3875話
不意に喉を鳴らしたセト。
そんなセトの視線を追ったレイが見たのは、草で出来た四足獣の群れと戦っている冒険者達だった。
草の四足獣が何を模した存在なのかは、レイにも分からない。
何しろ草で身体が構成されているので、顔も当然ながら草だ。
ただ、複数の草の四足獣が協力して冒険者達と戦っているのを見れば、恐らく狼を模したモンスターなのだろう。
もっとも、狼と明確に判断出来ない以上、犬科と評した方がいいのかもしれないが。
(いや、群れで冒険者と戦っているからといって、犬科と思うのは間違いか?)
レイが思い浮かべたのは、ライオンだ。
虎や豹のような猫科の動物は、群れではなく個で獲物を狩る。
だが、猫科の猛獣の代表格と言うべきライオンは、群れで獲物を狩るのだ。
そういう意味では、群れで冒険者と戦っているからとはいえ、草の四足獣を犬科と評するのは間違っている可能性も否定は出来ない。
「グルゥ?」
どうするの? と喉を鳴らすセト。
そんなセトに、レイはどうするべきかと考える。
例えばこれが、冒険者が不利な状況であれば、今まで何度かやってきたように、モンスターの魔石目当てにすぐ助けるだろう。
あるいは冒険者が有利な状況なら、俗に言う横殴りになるので戦闘に関与せず、その場から離れる。
だが……レイが見たところ、現在冒険者と草の四足獣の群れとの戦いは互角だ。
冒険者達も十三階まで来るだけあり、相応の強さを持つ。
だが、それでも十三階のモンスター……それも相手は複数ということもあって、互角。
勝敗の天秤がどちらに傾いてもおかしくはない。
つまり、このまま放っておけば無事に冒険者が勝つかもしれない。
ただし、冒険者側に被害が出る可能性もある。
……もしくは、冒険者側が逃げるかもしれない。
そして最悪の場合、冒険者達が全滅する危険もある。
どのような状況になるのか、レイには分からない。
分からないからこそ、介入するのに躊躇うし、もしくは無視をしてこの場から離れるのも躊躇う。
数秒考え、レイは結論を出す。
「セト、取りあえずあそこに近付いてくれ。どうしたらいいのか分からない以上、向こうに直接聞くしかない」
そう、レイが選んだのは戦闘をしている者達に直接聞くということだった。
冒険者達が不利なら、問答無用で助けてもいい。
だが、一見すると互角である以上、助けがいるかどうか直接相手に聞けばいいと、そう判断したのだ。
「グルゥ」
レイの言葉に、セトは分かったと喉を鳴らしながら戦闘をしている場所に近付いていく。
その短い間にも、勝利の天秤は冒険者に傾いたり、草の四足獣に傾いたりしている。
それでもまだ決定的な傾きではなく、双方の間で揺らいでいるような状態だった。
自分の介入が冒険者達の勝利に天秤が傾く最後のピースになるのか。
そう思いながら、十分に近付いたところで大声で叫ぶ。
「助けはいるか!?」
端的な言葉。
それを聞いた冒険者達は、いきなりの声だった為に動揺して一瞬動きが止まる。
幸いだったのは、草の四足獣の群れもまた、突然の声に動きを止めたことだろう。
そのお陰で、冒険者達も草の四足獣の群れに不意を突かれることはなかったのだから。
そして冒険者達の中でも、リーダー格なのだろう男が叫ぶ。
「助けろ!」
命令するようなその言葉に、レイは助けるのを迷う。
助けられる身で、その態度はどうなんだと思ったからだ。
勿論、冒険者である以上は相手に侮られる訳にはいかない。
それはレイも十分に理解していた。
何しろ、レイもまたその外見……小柄で女顔が原因で、今まで何度も絡まれてきたのだから。
だからこそ侮られるのが避けたいのは十分に分かる。
分かるのだが、それでもモンスターと戦っている時にこうして命令口調で言ってくる相手を助けるべきなのか。
いや、正確には助けた後でどうなるか。
レイは助ける条件として、最低でも二匹の草の四足獣。出来れば素材の分も合わせて半分程の死体は貰おうと思っている。
しかし、先程の命令口調で助けろと言ってきた相手のことを思えば、モンスターの死体の半分どころか、自分を助けられたのだから光栄に思えと言ってきてもおかしくはないように思えたのだ。
いっそ、ここで助けないでそのままスルーしてもいいのではないか。
そう思ったが、助けがいるかと聞いたのはレイだ。
だからこそ、ここで助けないという選択をすると、後々面倒なことになるかもしれない。
また、十三階まで来ることが出来る冒険者がそう多くはないのも事実。
ガンダルシアという迷宮都市の利益を考えれば、助けた方がいいというのもある。
(仕方がない、か)
一瞬で考えを纏めると、レイはセトの背中を軽く叩く。
それだけでセトはレイの意図を察したのだろう。
翼を羽ばたかせ、地上に向かって降下していく。
草の四足獣も、先程レイが呼び掛けたのだから当然のようにレイとセトの存在については察していた。
そんな中でセトが近付いてくるのだから、冒険者との戦いは一度中断し、後方に下がる。
結果的にセトは、冒険者達と草の四足獣の丁度中間地点に着地する。
同時にレイはセトの背から下りると、落下中にミスティリングから取り出していたデスサイズと黄昏の槍を構える。
「協力する条件は、モンスターの死体の半分。それでいいな?」
「馬鹿な、一匹で十分であろう」
長剣を手にした男が即座にそう返す。
(やっぱりミスったか?)
男は自分の言葉をレイが聞いて当然といった様子で言うのを見て、レイは援軍に来たのは失敗だったかと思い直す。
この言葉遣いや態度から、恐らく……いや、ほぼ確実に貴族出身なのだろう。
冒険者育成校にも貴族出身の者達はいるし、教官の中にもアルカイデを始めとして貴族の血筋の者はいる。
冒険者になった貴族。それも十三階まで来ているのだから、相応に成功している部類ではあるのだろう。
貴族としての特権階級の意識から、他の冒険者を見下す者も多く、そのような貴族の大半は途中で死ぬか、もしくはすぐにでも実家に戻る。
そのようなことになっていないのだから、この冒険者の男も相応に自分の実力に自信があり、だからこそレイの条件に渡す死体は一匹だけだと返しても仕方がない。
だが……だからといって、レイがそれを受け入れるかどうかはまた別の話だ。
「本気か?」
「無論」
「ちょ……」
レイの言葉に男はあっさりとそう言う。
だが、そんな男の様子にパーティメンバーの一人が何かを言おうとするが……
「分かった。セト、行くぞ」
レイは即座に見切りを付け、近くにいたセトの背に跨がる。
セトは人の言葉も分かるので、今の男とレイのやり取りについては十分に理解していた。
その為、レイが背中に乗ると即座にその場を離れるべく走り始め……
「待て、貴様! 私を見捨てるつもりか!」
走るセトの背に乗ったレイに、先程の男の叫びが聞こえてくる。
それを無視してもよかったのだが、レイは最後の温情として口を開く。
「こっちの条件を蹴ったんだから、俺が助ける必要はなくなった! 精々、頑張れ! ……それも難しいかもしれないけどな」
最後だけは、聞こえないように口の中だけで呟く。
そんなレイの言葉に、再び男が何かを言おうとするが……その前に、草の四足獣の群れが襲い掛かってきたので、それに対処する必要があり、それどころではなく。
そして、それこそがレイが難しいかもしれないと口にした理由だった。
草の四足獣にしてみれば、自分達と互角の相手と戦っていたところに、急にレイとセトが姿を現したのだ。
レイはともかく、同じモンスターとしてセトの……グリフォンの力は、草の四足獣にも理解出来ただろう。
レイ達がいない状況で、戦いは互角だったのだ。
そこにセトが、そしてレイが戦いに加われば、草の四足獣の群れが負けていたのは間違いない。
勿論、負けたからといって全滅する訳ではない。
相応の知能を持つ草の四足獣は、自分達に勝ち目がないと判断した瞬間に逃げ出すだろう。
しかし、それまでの戦いで群れに相応の被害が出るのは間違いないし、逃げ出した全てが無事に逃げ切れる訳でもない。
レイやセトがいるとそうなったが、何故か急にレイとセトがいなくなった。
それはつまり、自分達が負けに等しい状態から、再び互角になったことを意味している。
だからこそ、レイやセトがいなくなった今、また何かの理由で戻ってくる前に自分達の獲物を倒すべきだと判断し、即座に攻撃を……それもレイ達が来るまでよりも激しい攻撃を仕掛けるのは当然のことだった。
とにかく目の前の敵を早く倒し、レイとセトが気紛れを起こして戻ってくるよりも前にこの場から逃げ出す。
そう考え、先程までよりも数段激しい攻撃を行ったのだ。
その場に残された冒険者達の方も、今はとにかく目の前にいるモンスターと戦わなければならず、立ち去ったレイにこれ以上声を掛けることも出来ないまま、戦うことになる。
「おのれぇっ!」
唯一、パーティリーダーの男がこの状況をもたらしたレイに、そして自分達を助けるのかと思いきや、結局何もせずに立ち去ったレイに心の底から怒りの声を上げていたが。
かなり遠ざかったレイとセトだったが、セト程ではないにしろ、常人よりも鋭い五感を持つレイの耳にはしっかりと聞こえていた。
「そう言われてもな。そこまで悔しく思うのなら、こっちの要望に従っていればいいものを。……というか、もしかして俺を知らないのか? けど……」
呟きながら、レイは先程の冒険者の男について思い浮かべる。
レイだけで姿を現したのなら、ドラゴンローブの持つ隠蔽の効果によってレイをレイと認識出来なくてもおかしくはない。
もっとも、隠蔽の効果はドラゴンローブを初心者用のローブといったように見せるものなので、その場合は初心者の魔法使いが十三階までソロで来ているという、少し意味不明な状況になるのだが。
ただ、今回はレイだけではなくセトもいた。
現在このガンダルシアにおいて、グリフォンをテイムしている者はレイだけだ。
冒険者として、その辺りの事情を知っていてもおかしくはない筈だ。
(いやまぁ、冒険者だからといって絶対に知っているという訳でもないんだろうな)
冒険者の中には情報を全く重視しない……気にしないという者もいる。
先程の男がそうであっても、不思議はないのだ。
もっとも、先程の男がそうであっても他のパーティメンバーも同様だとはレイには思えなかったが。
実際、パーティメンバーの一人はレイと男のやり取りを聞いていて、その上で何かを言おうとしていた。
その前に事態が動き、結局意味はなかったが。
「グルルゥ?」
本当にこれでよかったのかと、喉を鳴らすセト。
レイはそんなセトを撫でつつ、口を開く。
「そうだな。出来ればあのまま俺の要望を素直に受け入れてくれれば、そっちの方がよかったのは間違いない。ただ、少し話しただけだが、あの性格から考えると、とてもではないがこっちの要望は聞かなかった筈だ。あくまでも自分の要望だけを通そうとして……最悪、三つ巴の戦いになっていてもおかしくはなかった」
あそこでそのようなことになるか? とレイは思わないでもなかったが。
もし三つ巴になっても、レイは自分とセトが勝者になるという確信がある。
だが、あの男達にしてみれば、ただでさえ草の四足獣を相手に互角の戦いをしていたところに、さらに追加でレイとセトという敵を……それも明らかな強敵を作るのは自殺行為にしか思えない。
思えなかったが、レイが、あの男との短いやり取りで向こうが退くことはないと判断した以上、レイがあそこで交渉を打ち切る……つまり、あの男達を見捨てなければ、そのような流れになっていた可能性は非常に高い。
だからこそ、レイとしてはあそこで大人しく退いたのだ。
「とはいえ、惜しかったな」
既にレイの中にあの男達の心配はない。
助力を自分達の都合で断ったのだから、その後でどうなろうが、それはあの男達の自業自得でしかないのだから。
そんな中でレイが惜しいと考えたのは、やはりあの草の四足獣だった。
この階層で初めて遭遇したモンスターだけに、出来ればあそこで戦って倒したかった。
未知のモンスターの魔石は、レイにとってそれだけ欲しているのだから。
「グルゥ」
レイの言葉に、セトが同意するように喉を鳴らす。
セトにとっても、未知のモンスターの魔石は是非とも欲しいというのは、レイと同じ気持ちだ。
「せめてもの救いは、ああして群れを作っているということは、それなりにこの階層にあの草の四足獣はいるんじゃないかと思えることだけど……セトはどう思う?」
そう聞くレイの言葉に、セトは同意するように喉を鳴らすのだった。




