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七 判決と明暗

 朝から、法廷の前には人だかりができていた。

 判決の日である。傍聴席は、開廷を待たずに埋まった。入りきらなかった者たちが、廊下や階段にまで溢れている。前回の審理でシェリルが証言台に立ち、その内容が街中に広まってからというもの、この裁きへの関心は際限なく膨らんでいた。

 午前に開かれるのは、ダリル・ストヤーマおよびオルガーノ・ストヤーマに対する判決である。

 傍聴席の後方、柱の陰に近い席に、地味な身なりの女が一人、背筋を伸ばして座っていた。

 二人が入廷してくると、傍聴席のざわめきが一段低くなった。

 ダリルは、以前よりもさらに痩せて見えた。背は丸まり、視線は床に落ちたままだ。オルガーノは、逮捕時に見せたあの喚き散らす姿とは別人のように、無表情のまま被告席に着いた。ただ、その手が膝の上でわずかに震えているのを、近くの者は見ていた。


「被告ダリル・ストヤーマ。密輸品の輸入及び転売、脱税、公務員への贈賄、並びに不正入札への関与――以上の罪状について、本法廷はこれを事実と認定する」

 ダリルの肩が、小さく震えた。

「被告は、これらの犯罪行為の名義人であり、契約書への署名者である。署名した者には、署名した者の責任がある。それは、実質的な決定に関与していなかったという事情によって消えるものではない」

 ダリルは、目を閉じた。

「しかしながら、被告は捜査の初期段階から一貫して自白した。隠す機会がありながら、隠さなかった。資金の流れ、共犯者の関与、密輸経路に至るまで、問われる前に自ら述べた。この供述なくして、本件の全容解明は著しく困難であったと認められる」

 裁判長は一度、顔を上げた。


「よって、被告ダリル・ストヤーマに対し、以下を言い渡す。ストヤーマ組代表者としての一切の資格を剥奪する。密輸及び転売により得た利益の全額、並びに個人資産の大半を国庫へ没収する。加えて、ソルペンシアからの退去を命じ、以後十年間、王都および主要都市への立ち入りを禁ずる。ただし、五年の後、素行に問題がないと認められた場合は、この制限の解除を申し立てることを許す」


 裁判長は、そこで一拍置いた。

「本来であれば、ここに留まる処分ではない。だが被告の供述は、この国の法が本件に手を届かせるための、最初の一歩となった。本法廷はその一点をもって、情状を酌量する」

 ダリルは、床に膝をつくようにして頭を下げた。

「……ありがとう、ございます」

 嗚咽混じりの声だった。それは減刑を喜ぶ声ではなく、ただ、自分の口から出た言葉が何かの役に立ったという、その事実に対する震えるような返答に聞こえた。



「被告オルガーノ・ストヤーマ」

 名を呼ばれ、オルガーノの肩がびくりと跳ねた。

「密輸品の輸入及び転売の主導、脱税、公務員への贈賄の教唆、不正入札の計画立案、並びに証拠隠滅の指示――以上の罪状について、本法廷はこれを事実と認定する」

 罪状が読み上げられていくにつれ、オルガーノの顔から血の気が引いていった。


「被告は、本件における実質的な首謀者である」

 オルガーノの指先が、膝の上で強く握り込まれた。

「契約の名義は共同被告ダリル・ストヤーマにあるが、取引の立案、相手方との交渉、資金の分配、そして師団関係者への接触に至るまで、その全てを被告が主導していたことが、証言及び書証によって明らかとなっている。また、被告は逮捕後の取り調べにおいて、一貫して関与を否認し、責任を共同被告に転嫁する供述を繰り返した。証拠の提示を受けてもなお供述を変遷させ、捜査を著しく妨害した。公判の終盤に至って事実を認めたが、それは証拠が出揃った後の追認に過ぎず、反省の表れとは評価しがたい」

 裁判長の声は、淡々としていた。


 オルガーノは、唇を噛んで俯いていた。

「さらに、本件で密輸された薬剤が、後に発生した殺人未遂事件において凶器として使用された事実は、極めて重い。被告がその事件そのものを企図した証拠はなく、その点について、本法廷は判断しない。だが、人の命を確実に奪いうるものを、管理も追跡も及ばぬ形で、金銭のために国内へ放った責任は免れない」


 傍聴席から、押し殺したような声が漏れた。

「よって、被告オルガーノ・ストヤーマに対し、以下を言い渡す。全資産を国庫へ没収する。いかなる商取引においても名義人となることを、終生禁ずる。加えて――」

 裁判長が、書面から目を上げた。

「被告を、カラッハ塩湖へ移送する」

 法廷が、ざわめいた。


 エレシア王国南東部、国境付近の街・リドリウスから真北へ二十五リーグ。街道もなく、村もなく、地図の上では空白になっている一帯である。かつては湖だったというが、いつの頃からか涸れ、今は地平線まで白い塩の平原が広がるだけだと聞く。

 水が出ない。井戸を掘っても塩水しか湧かない。飲み水は運ばれてくるものが全てで、それが来なければ死ぬ。日中は塩の照り返しで目を焼かれ、夜は凍える。送られた者は塩を掘る。掘った塩は国庫へ入る。


 囲いはないという。見張りも少ないという。

 必要がないからだ。歩いて出ようとした者は、二日で水が尽きる。三日で足が動かなくなる。あとは白い平原に、点々と何かが残るだけだと言われている。

 重罪人がしばしばそこへ送られることは、この国の誰もが知っていた。そして、そこから戻ってきた者の話を聞いたことがある人間は、誰もいなかった。

「期限は定めない」

 裁判長は、それだけ付け加えた。

 オルガーノは、しばらく動かなかった。

 やがて、糸が切れたように、被告席の机に額をつけた。声は上げなかった。ただ、その肩が細かく震えているのが、傍聴席からも見て取れた。


「なお、両名の婚姻関係について」

 裁判長は、書面を繰った。

「資産の一体処分及び両名の隔離処分に伴い、これを解消する」

 事務的な、ごく短い一文だった。

 法廷の誰も、それに反応しなかった。ただの手続きだ。財産を分け、人を別々の場所へ送るのだから、書類の上で夫婦のままにしておく理由がない。それだけの話である。

 ダリルは、顔を上げなかった。

 オルガーノも、顔を上げなかった。

 傍聴席の後方で、ケルティだけが、静かに目を伏せていた。

 あの女があの家に入り込んだ日から、この一言までに、何年かかったのだろうと思った。自分が奪われたものは、こうして誰の感慨も伴わずに、書面の一行で終わっていく。

 悔しさは、不思議となかった。

「――また、本件の解明にあたっては、被告両名の関係者である一名の女性から、密輸契約書の提出及び組織構造に関する詳細な証言があった。これが捜査の重要な端緒となったことを、本法廷は記録に留める」

 名は、読み上げられなかった。

 それは、彼女自身が望んだことだった。


「以上をもって、本件の判決を終える。休廷とする」

 木槌の音が響いた。

 連行されていくダリルは、最後に一度だけ、傍聴席を振り返った。誰を探していたのか、その視線は誰にも留まることなく、扉の向こうへ消えていった。

 オルガーノは、一度も振り返らなかった。

 傍聴席がざわめき始める。

 午後の公判が――エインに対する判決が、この後に控えていた。


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