいは仕掛けたり、鍵を開けたり、といったようなことが出来ない訳ではない。
実際、その手の技術が得意な者に教えて貰っていると以前聞いたことがある。
だが……それでも、練習と実践は違う。
そうである以上、レイがダンジョンで見つけた宝箱を持っていくのは、そう悪い話でない筈だった。
土産として宝箱……それも鍵が掛かっていたり、罠があったりするだろう宝箱はどうなんだ?
そう思わないでもなかったが、ビューネの性格を考えると意外と喜んでくれるような気がするのも事実。
「グルゥ?」
ビューネの土産について考えていると、セトが行かないの? と喉を鳴らす。
そんなセトの鳴き声で我に返ったレイは、すぐに頷く。
「そうだな。いつまでもこうしていても仕方がない。さっさと行くか」
そうレイは言い、セトと共に転移水晶に向かうのだった。
「さて、十三階だな。ここまであっさり来ることが出来たのは、幸運だったけど」
溶岩の階層である十五階に転移し、十四階を経由してやってきた十三階。
実際には十階と十五階の丁度中間なので、別に十階から来ても構わないのだが……十階の悪臭をセトが嫌がるということや、何より空を飛べるのなら十四階は階段から階段までの距離がかなり短いので、十五階からの方が圧倒的に楽なのだ。
もし十五階や十四階でモンスターと遭遇した場合、そのモンスターはその階層に相応しい強さを持っているので、それに対処出来るかどうかは微妙なところだったが。
ともあれ、レイとセトは特に何らかのモンスターと接触したり、あるいはトラブルに巻き込まれたりといったことはせず、無事にここまでやって来たのだ。
レイとしては、トラブルはともかく、未知のモンスターと遭遇するくらいはあって欲しいと思ったが。
とはいえ、モンスターと遭遇しないで十三階まで来たのは間違いない以上、今この状況で出来るのは、やはりこの階層にいるモンスターを探すことだった。
「よし、昨日は空を飛んでモンスターを探したけど、今日は地上を歩いて探すぞ。……この階層は草のせいで空からだとモンスターは見つけにくいから、地上でなら見つけやすいと思う。……出来れば、昨日ライグール達が戦っていた、草の四足獣を見つけたいところだけど……どうだろうな」
「グルルゥ!」
レイの言葉に、セトは分かったと喉を鳴らす。
セトにとっても、草の四足獣の魔石は是非とも欲しいところなのだろう。
そうしてレイはセトと共に十三階を歩き始めた。
「何か、食べ物の匂いとかがあれば、モンスターを呼び寄せるとか、そういうことが出来ればいいんだけどな。セトもそう思わないか? ……あ、でもセトがいる時点でそういうのは難しいか」
モンスターを呼び寄せる何らかの方法があったとしても、セトがモンスターである以上は、他のモンスターが来るよりも前にセトがその匂いに引き寄せられてしまう。
「やっぱりやめておくか。セトにとっても、面倒なことになるかもしれないし」
「グルゥ」
レイの言葉に同意するようにセトが喉を鳴らす。
セトもまた、自分がその匂いに惹かれるのは遠慮したいと、そう思ったのだろう。
「っと、邪魔だな」
レイはデスサイズをミスティリングから取り出すと、目の前に生えている草を薙ぐ。
この十三階に生えている草は、レイの背丈よりも高いものが多い。
そうである以上、見通しが悪くなるのは当然だった。
そして見通しが悪くなると、敵がどこから出てくるのか分からない。
……気配や殺気の類は感じられるので、それで敵を見つけるといったことも可能ではあるのだが。
それでもやはり、目で直接見て敵の存在を察知したいと思うのはおかしな話ではないだろう。
「いっそ、魔法で草原を全て焼いてしまいたいな。……まぁ、冗談だけど」
もしそのようなことをすれば、モンスターの魔石までをも焼いてしまうことになりかねない。
また、何よりも昨日のライグール達のように十三階で探索をしている冒険者もいるだろう。
そう考えると、迂闊に炎の魔法を使う訳にもいかない。
昨日の一件は結局お咎めなしとなったものの、それは昨日の件はあくまでも特殊だった為だ。
もしここでレイが魔法を使った結果、十三階で探索を続けている冒険者に被害が出たら、ギルドの方でも今度は何らかの処罰を考えるだろう。
レイとしては、それは出来れば……いや、可能な限り遠慮したかった。
「グルゥ?」
デスサイズを使い、草刈りをしながら……いや、草の大きさを考えると伐採という表現の方が正しいのかもしれないが、とにかくそのような感じで十三階を進んでいると、不意にレイの後ろにいるセトが喉を鳴らす。
警戒を促すような鳴き声ではないので、レイも特に警戒したりせず、草を刈るのを一時的に止め、そちらに視線を向ける。
セトが何を見ているのか、レイには分からない。
分からないが、それでも視線の先に何かがあるのは間違いなかった。
それは今までセトと一緒に行動してきたレイだからこそ、確信の出来ること。
「……あっちに行ってみるか。どのみち草を刈らないといけないし」
今までは基本的に空を飛んでいたか、あるいは珍しく草の生えていない場所で行動することが多かったレイだったが、今は違う。
草の生えている場所を移動しているのだ。
(人が踏み固めて道とかになっていてもおかしくはない……いや、でもダンジョンの修復力を思えば、もし一時的に踏み固めて道にしても、次の日、もしくは数日くらいが経過すれば、それもまた元に戻るのか? 毎日のように踏み固めていれば話は別かもしれないが)
一階や二階においては、多くの者が行動してる。
それと比べると、十三階まで来ることが出来る者の数はどうしても限られてしまうのだ。
そうである以上、この場所を踏み固める者は少ない訳で……それを思えば、レイとしては残念というか、面倒に感じる。
「セト、そっちに何があるんだ?」
「グルゥ……グルルルゥ」
レイの言葉に、セトは何かいいものといった様子で喉を鳴らす。
そんなセトの様子に、レイはどうするべきかを考え……どのみち、何か明確な目的地がある訳ではない以上、セトを止めるようなことはなく、そのまま先を進む。
そうして進んでいると……やがてデスサイズが草を刈った瞬間、視界が広がる。
「ああ、ここは草の生えていない場所か。……空を飛んでいる時はそれなりにこういう場所があったと思うけど、こうして地上を移動していると、草刈りをしなくてもいい場所だから、ありがたいな。……セト? 目的地はここなのか?」
「グルゥ」
そうだよと喉を鳴らすセト。
草原から草の生えていない場所に進むセト。
レイはそんなセトを追う。
セトのことだから、恐らく何かがあるのだろうというのは予想出来た。
それが一体何なのかは分からなかったが、それでも大人しくセトを追う。
すると、セトは草の生えていない場所を進み……そこでレイも、セトが何を思ってこっちに来たのかを理解する。
甘い香りが漂ってきたのだ。
レイよりも五感の鋭いセトだけに、当然ながらこの甘い香りも離れた場所から嗅ぎ取ることが出来たのだろう。
その甘い香りに誘われるように、レイはセトと共に移動し……草の生えていない場所でも隅の方。
草の生えている場所のすぐ近くに、苺に近い形状の……ただし、色は青い、そんな果実がなっているのを見つけるのだった。




