3870話
「グルルゥ!」
十三階の探索を続けていると、不意にセトが喉を鳴らす。
何だ? そう思いながらセトの視線を追うと……
「穴?」
そう、それは地面に存在する大きな穴だった。
今レイ達がいるのはその穴からかなり離れている場所なので、正確な大きさは分からないものの、その穴が大きいのは間違いない。
背の高い草原が広がっている中、草の生えていない場所にぽっかりと空いた大きな穴。
その穴の存在を不思議に思い、レイはその穴を見つけたセトに声を掛ける。
「セト、地上に降りてくれ。……穴となると、ワームか?」
昨日のグラース・ワームの件があった為だろう。
レイはもしかしたら、これもワームの仕業ではないかと、そのように思う。
もっとも、グラース鉱石のある鉱脈ではないので、もしここにいるにしてもグラース・ワームではない、別の種類のワームの可能性が高かったが。
それが普通のワームなのか、それともグラース・ワームのような特殊なワームなのか。
それはレイにも分からない。
だが、取りあえずまだこの階層で倒したことがないモンスターであるのなら、ここで是非とも倒したい。
そう思い、レイは地上に降りたセトの背中から下りる。
「さて、一体どういう……」
「グルゥ!」
レイが何かを言うよりも早く、セトは喉を鳴らす。
そんなセトの鳴き声を聞いた瞬間、レイもまた即座に反応した。
反射的に、後ろに跳んだのだ。
身体が空中にあるうちに、ミスティリングからデスサイズと黄昏の槍を取り出す。
そして地面に着地すると同時に、穴の中から巨大な何かが飛び出してきた。
一瞬前までレイのいた場所を、その何かは鋭い爪で薙ぎ払う。
「モグラ!?」
そう、それはモグラ。
ただし、ダンジョンの中で出て来たのだから、当然ながらただのモグラではない。
まず第一に、その大きさが普通ではない。
レイが知っているモグラというのは、それこそ一般的なネズミよりも大きいくらいだ。
日本にいた時、家の手伝いで農作業をしていた時に見たモグラであったり、中学校には中庭があり、そこには正方形の石畳がしかれていたり、池があったりしたのだが、その中庭で見たことがあるモグラもその程度の大きさだった。
だからこそ、一m半ば程の……それこそレイより少し小さいくらいのモグラが出て来たのにレイは驚く。
それ以外にも、当然ながらモグラの外見は普通ではない。
まず巨大な爪……先程レイのいた空間に向かって振るわれた爪を持つ手は、合計四本。
そして身体中からは小さな角、あるいは棘と見えるものが多数生えている。
また、その棘の間から見える毛も普通の毛ではなく、金属のような輝きを持っていた。
「ギャシャアアアア!」
自分の攻撃が失敗した、回避されたと判断したモグラのモンスターは、苛立ちも露わに鳴き声を上げる。
その鳴き声は、明らかにモグラとは思えないものだ。
……もっとも、その外見からして普通のモグラではないのは明らかだったが。
「セト!」
レイはセトの名前を叫びつつ、自分もまた左手に持つ黄昏の槍を投げつける。
「グルルルゥ!」
レイの呼び掛けに、即座に反応したセトはウィンドアローを放つ。
八十本の風の矢が、モグラに向かって殺到する。
だが、黄昏の槍と風の矢が放たれた瞬間、モグラはその爪を地面に叩き付ける。
一瞬、地下に逃げるのか?
モグラだけに、そのような行動をしてもおかしくはない。
そう思ったのだが、違った。
モグラがやったのは、地面に爪を叩き付け、それによって土を……いや、土砂を空中に放ち、それによって簡易的な壁を、もしくは盾を作ること。
勿論、そのような攻撃で黄昏の槍の投擲を防ぐことは出来ない。
だが……土砂にぶつかることによって、進行方向を変えることは可能だった。
特にセトの使ったウィンドアローは風の矢を生み出すスキルである以上、速度はあるがこの手の防御方法には弱い。
土砂によって容易に狙いを逸らされ、あらぬ方向に飛んでいく風の矢。
黄昏の槍もまた、風の矢程に大きく狙いを逸らされることはなかったが、その影響を受ける。
結果として、風の矢は全てが消滅し、黄昏の槍も本来とは微妙に違う方向に飛んで行くことになる。
当然の話だが、それを行ったのはモグラである以上、土砂を巻き上げるといった行動をした後で、モグラは地面に伏せていた。
地面に伏せていれば、レイとセトの攻撃は当たらないと判断しての行動なのだろう。
実際、風の矢は消え、黄昏の槍もモグラに命中せずに他の場所に飛んでいったのだから、その判断は間違っていない。間違っていないが……
パチン、という音と共にモグラの生みだした土砂は燃やしつくされる。
「ちっ、視界が通らないから無理か」
左手にデスサイズを手にしたレイの、残念そうな言葉。
無詠唱魔法は、その名の通り詠唱を必要とせずに魔法を発動出来るという大きな利点がある。
だが同時に、レイの視界の通る場所……つまり、レイの見える場所にしか魔法を発動出来ないという欠点もそこにはあった。
その結果、本来ならレイは土砂の向こう側にいるモグラに無詠唱魔法で生みだしたファイアボールを使いたかったのだが、視界を遮っていた土砂にファイアボールを使うことになってしまった。
とはいえ、それは決して悪いことではない。
モグラにしてみれば、まさか自分にとって鉄壁……とまではいかないまでも、今まで多くの攻撃を防ぐなり、受け流すなりしてきた自分の土砂が、燃やされると思わなかったらしい。
「ギシャア!?」
戸惑った様子で鳴き声を上げつつ、モグラはどうすればいいのか一瞬迷う。
それは、モグラにとってはそこまで時間を使ったというものではない。
ないのだが……
「グルルルルゥ!」
セトにしてみれば、その一瞬というのは致命的すぎた。
土砂の壁の下を……より正確には地面の下を移動し、土砂の壁を通りすぎて地下から姿を現したのだ。
地中潜行のスキルを使って。
モグラが地中を移動する時は、その強固な爪や身体中から伸びている棘を使い、掘って移動するのだろう。
しかしセトの地中潜行は、物理的に移動するのではなく、スキルによるものだ。
わざわざ物理的に土を掘るといった必要はなく、あっさりと……まるでゴーストが壁を通り抜けるように、地面から姿を現す。
いきなりのセトの行動に、モグラは驚き……それでも反射的に四本あるうちの二本の腕を振るう。
金属の鎧であっても、切断は出来ないものの、ひしゃげさせるだけの威力を持つ二本の爪による攻撃。
その攻撃は、しかし素早く移動するセトを捉えることが出来ずに終わる。
「グルルルルゥ!」
セトの鳴き声と共に前足の一撃が振るわれる。
下から上へ。
ボクシングで言うところの、アッパーに近い一撃。
勿論、セトの一撃はモグラの頭部に向けて放たれたものではなく、胴体に向けて放たれたものだ。
その一撃はあっさりとモグラを空中に吹き飛ばし……
「終わりだな」
丁度そのタイミングで跳躍し、黒連を使って空中に黒い斬り傷を八つ……それも密集して生みだしたレイが、そう言う。
その言葉通り、空中に打ち上げられたモグラはレイが黒連によって生みだした黒い斬り傷に触れ……その身体が幾つもの肉塊に切断されるのだった。
「あ」
それを見たレイは、やってしまったといった様子で天を仰ぐ。
黒連によって生み出された斬り傷は、滞空する斬撃とでも呼ぶべきものだ。
つまりその一撃はレイが黒連を使って黒い斬り傷を生みだした時の威力がそのままそこに存在する。
モグラのモンスターを倒すには、それこそ黒連は一つだけで十分だったのだ。
「あー……うーん……うん。ちょっとミスったのは間違いないけど、それはそれで仕方がないと思っておこう」
やってしまったものは仕方がないと、そう呟くレイ。
視線の先に、無傷の魔石があるのを確認したからこその言葉だろう。
もし黒連で魔石が破壊されていれば、それこそデスサイズによる一撃ではないので恐らく魔獣術は発動しなかった筈だ。
それが避けられたのが、せめてもの幸運なのは間違いなかった。
また、四本ある腕も、腕そのものはかなりの被害を受けていたものの、爪の部分は幸いにも……本当に幸いにも、全てが無事だった。
勿論、魔石や爪以外にも希少な素材となる部分はあるかもしれないので、完全な状況という訳ではないのだが。
「うん、取りあえず俺がやるべきなのは……こっちか」
黒連によって切断された中でも、かなり大きな部位。
毛皮諸共、そして内臓諸共に切断されているものの、それでももしかしたら……そのように思えてしまう。
そう思いつつ、レイはデスサイズと、先程投擲して手元に戻した黄昏の槍をミスティリングに収納し、代わりにドワイトナイフを取り出す。
「まぁ、ここまで被害が出てしまえば、正直なところもうどうしようもないと思うけど」
ドワイトナイフは、例えば槍で毛皮を貫いたといった傷があっても、レイの魔力による影響で、そのくらいの傷なら解体した時に修復することが出来る。
しかし、ここまでバラバラにしてしまった以上、その点についてはどうしようもないのも、また事実。
勿論、それはあくまでもレイの予想であって、もしかしたら……本当にもしかしたらだが、修復されるという可能性もあった。
レイがわざわざドワイトナイフを取り出したのは、残った腕から爪を取り出すというのもあるが、肉塊になった部位にドワイトナイフを使ったらどうなるのかという思いもあったからだ。
(というか、爪が素材として残ると決めつけてるけど、実は爪が素材にならないとかないよな?)
今更ながらに、そんな疑問を抱く。
とはいえ、今の状況でそのようなことを考えても意味はない。
実際にやってみなければ分からないだろうと、そう思いつつ、レイはドワイトナイフに魔力を込めながら、突き刺す先を肉塊ではなくモグラの腕の一本にする。
そしてあっさりとドワイトナイフの切っ先がモグラの腕に突き刺さり、周囲に眩い光が満ちる。
既に慣れた光景であったので、レイもその光にも特に驚く様子はない。
前もって目を瞑っていたので、光が消えたところで目を開ける。
「よし」
モグラの爪が残っていたのを確認し、レイの口からそんな声が出る。
ドワイトナイフを使って残ったということは、やはりこの爪は素材として使えるということを意味していた。
具体的にどのような素材として使うのかは、レイにも分からなかったが。
取りあえずそういうものだと認識し、他の腕にも同様に突き刺し、素材とする。
わざわざドワイトナイフを使ったのは、自力で爪を剥ぐといったことをした場合、どうしても爪に肉片や血といったものが付着する為だ。
ドワイトナイフを使えば、その辺りは綺麗に除去され、爪だけがその場に残る。
その為、レイはドワイトナイフを使うのを躊躇うつもりはなかった。
……そして残ったのは、モグラの肉塊。
これが一番どうなるのか心配だっただけに、何らかの素材が残って欲しいという思いと共にドワイトナイフに魔力を込め、肉塊に突き刺す。
すると眩い輝きが周囲を照らし……
「お、これは……」
光が消えた後、そこには肉の塊があった。
それが何の肉なのかは、考えるまでもない。
モグラの肉だろう。
「とはいえ、モグラの肉か。……どうなんだろうな。いやまぁ、十三階にいるモンスターである以上、余程特殊なモンスターでもない限り、不味いということはないだろうけど。……あれ? でも、モグラってネズミの仲間だったか?」
何となくうろ覚えの知識でそう呟くレイ。
実際にはネズミとモグラは別の種類の動物であって、仲間という訳ではない。
……哺乳類という大きな枠組みでは仲間なのだが、それはレイの考えているものと違うのは明らかだった。
「グルルゥ?」
この肉、美味しいの?
モグラの肉を見て、そう喉を鳴らすセト。
「うーん、どうだろうな。ネズミの中でも食べられる種類はいた筈だし。ヌートリアだったか? 大きなネズミ。そう考えれば、このモグラもかなりの大きさだし、美味い可能性はある。それに動物のモグラが食べられなくても、これはモンスターのモグラだから美味い可能性は十分にあると思う。……ちょっと食べてみるか?」
「グルゥ!」
レイの言葉に、セトは嬉しそうに喉を鳴らす。
そんなセトを見て、レイは仕方がないとミスティリングからデスサイズを取り出すと、指を鳴らしてファイアボールを使う。
その炎で薄く切ったモグラの肉を焼き、軽く塩を振ってセトに食べさせると……
「グルルルルルゥ!」
味付けは塩だけだったが、それでもセトは美味い! と喉を鳴らすのだった。




