九 殿下に辱めを
試験終了後、六名の受験者は、師団の一室に集められていた。
傷の手当てを終え、それぞれが椅子に腰掛ける中、ベルナルトが正面に立った。
「――まずは、全員よくやった」
その一言から、総評が始まった。
「今回の試験は、例年に比べてもかなり厳しい内容だったと思う。特に筆記試験は実戦経験を前提とした設問が多く、皆、相当苦戦していたようだな」
その言葉に、何人かが苦笑いを浮かべた。
「実地、最終と、それぞれの試験で見せた戦い方も、印象深いものばかりだった」ベルナルトは一人一人の顔を見渡しながら続けた。
「――では、合格発表に移る」
その一言に、全員の背筋が伸びた。
「上級α合格――アノリス・アリアシスト、カイル・ウェールン、ミレイ・ハルン、エルナ・シルヴィス。以上、四名」
名前を呼ばれた四人が、それぞれに息を呑んだ。
「試験の勝者三名の他、敗者の中からも一名選出するということは事前に告げていた。これは試験官の主観という形でしか選ぶことができないと予め断っておく。その上で今回の試験、補助・回復部門という立場でありながら、ここまで勝ち上がってきたエルナとした。まだお前は若いが、補助・回復での上級術師として部門を導いてほしい」
ベルナルトはエルナの方を向き、最終試験での健闘を讃えた。
「私には勿体ないお言葉、有難く頂戴いたします」
エルナの表情は緩むどころか引き締まっていた。
「トーマ・ライ、ソニア・ドルッセ。二人とも、惜しいところまで来ていた。だが今回は、準上級合格とする」
続けての副団長の宣告に、トーマは静かに頷いた。ソニアは、表情こそ変えなかったが、僅かに視線を落とした。
「――なお」ベルナルトは続けた。「アノリスが今回、筆記試験で首席だった理由についても、簡単に触れておく」
その言葉に、アノリス自身も少し驚いた顔をした。
「共通問題がほぼ完璧だった。九割以上の得点率だ。正直、これほどの成績は、俺が見てきた中でも珍しい」
その説明に、周囲からどよめきが上がった。ミレイが、驚いた顔でアノリスを見る。
「――マジ? あんた、そこまでやってたの」
ミレイは腕を組んで、悔しそうな顔をした。算術なら負けていない自信はあった。だが共通問題、それも判断を問う設問となると、自分の解答が平均より上だったとは到底思えない。
「――八年かけて、南から旅してきたからね」アノリスは少し得意げに答えた。「ちょっとだけ、実戦経験が多いのかも」
アノリスはシェリルと共に南の方からやってきた、ということ自体は知られていたが、具体的なことはアノリスもあまり喋ったことは無かった。
八年、という数字だけが、妙な重さを持って残った。その間に何を見てきたのか、誰も知らない。ただ、この娘が自分たちの知らない場所を通ってきたことだけは、確かだった。
「最後に」ベルナルトが締めくくるように言った。「合格した四名については、十日後、国王陛下の御前にて、就任式を執り行う。詳細は、追って通達する」
「――以上だ。敗れた者も惜しかった。色々思うところもあるだろうが、ここに居るものは将来有望な術師であることは間違いない。これからも我が国、我が王都のために尽くしてほしい」
その言葉を最後に、ベルナルトを始め試験官たちは一礼して部屋を後にした。
残された六名の間に、しばらくの間、様々な感情が入り混じった沈黙が流れていた。合格の喜び、惜敗の悔しさ、そして共に戦い抜いた者同士の、静かな連帯感。
その沈黙を破ったのは、カイルだった。
「――お前ら、暇か? 飲み行くぞ」
あまりに唐突な誘いに、一同は思わず顔を見合わせた。
店を出た頃には、夜もかなり更けていた。
通りに出た六人は、それぞれの帰る方向へ散っていく。エルナが振り返ると、少し離れた街灯の下で、カイルがソニアに何か話しかけているのが見えた。
ソニアは俯いたまま、ほとんど答えていない。カイルは構わず、身振りを交えて何かを喋り続けている。おそらく、次があるとか、そういう類のことなのだろう。
やがて、ソニアがわずかに顔を上げた。表情までは、この距離では見えない。ただ、頷いたようだった。
カイルが満足そうに笑って、その肩を軽く叩いた。
エルナは、しばらくその光景を眺めていた。
良いことだと思う。あの人はそういう人だ。負けた相手を放っておけない。今日、自分を本気で潰しにきたその同じ手で、こうして誰かの背中を叩く。
思う、のに。
胸のあたりに、名前のつけられない何かが引っかかっていた。傷はもう塞がっているはずだった。回復術式は、外側の傷にしか効かない。
(――変なの)
エルナは小さく息を吐くと、二人に背を向けて歩き出した。
騎士団本部の一室、四人の中隊長が顔を突き合わせていた。
「まったく、ふざけた話だよな」
一人が、吐き捨てるように言った。
「いきなりどこの馬の骨とも知れない女が来て、将軍だと? 俺たちがどれだけ苦労して今の地位に上がってきたと思ってる」
「異国の女だってんだろ、あれ。滅んだ国の王女様とかいう触れ込みらしいが」
「王女だか何だか知らんが、こっちにゃ関係ねぇよ」
男たちは口々に、不満を吐き出していく。長年、この騎士団で下積みを重ねてきた自負がある者たちにとって、突如として現れた新参者が、自分たちを飛び越えて将軍の座に就いたという事実は、到底受け入れがたいものだった。
「そういえば」一人が、思い出したように口を開いた。「今度、陛下の御前で就任式をやった後、御前試合であの女がバレンツ副団長と一戦交えるらしいぞ」
「は? 一戦交えるとか夜の話かと思ったぜ」
「すぐお前はそんな話をしたがるな。それはさておき、将軍就任のお披露目も兼ねて、副団長との模擬戦を見せる予定らしい」
その情報に、四人は顔を見合わせた。誰からともなく、じわりと薄暗い笑みが浮かんでいく。
「なあ」一人が、声を潜めて言った。「その後に、二試合目を用意してもらうってのは、どうだ」
「二試合目?」
「俺たち四人で、あの女に恥をかかせてやろうぜ」
その提案に、他の三人の目にも、同じ光が灯った。
「陛下の御前で、だぞ。上手くいけば、あの女の面目は丸潰れだ」
「四対一なら、いくらあの女でも……」
「おいおい、卑怯なんて言うなよ」一人が下卑た笑いを浮かべた。「実力があるってんなら、四人相手にしたって勝てて当然だろう。それができないなら、所詮その程度の女ってことだ」
自分たちに都合のいい理屈を並べながら、四人は次第に、その企みに酔い始めていた。
「問題は、そんな試合、どうやって組み込むかだな」
「式典担当に、知り合いがいる」一人が声を落とした。「式次第に一行足しておくくらい、あいつなら造作もない」
「やれるのか、それ」
「任せろ。多少の融通くらいは、利く仲だ」
男たちは、顔を見合わせて頷き合った。
誰からともなく杯が持ち上がり、四つの縁が、鈍い音を立てて触れ合った。




