3874話
「隠密……地味だけど結構使いやすいかもしれないな」
一振りしたところで隠密の効果が消えて、また見えるようになったデスサイズ。
デスサイズが透明になるという、効果そのものは地味な能力だ。
だが、それでも地味だからといって使えない訳ではない。
寧ろ地味だからこそ、いざという時に逆転を狙えるような、そんなスキルが隠密だった。
何しろ、デスサイズそのものが消えるのだ。
戦っている相手にしてみれば、かなりの脅威……もしくは恐怖だろう。
元々、デスサイズ……大鎌というのは非常にマイナーな武器だ。
今でこそレイの噂が広がり、それに憧れて大鎌を使おうとする者もいるが、その大半は結局大鎌を使いこなせずに諦める程なのだから。
レイの身近にいる者の中では、冒険者育成校の一組のトップであるアーヴァインがその典型だろう。
アーヴァインもまた、レイの噂を聞いて憧れ、大鎌を使おうとしたものの諦めたことがある人物なのだから。
そんな訳で、大鎌というのは非常にマイナーな武器だ。
そうなると、レイと戦う者にしてもそんなマイナーな武器を持つ相手と戦った経験はほぼなく、長剣や槍といったありふれた武器と違って間合いを計れない。
ましてや、大鎌はマイナーな武器というのもそうだが、その形も特殊だ。
それだけに、余計に間合いを計ることが難しいのだ。
そんな大鎌であるデスサイズが、いきなり消えた……いや、実際にはそこにあるものの、見えなくなったらどうなるか。
普通に考えれば、そんなデスサイズに対処するのは非常に難しいだろう。
ましてや、間合いを把握しそこなった場合、待っているのは死なのだから。
そういう意味では、間違いなく隠密というスキルは戦う方にしてみれば厄介なスキルなのは間違いなかった。
また、そのスキルを使うレイにしても、レベル一では一振りしたところで隠密の効果が切れるものの、その一振りがあれば十分でもある。
それだけに、レベル一のスキルではあるものの、隠密はかなり有用なスキルなのは間違いない。
(とはいえ、デスサイズが見えなくなるのが隠密というのはどうなんだろうな? それこそセトが持つ光学迷彩とか、そういうスキル名の方が相応しいと思うんだが)
隠密というスキル名に疑問を抱くレイ。
もっとも、既に新しいスキルとして習得してしまった以上、それはどうしようもないのだが。
これがゲーム……それも自由度の高いゲームの類であれば、スキル名の変更が出来たりもするが、生憎と魔獣術にそのようなシステムはない。
レイにしてみれば、自分とそう離れていない時代にこの世界にやってきたタクム・スズノセがいて、魔獣術の開発に協力したのだから、スキル名を変更する機能……リネーム機能的なものがあってもいいと思うのだが。
(あるいは、もしかしたら裏コマンドとか、そういうのであるかもしれないけど。もしくは裏技とか。……まぁ、今となってはその辺について考えても意味はないだろうけど。もし何らかの理由でそういう機能が使えるようになったとして、スキル名を変更したらレベルが一に戻るとかそういうのだと最悪だし)
隠密のようにレベル一のスキルがレベル一のままだというのなら問題はない。
だが、高レベルになったスキルが、名前を変えたせいでレベル一に戻るといったようなことになれば、それは洒落にならない。
今まで……レイがこの世界に来てから数年の間、苦労してきた結果がなかったことになるのだから。
余計なことは考えない方がいいだろうと判断し、レイはセトに視線を向ける。
「グルゥ?」
レイの側までやってきていたセトは、自分を見たレイにどうしたの? と喉を鳴らす。
セトにしてみれば、レイが何か自分に用があるのではないかと思ったのだろう。
だが、レイはそんなセトを笑みを浮かべつつ、撫でる。
「いや、何でもない。セトのアシッドブレスのお陰で有用なスキルが入手出来たと思ってな。セトには感謝しかないよ」
「グルルゥ!」
レイの言葉に、嬉しそうに喉を鳴らすセトだったが、その言葉に気を引き締めたのも事実。
セトにしてみれば、アシッドブレスを使う前にモンスターが潜んでいるのを察知出来なければならない筈だった。
今回はアシッドブレスという広範囲に攻撃するスキルを試したので、その結果として潜んでいたモンスターを倒すことが出来た。
だが、もしアシッドブレスのような広範囲に効果が及ぶスキルではなかったら?
いや、アシッドブレスも今回のように扇状に放つというのもあれば、集束して放つといった方法もある。
そちらを使っていればどうなったか。
セトに見つけられなかったモンスターが、レイを攻撃したとは限らない。
寧ろ、レイに攻撃をするのではなく、見つからないように隠れていたという可能性の方が高いだろう。
だが……それはあくまでも今回はそうであったからでしかない。
言ってみれば、偶然でしかない。
だからこそ、次からは気を付けたいと、そうセトが思うのはおかしな話ではなかった。
「ほら、気にするなって。もし何かあっても、俺はすぐに対応出来る。それはセトも分かってるだろう? それに俺が対応出来なくても、セトが対応出来るだろうし」
セトの様子から、何を考えているのか理解したのだろう。
レイはそんなセトを落ち着かせるように、あるいは励ますように言う。
「グルゥ」
レイの言葉に、セトは喉を鳴らしながら頷く。
完全に納得出来た訳ではないのだろうが、レイの言葉で取りあえずは落ち着いたのだろう。
「次にあのモンスターを倒すことが出来たら、セトの光学迷彩のレベルが十になるかもしれないな。後は、蛇系に限らず毒を持つモンスターの魔石があれば、毒の爪のレベルも十になるかもしれない。そう考えれば、この十三階は決して悪くない場所だと思わないか?」
「グルルゥ!」
今度は、レイの言葉に完全に同意するように喉を鳴らすセト。
実際、この草原の階層は探索がしにくいという難点はあるが、魔獣術的には美味しいモンスターがいるのも事実。
探索のしにくさも、セトが空を飛べばある程度解決するという利点がある。
……もっとも、草原の中に隠れ潜んでいるようなモンスターは、上空からでもそう簡単に見つけられるといったことはないのだが。
ただ、草原に潜んでいるモンスターを見つけにくいというのは、歩いて地上を移動していても同じことだ。
であれば、歩くのに苦労をする地上を移動するのではなく、空を移動するべきとレイが考えるのはおかしな話ではない。
(ただ、地上を移動するのもメリットがあるのは間違いない。……そうなると、今日は空から探索して、明日は地上を探索するといった流れでいいか)
簡単に明日の予定を立てると、レイはセトの背に乗る。
するとセトはすぐに草原を走り、翼を羽ばたかせて空に駆け上がっていく。
(うわ、こうして改めて見ると、レベルアップしたアシッドブレスの効果は凄いな)
地上からでは、どうしてもアシッドブレスの効果範囲を全て見ることは出来ない。
だが、こうしてセトに乗って空を飛べば、上からアシッドブレスがどれだけの効果を発揮したのか、確認することが出来た。
先程レイ達がいた場所から、扇状に広がっている元草原。
その効果範囲は、レイから見ても驚くべきものだった。
地上の光景に驚きつつも、レイはふと思う。
(いっそ、上空からあらゆる場所……十三階の地上全てをアシッドブレスで溶かしてもいいのでは?)
そうすれば、先程の隠密を習得した魔石を持っていたモンスターのように、容易に魔獣術を使えるだろう。
……もっとも、レイはすぐに自分の意見を否定する。
(もし地上に他の冒険者達がいた場合、洒落にならないしな)
それが一番の難点だった。
溶岩の階層である十五階、崖の階層である十四階、草原の階層である十三階。
ここまで来られる冒険者は、ガンダルシアにいる冒険者の中でもそう多くはない。
多くはないが、それは皆無という訳でもないのだ。
もしレイの思いつきをセトが実際にやってみた場合、冒険者に被害が出る可能性は高い。
また、先程のモンスターのようにアシッドブレスで倒しても、それが具体的にどのようなモンスターなのか分からないと、魔石の扱いにも困る。
ドワイトナイフを使った素材の剥ぎ取りが出来ないのは、レイとしても残念ではあるが、それについてはそこまで重要ではない。
レイがガンダルシアのギルドに素材を売っているのは、半ば成り行きなのだから。
ギルドにしてみれば、レイから素材を買い取れないというのは損ではあるが、それでも別に致命的という程ではない。
レイよりも深い階層に潜っている冒険者も、数が少ないがいない訳ではないのだから。
とはいえ、上空からアシッドブレスによって全てを溶かす雨を降らせるというのは、止めておいた方がいいのは間違いのない事実。
「やっぱり普通に空から地上を見て、モンスターを探すしかないか」
「グルゥ?」
レイの呟きが聞こえたのか、セトはどうしたの? と喉を鳴らす。
レイが何を考えているのか、気になったのだろう。
「いや、何でもない。取りあえず今まで通りにモンスターや宝箱を探そうと思ってな。特にモグラの穴は是非とも見つけたい」
「グルルゥ!」
レイの言葉に、セトはやる気満々で喉を鳴らす。
少しだけだが食べたモグラの肉が、それだけ美味かったのだろう。
もっとも、それを言うのならレイもまたモグラの肉はかなり美味かったと思っていたが。
レイの中で、モグラの肉は今まで食べてきた肉の中でも明らかに上位に位置する。
ドラゴンの肉には遠く及ばないが、それなりに頻繁に食べているオークの肉よりは明らかに上だ。
だからこそ、出来ればまたあのモグラと遭遇したいと思う。
……もっとも、オークの肉の利点は美味いこともそうだが、何より希少性がないというのが大きい。
倒す実力さえあえれば、それこそオークの集落を見つければ大量にオークの肉が入手出来るのだから。
(オークがどうやって増えているとか、そういうのを考えるのは止めておくけど)
オークはゴブリンと同様に色々な種族との間に子供を作ることが出来る。
そして人間……いや、獣人やエルフ、ドワーフといった種族も含めて、オークにとっては子供を作れる相手で、特に人間は数が多いだけに捕らえやすい存在でもある。
それは決して好ましくないことではある。
だが同時に、そんなオークの繁殖力があるからこそ辺境のギルムにおいてはオーク肉が普通に食べられているという理由でもある。
また、このガンダルシアにおいても、ダンジョンの五階にはオークが多数棲息しており、それを倒した冒険者が荷車に積み込んで運び出し、肉として売って儲けてもいる。
幸運にも、オークのいる五階は転移水晶のある階層だ。
オークの死体を地上まで持ち運ぶのにも、これ以上ない立地だろう。
「この階層で出るモグラを家畜にすることが出来ればいいんだけどな。……まぁ、無理か」
「グルゥ」
肉の安定供給という意味でレイは呟くも、自分の言葉を即座に自分で否定する。
何しろモグラはその四本の手……正確にはその先端の爪であったり、身体中から生えている小さな棘を使い、地中を移動出来る。
つまり、モグラの牧場を作っても地中からあっさりと逃げられるということを意味しているのだ。
もし本当にモグラの牧場を作るのなら、それこそモグラであっても掘れない場所に牧場を作る必要がある。
例えば、岩……それもモグラの爪であっても掘ることが出来ないような頑丈な岩を使うといったように。
「とにかく、モグラを中心に……つまり、モグラの穴を探しながら移動しよう」
「グルルゥ」
セトはレイの言葉にやる気満々といった様子で喉を鳴らし、翼を羽ばたかせる速度を上げる。
地面の景色が流れる速度が今までよりも明らかに増す。
とはいえ。レイにしてみればこの程度の速度で進んでも、地上に何かあっても見逃すということはない。
特に今は、モグラの穴を探しているところだ。
モグラの大きさを考えれば、レイや……ましてやセトが、その大きさの穴を見逃すなどということはまずない。
それでも見つからないのは、単純にモグラが穴を何らかの手段で隠しているのか。
もしくは、生い茂っている草によってその穴が隠されているのか。
その辺りはレイにも分からなかったが、それでも今はとにかくその穴を……あるいはそれ以外に、何か他のモンスターを見つける必要があった。
「うーん……何かあればいいんだけど。それに、そろそろ見つかってもいいと思うんだが……」
「グルゥ!」
レイの呟きに反応するように、セトが喉を鳴らすのだった。




