襲撃
自分をよく客観視しているキィマの事だから、三人から頼られ、憧れられている事は自覚しているだろう。
しかし「キィマも自分たちと同じ意見を持っているはず」と言えば、絶対に皮肉な返事をしそうだ。
タル自身は、少しでも憧れの存在であるキィマに近づきたいと思い、戦いでもその他の面でも支えたいという気持ちから、魔導書を読みあさっている。
しかしゼスとリタはキィマの言う事さえ聞いていればいい、という受動的な考えだ。
キィマのように聡明な人なら、自分と正反対な生き方をする彼らを見て、何らかの感情を持つに違いない。
でもあえてそれを口にしないという事は、四人の関係を悪化させたくないという感情が少しはある……と思いたい。
タルはそこまで考え、尊敬してやまない幼馴染みを思う。
キィマは口数こそ少ないものの、常に何かについて深く熟考している。
物事の裏の裏まで考え、年上の者に対してもそつのない対応をとり、波風を立てない。
人と話す時にどのような態度をすれば相手が満足するか熟知し、その上で自分の意見を上手く伝えてそれとなく通す。
ゆえにキィマが人と揉めたところを見た事はない。
むしろ、彼の持つ魔力の大きさや戦闘力の高さから、勝手に崇拝され、異父される男だ。
加えて強力な魔法を放出する時に、反動に耐えうる体づくりも怠っていない。
エルフなので基本的にスラリとした体型だが、つくべき筋肉はしっかりついている。
ダークエルフの里にいれば、右を見ても左を見ても、似たような容姿の者ばかりだ。
なのにキィマは同じ種族だというのに、人目を引く魅力がある。
そのような男が、凡庸な人生を歩んで終わる訳がない。
今回、キィマが『里を出る』と言った事も、自分たちには想像もできない壮大な計画の一端なのだろう。
里を出ればダークエルフの〝仲間〟ではなくなる。
だがキィマは保守的な里から出て、新しい世界へ羽ばたこうとしている。
自分たちはそれに同行する機会を与えられたと思えばいい。
「悪くはないのか」
新しい環境は一様に優しくない。
言語をはじめ、食、思想、道具に至るまでの文化の違いに行き当たる。
それでもキィマや仲間と一緒なら、なんとかなるはずだ。
普段、能動的な思考、行動をしないタルがそう思うほど、キィマの存在は大きかった。
その後数日、普段と変わらない日々を過ごした。
タルは地下で魔導書を読み、ゼスとリタは近くにいるハイエルフに攻撃を仕掛ける危険な遊びをし、キィマは一人でぶらりと散歩へ行っていた。
キィマは大樹の枝に腰掛け、長い脚をブラつかせて空を眺めていた。
風が吹くと、生い茂った葉が揺れ、木漏れ日が彼の顔を照らす。
「里を出たらどこへ向かおうか……」
キィマは眩しげに目を細め、ぼんやりと呟く。
彼の脳内には世界地図も、この辺りの詳細な地形、小径に至るまでしっかり記憶されている。
キィマはしばらく、どの方角に行けばなんの都市があるか思い出し、何通りもの〝道〟を思い描いていたが、不意に考える事をやめる。
「棒でも倒して決めるか」
そう呟き、もしも倒した棒が来た道を指したなら、棒を蹴り飛ばしてやろうと思い、少し笑う。
「帰ったら荷物をまとめるか」
そう呟いたキィマは、小川のせせらぎを子守歌に木の上でウトウトし始める。
その時――。
キィマは長い耳をピクッと動かし、バッと太い枝の上に上体を伏せた。
瞬間、木の幹に矢が突き刺さり、ビィィン……と嫌な振動音を響かせる。
チラリとそれを一瞥したキィマは、矢を引き抜くと、目だけで周囲を見回し、もう一度矢が放たれた風切り音を耳にし、枝から飛び降りた。
彼は足元に風の魔法を纏わせ、ほとんど音を立てずに着地する。
そして片手に光を集わせたかと思うと、数十メートル離れた茂みに、無数の光の矢を叩き込んだ。
「ぎゃっ!」
悲鳴を上げて茂みから転がり出たのは、美しい金髪の少女だ。
彼女は若草色の目でキィマを睨み、三の矢をつがえる。
一瞬ハイエルフの襲撃かと思ったが、周囲に中身はいない。
加えて少女からはハイエルフ特有の魔力を感じず、むしろ何もかもが〝足りない〟と感じた。




