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レジェンド  作者: 神無月 紅
迷宮都市ガンダルシア

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3869/4077

3869話

「あら、それでよく無事でしたね」


 夕食時、ジャニスに今日の出来事……つまり、自分とセトは四日後には一時的にだがギルムに帰るといったことを説明した時の話をすると、ジャニスの口からはそんな声が漏れた。

 無事という言葉を使う辺り、ガンダルシアにおけるセトがどのように扱われているのか、思われているのかを、これ以上ないくらいに示している。

 レイはそんなジャニスの言葉に、野菜がたっぷりと入ったスープを一口飲んでから口を開く。


「もしセトがいなければ、無事にどうにかならなかった可能性もあるな。ただ、セトのお陰で特に大きな騒動とかはないままに終わった」


 ここで自分達が騒げば、それはセトを悲しませることになる。

 それが分かっていたからこそ、セトがいなくなるという話を聞いた者達も特に騒がなかったのだろう。

(まぁ、その時点ではだけど)


 何人かが酒場に繰り出すといった会話をしていたのがレイの耳には入ってきたので、恐らく今頃は酒場でセトがいなくなることを残念がって、いるだろう。

 そのように予想するレイだったし、実際にその予想は当たっている。

 ただし、問題なのはレイの予想以上にセトがいなくなるということにストレスを溜めていたことだろう。

 セト好きの中には男もいるが、その多くは女だ。

 年齢層もそれなりに広いものの、そんな中でも特に多いのはやはり若い女となる。

 これは単純に、セトの出没する場所がギルドの前……具体的にはレイがギルドに用事のある時、セトがギルドの前で待っていることが多いからだ。

 そうなればセトを見る機会が多いのは冒険者として活動している者達で、冒険者というのは基本的に若者……身体が自由に動かせる者が多い。

 例外として、老人になっても突出した才能や努力、経験によって冒険者として活動している者もいるが、そのような者は本当に少数でしかない。

 つまり、セト好きの若い女というのは、その多くが冒険者であり……若い女であっても、モンスターとの戦闘を日常的に行っている者がストレス発散の為に飲んでいればどうなるか。

 酒場というのは当然のように酔っ払いが多く、そんな中で若い女だけで飲んでいればどうなるか。

 ましてや、このガンダルシアは迷宮都市で、ギルムには及ばなくても相応に冒険者が多い。

 そうなると、血の気の多い冒険者や、女と見ればすぐに絡むような冒険者も多く……ストレスの溜まっている女達に言い寄る。

 これで飲んでいる女達の中に言い寄ってきた男が好みだという者がいれば、奇跡的に騒動はおきずに上手くいくかもしれない。

 だが、奇跡というのはそう簡単に起きないからこそ、奇跡なのだ。

 つまり、女達のストレスが限界に達し、殴り合いの喧嘩になってもおかしくはなかった。

 純粋な身体能力という点では、やはり女は男よりも弱い。

 だが、この世界は剣と魔法のファンタジー世界だ。

 そんな常識を蹴飛ばすような者も多く、中には片手で男の顔面を掴み、持ち上げるといった女もいる。

 ましてや、ストレスが限界まで溜まった女達だけに、ただ酔っ払って絡んで来た男達がどうなるのかは……考えるまでもないだろう。

 レイが知らないだけで、現在ガンダルシアにある酒場のうちの幾つかでは、早速乱闘騒ぎがあった。

 もっとも、やりすぎなければ警備兵がやって来ることはない。

 喧嘩もまた、酒場においては酒の肴ではあるのだが。


「取りあえず事情については説明したから、問題はないと思う」

「……本当にそうだといいんですけどね」


 楽観的なレイとは裏腹に、ジャニスは少し心配そうだ。

 買い物をする為に街中を歩くことが多いジャニスは、ガンダルシアにおいてセトがどのように思われているのかを十分に知っている。

 それだけに、セトがいなくなるというのを聞いたセト好きがどう反応するのか、何となく想像出来てしまうのだ。

 ……セトの主であるレイが平気そうなので恐らくは大丈夫と、半ば自分に言い聞かせてはいたが。


「明日は、レイさんは十三階を探索するのですよね?」


 このままセトについて話をするのは止めた方がいいと判断したジャニスが話題を変える。

 レイはそんなジャニスの気遣いに気が付いたのか、気が付いていないのか。

 その問いに対して素直に頷く。


「ああ、そうなるな。明日と明後日が十三階の探索で、その後は冒険者育成校で一日教官として働いて、その翌日にギルムに向かう」

「そうですか。では、レイさんも気を付けて下さいね。十三階の探索もそうですが、ガンダルシアからギルムに行くまでにも、一体どういうことがあるのか分かりませんし」

「そうだな。気を付けるよ。とはいえ、セトがいる以上はそこまで心配ないと思うけど」


 地上を移動するのではなく、空を移動するのだ。

 その時点で、地上を移動する多くの厄介事からは逃れることが出来る。

 ……もっとも、空を飛んでいれば飛んでいたで、それが理由で面倒に巻き込まれる可能性も十分にあったのだが。

 具体的には、ギルムのような辺境にいるモンスターの中でも、空を飛ぶモンスターは普通に辺境を出たりする。

 ましてや、セトはただ飛んでるのではなく、セト籠を持って飛ぶ。

 その状態では普段通りの動きをするのは不可能だ。

 不幸中の幸いなのは、セトはスキルによる多数の攻撃手段を持っていることだろう。

 また、セトの背に乗るレイも遠距離攻撃の手段は豊富だ。

 そういう意味でも、もし空を飛ぶモンスターがいれば対処出来る。


「私は冒険者のことについてはそこまで詳しくありませんが、レイさんなら……そしてセトちゃんがいれば、大丈夫だと思います」


 それは、半ばそうであって欲しいという願望に近い。

 ただ、その願望は実際に叶う可能性が高いのも事実。


「任せておけ。……ガンダルシアに戻るには少し時間が掛かるかもしれないが、全員無事……かどうかはともかく、俺とセトは無事に戻ってくるよ」


 もしこれを他の者が聞けば、冷たいと言うかもしれない。

 しかし、レイ達が行くのは冒険者の本場であるギルムだ。

 そこに冒険者育成校の生徒が行くのだから、絶対に何もおきないで無事に戻ってくるという可能性は低いのも事実。

 運と実力があれば、あるいは……といったところか。


「はい。私はここでお待ちしてますので」


 ジャニスの言葉にレイは頷く。

 レイとしては、自分がギルムに行ってる間はメイドとしての仕事をしなくてもいいと思う。

 思うのだが、ジャニス本人がこの家に残りたいと言うのなら、レイもそれを無理に止めるようなことは出来なかった。

 この家に残るのがレイにとって何らかの不利益になるのなら、話は別だが。

 しかし、ジャニスがこの家に残るというのは、掃除をしっかりとしてくれるという意味でも非常にありがたいのは間違いない。

 家というのは、人がいなくなればすぐに傷む。

 この家もレイが教官としてガンダルシアにやって来るまではあまり使われていなかった……レイの予想ではアルカイデやその側近が何らかの目的で使っていたと思うのだが、とにかく定期的に掃除はされていた筈だ。

 勿論、レイがこの家を使うということになり、ジャニスがメイドとしてこの家で働くのが決まった時に、きちんと掃除はされていただろうが。

 ともあれ、ジャニスとしてはメイドという立場上、この家を汚したままにするのは耐えられないのだろう。

 あるいはこれで、レイがギルムに帰るのが一時的なものではなく、ガンダルシアにおける仕事が終わった上でもう来ないという意味で帰るのなら、ジャニスもこの家でのメイドの仕事が終わったということで、家に残ろうとはしなかっただろうが。


「俺が戻ってくるまでは、家でゆっくりしていてくれ。……何か用事があったら、フランシスに頼れば何とかなるだろうし」


 冒険者育成校の学園長という立場のフランシスだが、それなりにこの家にはやって来る。

 主な目当てはセトだが、遊びにくれば食事をしていくことも多い。

 その時、ジャニスともそれなりに話しているし、レイが知ってる限りではジャニスは以前からフランシスと知り合いのようでもあった。

 だからこそ、もしレイがギルムに帰った後で何かあったら、それを知ったフランシスはジャニスを助ける筈だった。


「分かりました。では、そのようにします。……もっとも、そのようなことがないのが一番いいのですが」

「それは俺も否定しない。とはいえ、こっちの思い通りに事態が動くとは限らないしな」


 そう言うレイの言葉に、ジャニスも頷く。

 それもただ頷くだけではなく、恐らく過去に何か強くそう実感出来るような何かがあったのだろうと思える程に、しっかりと頷いたのだ。

 そんなジャニスの様子に、レイは何かを言おうかと思ったものの、今の状況では迂闊に刺激しない方がいいだろうと思って、夕食を楽しむのだった。






「さて、今日はこの十三階層だ」


 翌日、レイはセトと共に十三階層に来ていた。

 溶岩の階層である十五階から、十四階で。

 そして十四階では空を飛ぶセトがいれば、それこそすぐにでも十三階に続く階段まで移動出来る。

 ……普通に歩いて移動するとなると、崖を登ったり下りたりといったことを繰り返し、相応に時間が必要になるのだが、セトがいるレイの場合はその辺については全く気にする必要がない。

 そうして十三階にやって来たレイは、やる気満々といった様子で喋りながら、セトを撫でる。


「グルルゥ?」


 空を飛ぶの? と喉を鳴らすセト。

 レイはそんなセトの鳴き声に、どうしたらいいのか迷う。

 何しろこの十三階に生えている草は、どれもが大きい。

 レイの背丈以上の草も普通に存在している。

 そうなると、空から地上を見ても草によってモンスターの姿を確認するのは難しい。

 あるいは草が不自然に動いているのを目印にして攻撃するといった手段もあるが、草を動かしているのがモンスターではなく冒険者であるという可能性も否定は出来ないのだ。

 そうなると、レイやセトの攻撃で冒険者に被害を出す可能性もあった。

 それはさすがにレイとしても避けたい。

 わざわざ自分から敵を増やしたいとは思わないのだから。

 とはいえ、地上を歩いて移動するとなると、それこそ生えている草で視界が悪いのだ。


(こうして考えてみると、十四階の崖の階層ってかなり俺達にとっては有利だったんだな)


 草がない訳ではないが、十三階のように大量に、そして大きく生えている訳ではない。

 崖と地上の坂道を移動するのは大変かもしれないが、レイの場合はセトがいるのでその辺も大変ではない。


「とはいえ、今日と明日は十三階の探索をするつもりだったしな。……セト、やっぱり上空から探索をしよう」

「グルゥ!」


 レイの言葉に、セトはすぐに喉を鳴らす。

 セトにしてみれば、空を飛びながら探索をするのでも、地上を歩きながら探索をするのでも、どちらでも構わなかったのだ。

 セトはレイを背中に乗せると、数歩の助走の後で翼を羽ばたかせて空を駆け上がっていく。

 レイはセトの背中の上で変わっていく景色を眺める。

 レイにしてみれば既に見慣れた……それこそ数え切れないくらいに見てきた光景がそこにはあったが、それでも何度見ても見飽きる光景ではない。

 ……もっとも、空を飛ぶのはともかく、高度を上げる時に見える光景は周囲の環境によって大きく変わるので、そういう意味では見飽きるということはまずないのかもしれないが。


(いや、今は景色を見飽きるとかそういうのを考えないで、とにかくまずはモンスターか宝箱か。……あ、でもジャーミが十三階にも鉱脈があるって言ってたし、それを探してみるのもいいか?)


 そう思ったレイだったが、すぐにその考えを却下する。

 魔法金属の鉱石なら、もう少しその気になったかもしれない。

 だが、ジャーミから聞いた話では、ここにあるのは魔法金属でも何でもない、普通の金属だということだったのだから。

 勿論、普通の金属であっても、その鉱石を大量に持っていけば相応の金額にはなるだろう。

 そしてレイはミスティリングを持っているのだから、余計に売却金額は大きくなる筈だ。

 だが、レイは別に金に困ってる訳でもないので、わざわざそのようなことをする必要はない。


(グラース・ワームのように、特殊なモンスターがいるのなら鉱脈に行ってみてもいいかもしれないけど……やっぱり駄目だよな)


 未知のモンスターが出てくるのなら、それもいいかもしれない。

 そう思いつつ、今はとにかく地上にいるだろうモンスターや宝箱を探す。

 もっとも、モンスターはともかく宝箱はそう簡単に見つかる訳ではないのだが。

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