下らないんだよ
「どうしたの急に?」
「何となく」
リタの問いに、キィマは干し肉を嚥下したあとぞんざいに答える。
「いつ?」
「さぁ」
キィマとリタのやり取りを聞いているゼスは、何の事か分からず目を瞬かせた。
「なぁ、お前ら何の話してるんだ?」
「キィマが里を出るって言ったの、聞いてなかったの?」
「はぁっ!?」
途端にゼスは仰天し、体内の魔力を逆流させて口から火を吐く。
「どっどっどっ……どうするんだよ! 里出て! ってかどうして?」
ゼスの問いに、キィマは面倒臭そうに答える。
「……前々から思っていたけど下らないんだよ。ここにいても、いつ終わるか分からない戦争しかない。里の連中は戦争の事しか考えてないだろ? そんな事に一生を費やしても何の得にもならない。外界に出れば、殺し合うより刺激的で心躍る事があるはずだ。俺はこんなつまらない里で死ぬのは嫌だ」
「……じゃあ、俺ついてく」
ゼスは彼なりに一瞬考えたあと、ケロリと即答する。
「わ、私も行くわよ!」
負けじとリタも宣言し、キィマに抱きつく。
そして二人が反応したあと、ようやくタルも反応を見せた。
「……上には何て言うんだ?」
エルフは一族の者以外には排他的だし、掟に厳しい。
自分たち一族にこれ以上ないプライドを持っているので、混血のハーフエルフに対しては、他種族より冷遇する。
誇り高いエルフの血を汚した存在としか、見なしていないのだ。
加えて一族で団結して生きる種族なので、掟を破って里の外へ出た者への扱いも冷たい。
エルフの歴史を紐解けば、里の外に出た者は数知れない。
その魔力の大きさや機敏さ、森に精通している所や弓の腕など、冒険者として活躍できるならまだいい。
しかし家族で里の外に出て夫、父親と別れてしまったあとの、女子供の場合は選択肢が少ない。
人の間で生きるとしても、奇異の目で見られるのは当然だし、純粋な体力、筋力だけで言えば人間にやや劣る。
魔力や手先の器用さを上手く生かす事ができればいいが、女の場合は人間との間にハーフエルフを生んでしまった場合、その後里への支援は得られないと思っていい。
早い内に里に帰れば、白い目で見られながらも何とか生きていけるかもしれない。
それぐらい、エルフにとって里を出るというのは一大事なのだ。
しかしキィマほど力を持つ者は、話が違う。
残酷な話、力を持つ者には無限の選択肢があるのだ。
「こんな腐った一族に未練はない。〝その時〟になれば荷物をまとめて勝手に出るさ」
キィマは立ち上がると小屋の壁際にある二段ベッドに、ごろりと身を横たえる。
彼らが住んでいるのは、施設から独立したあと協力して建てた小屋だ。
必要最低限の生活道具と寝床しかない簡素な小屋だが、地下にはキィマとタルが集めた魔導書の書庫がある。
「魔導書はどうするんだ?」
タルは地下へ繋がる床扉を見て尋ねる。
すると、キィマはどうでもよさそうな声で返事をした。
「全部覚えたから必要ない」
そう言ったきり、キィマはすぐ眠ってしまった。
戦争をしていれば、いつ攻撃されるか分からないから、眠れる時に寝なければならない。
体の疲れを魔力で補う事もできるので、ぐっすりと長時間眠らなくても生きていく事は可能だが、その分、常に疲れに苛まれる事になる。
三人はキィマを起こさないように、ボソボソと話し合う。
「施設の先生たちは頭を痛めるだろうな」
タルは不安そうだが、ゼスは悪びれもなく言う。
「別に養ってもらってる訳じゃないだろ? むしろ俺たちが支援してるから、そっちの意味で困るだろうけど、今さら保護者面される謂われはねーよ」
「そうよね。私たちは独立した大人だし、今さら関係ないわ」
リタもゼスに同調し、白いストレートのロングヘアを櫛で梳く。
そう言われ、タルは何も言えず黙った。
思慮深いタルだからこそ、主戦力となっている自分たちがいなくなったあと、里はどうなるのか、という責任を感じ、心配していた。
しかしゼスとリタは普段ほぼ何も考えずキィマの言う事に従っているし、タルもあれこれ意見を言うが、最終的には同様にしている。
三人とも「キィマが間違えるはずがない」と一種の信仰に似た感情を抱いているのだ。
「どうせ俺らはキィマとずっと一緒なんだから、迷う事はないだろ」
「ずっと一緒……」
タルはゼスのセリフを反芻してから、「キィマが聞けばどう思うだろうか」と考えた。




