3867話
「これは……ポーション?」
ジャーミが宝箱の中から取りだした物を見てそう言うレイだったが、ジャーミはそんなレイの言葉に首を横に振る。
「いや、違う。これはポーションではなく、麻痺を解除する薬じゃな」
「……また微妙な物を」
「微妙? それなりに良い品だと思うぞ? 麻痺というのは、敵の前で動けなくなる。そうなれば、当然ながら敵の攻撃を一方的に受けることになるじゃろう。それを防げる薬だと思えば、悪くはないじゃろう? 見たところ、それなりに品質も高いようじゃし」
ジャーミの言葉に、レイもそうかもしれないとは思う。
思うのだが、レイにとってはそもそも麻痺を受けるということが滅多にない。
例えば麻痺毒を使う敵がいるとしても、レイの場合はドラゴンローブがある。
勿論、それで完全に防げると決まった訳ではないものの、レイの回避能力を考えれば麻痺毒を食らう可能性は非常に少ない。
もしくは魔法やスキルで麻痺させようとしてくる敵もいるかもしれないが……その時も、レイは自分がそう簡単に麻痺をするとは思わなかった。
(まぁ、ジャーミが言うように品質は高いらしいし、何かあった時のことを思えば、持っておいてもいいか)
あるいはこれでミスティリングがなければ、麻痺を治療するポーションは売るなり、もしくはジャーミに渡すなりしていただろう。
だが、ミスティリングに入れておけば瓶が割れる心配もないし、十年、二十年が経っても品質が劣化する可能性もない。
であれば、取りあえず持っておいても問題ないだろうとレイが判断するのは当然のことだった。
「分かった。ありがたく貰っておくよ」
「いや、貰っておくって……そもそもこの宝箱はレイが見つけた奴じゃろう? その表現は少し違うと思うのじゃが」
「そうか? まぁ、とにかく宝箱を開けてくれたのについては感謝してるよ」
「そのくらいのことは構わん。じゃが……そうだな。次にまた会った時、レイが宝箱を持っていたのなら、またそれを開けてやろう」
「……いいのか?」
「うむ。今日の分だけで、レイに対する恩を全て返せたとは思っておらんのでな。そうである以上、宝箱を開けるのは全く問題ないわい」
「……そう言うのなら、俺としても頼らせて貰うけど……無理にそうして欲しいとまでは思わないがな」
レイの正直な気持ちとしては、今日の件だけで既に十分に借りは返して貰ったと思っている。
そうである以上、ジャーミに無理をして宝箱を開けて貰いたいとは思わない。
……ただし、レイはそう思っているが、ジャーミはまた違う。
この辺り、お互い微妙なすれ違いがあった。
もっとも、お互いにそれに気が付いた様子はなかったが。
「じゃあ、取りあえず宝箱は開けて貰ったし、俺はそろそろ行くよ」
「これからどこに行くのか、決まっておるのか?」
「いや……具体的にどこに行くのかというのは決まっていない。ただ、適当に空を飛んで、未知のモンスターや宝箱を見つけるといった感じだな。これで地図を作るような趣味というか仕事でもあれば、また違ったのかもしれないが」
地図を作るとなると、当然ながら相応の技術が必要になる。
またレイは自分がそれなりに凝り性なのは知っているので、もし自分が地図を作るといったことになったら、恐らく……いや、ほぼ確実にそれにのめり込んでしまうだろう。
それこそ詳細な……それでいて間違いのない地図を作るように。
そういう意味では、マティソンのパーティから貰った地図は基準とするのに丁度よかった。
かなり分かりやすく、それでいて正確な地図。
もっとも、既にマティソンのパーティを追い越してしまったので、もうその地図を使うようなことは出来ないが。
「地図かぁ……あれば便利じゃろうな。時にレイはセトに乗って空を飛べる分、正確な地図になるじゃろうし」
「そうかもしれないけど、今のところはそういうのは考えてないけどな。それに、もう少ししたら一度ギルムに帰るし。そうなると、地図を作るにしても中途半端なところで止めることになるだろう」
「そうか。レイが作った地図を見てみたいと思ったのじゃが。……まぁ、無理そうなら仕方がない」
ジャーミにしてみれば、本気でレイの作った地図を見てみたいという思いもあったのだが、それはあくまでもついで、もしくは余裕があったらということなのだろう。
レイもその辺についてはそこまで深く突っ込むようなことはせず、適当に話を合わせる。
「ギルムから戻ってきたら……まぁ、その時は十六階よりも下の階層を探索するだろうけど」
「ほう……まぁ、レイの能力を考えれば、それくらいのことは簡単じゃろうな」
「ジャーミ達はどうなんだ? この階層にいるってことは、十五階の転移水晶を使ってるんだろう? 噂で聞いた限りだと、十五階にも採掘出来る場所はあるって話だったけど」
「うむ、それは間違いではない。実際、儂らも十五階で採掘をすることはあるのでな。今日ここに来たのは、あくまでもグラース鉱石を求めてのことじゃ」
「なら、十五階よりも下の階層は?」
「何度か行ったことはあるな。じゃが、基本的には十五階と十四階。……たまに十三階でも活動することがある」
「十三階でも?」
レイにとって十三階というのは、背丈以上の草が生い茂っている場所ではあるものの、それでも草原に近い場所という認識だ。
レイが十三階を攻略した時は、中途半端だが地図があった。
それで十四階に続く階段は……少し苦労したものの、それでもあっさりと見つけている。
つまり、十三階の全てを見て回った訳ではない以上、十四階のように鉱脈があっても見つけられない可能性があるのだが、それでも上空から見た感じだと、そのような鉱脈があるようには思えなかった。
だからこそ、ジャーミが十三階でも行動をしていると聞き、驚いたのだ。
「うむ。わかりにくい場所じゃが、十三階にも採掘出来る場所はある。……もっとも、グラース鉱石のような魔法金属の鉱石ではなく、普通の金属じゃがな」
「……それだと、わざわざダンジョンで採掘する必要はないんじゃないか?」
「ガンダルシアの周辺には、鉱脈が……ない訳ではないが、それでもあまり多くはない。やはりダンジョンで採掘するのが手っ取り早いのじゃよ」
「そういうものなのか」
レイはその辺りについては詳しくないので、ドワーフで採掘を得意としているジャーミがそう言うのであればそういうことなのだろうと思うしかない。
もし違っていても……例えば何かを隠す為にそのようなことを言っていたとしても、レイにはその真偽を確認する方法がないのだから。
「うむ。もっとも、採掘出来る場所というのは別にそこだけに限った話ではない。レイは知らぬかもしれんが、上の階層にもそれなりにある」
「……そうなのか」
「もっとも、それこそ上層階で採掘出来るのは質の悪い鉱石が大半じゃがな。だからこそ儂らもこの辺りまで来ている訳だし」
その説明にはレイにも納得出来るものがある。
ダンジョンというのは、深い場所に行けば行く程に強力なモンスターがいて、更には希少な素材があるのが一般的なのだから。
その中に金属の鉱石が入るとすれば、それもまた当然のように深い階層になればなる程に希少な金属となるだろう。
(つまり、グラースがミスリル未満……ミスリルの下位互換だと考えると、ちょうどこの十四階辺りからが魔法金属の鉱石が採掘出来る境目とかだったりするのか?)
そう思うレイだったが、それはあくまでもレイの予感でしかない。
実際には浅い階層に魔法金属の鉱石があったり、深い階層に質の悪い普通の金属の鉱石があるという可能性も十分にあった。
……もっとも、やはりレイの経験からすると恐らく自分の予想は当たっていると思ったのだが。
「うん? レイの様子を見る限りでは、採掘に興味があるのか? 採掘はいいぞ。ツルハシを振り下ろした時に鉱石に当たった時の感じは、何ものにも代えがたい。他にも人によってはツルハシがぶつかった時点でそれがどういう鉱石なのか、場合によってはどのくらいの純度なのかというのまで知ることが出来るのじゃ。また、これは本当に稀な話じゃが、未知の金属の鉱石を採掘出来る可能性もある」
殆ど息もせず、一気に告げるジャーミ。
その様子に驚くレイだったが、すぐに納得する。
自分の好きなものに相手が興味を示したのだ。
それを気に入って貰おうと、早口で説明したくなったとしてもおかしな話ではない。
……人によっては、そのような相手に怯えたりもするだろうが、言ってる本人に悪気はないのだ。
とはいえ、だからといって話を聞いた方がそれにどこまで興味を持つのかというのは、人によって違うのだが。
レイの場合、ジャーミが必死になって説明してくれたのはいいが、採掘には生憎と興味がない。
もし本当に何もやることがなく、ただ漠然とダンジョンの探索をしているのなら、あるいは採掘をやってみてもいいと思ったかもしれない。
しかしギルムに行くまでの時間がないレイにしてみれば、採掘をしているような暇はないのだ。
(というか、グラース鉱石の採掘をしている場所で会った時は、こうして採掘を勧めてきたりはしなかったよな? 何で今になって急に? いやまぁ、それだけ俺に気を許したのかもしれないけど)
あるいは荷車をミスティリングに入れて運び、そのまま自分の物とすることなく、きちんと返したのがよかったのかもしれない。
そう思いつつ、レイは口を開く。
「勧めてくれたのは嬉しいけど、今は時間がないしな。今度機会があったら採掘をしてみるよ」
それはいわゆる、『行けたら行く』と同じ感覚で言った言葉。
ジャーミはレイが何を考えているのか、分かったのか、分からなかったのか。
とにかく、レイの言葉を聞いて頷く。
「そうか」
その言葉に少しだけ……本当に少しだけだが、残念そうな色があるのをレイは察した。
とはいえ、だからといってレイが採掘をしたいと思う訳でもなかったが。
「取りあえず、宝箱については助かった。……麻痺になることはないと思うけど、もしそうなった時に対処する方法があるのとないのとでは大きく違うしな、それに俺が麻痺にならなくても、一緒に行動している奴が麻痺になる可能性はあるし」
レイはドラゴンローブがあり、そして持ち前の身体能力があることから、そう簡単に麻痺になったりはしないだろう。
だが、例えばレイが護衛の依頼を受けた、あるいは何らかの理由で別の冒険者達と行動している時に、そのような者達が何らかの理由で麻痺になるという可能性は十分にあるのだ。
その時、麻痺を治せる手段があるかどうかというのは、戦いの中で大きく変わってくる。
その辺りの状況を考えれば、今回の宝箱の中身は決して悪いものではない筈だった。
もっとも、それでもやはりレイとしてはもっと使えるマジックアイテムがあって欲しいとは思ったが。
(いや、無理か。宝箱が見つけにくい場所にあったのは間違いないが、それでも十五階にあった、マジックアイテムのフルプレートアーマーがあったように、普通なら移動出来ない場所にあったって訳でもないし)
そしてそのような……溶岩の川の中州にあった宝箱ですら、熱に耐性を持つフルプレートアーマー……それも全て装備しなければ効果がないといった、使いにくい物でしかなかったのだ。
そうなると、レイとしてはどうしてもそこまでして欲しい性能ではない。
実際、レイはそのフルプレートアーマーをあっさりとギルドに売ったのだから。
(つまり、十五階でその程度ということは、俺が欲しがるようなマジックアイテムを宝箱から入手するとなると、もっと深い場所まで移動する必要があるのか。……その辺はギルムから戻ってきてからだな)
このダンジョンがどれだけの深さがあるのかは、レイにも分からない。
だが、もっと深い階層に行けばレイが期待するマジックアイテムが……あるいは期待する以上のマジックアイテムがあってもおかしくはない。
ダンジョンというのは、下手をすれば死ぬような場所であるのは間違いないものの、同時に幸運に恵まれれば、普通なら入手出来ないようなお宝――マジックアイテム含む――を入手出来るような場所でもあるのだから。
「さて、いつまでもこうしてはいられないし、俺はそろそろ他の場所に行くよ。未知のモンスターとか宝箱とか、そういうのを出来る限り見つけたいし」
「そうか。では、またな。もし何か用事があるようなら、また声を掛けてくれ。もしくは、ギルドに伝言を頼んでも構わん」
そう言うジャーミに頷き、レイはセトと共にその場を立ち去るのだった。




