第3章
【 この話に出てくるカップル 】
・オランテ侯爵令嬢シャロンと、第二王子のフェルナン、そして平民聖女ミリア
・伯爵令嬢のエリザベスと、宰相の次男伯爵令息マッサル、そして平民聖女ミリア
・侯爵令嬢キャローナと、大司教の次男伯爵令息ロバーツ、そして平民聖女ミリア
・辺境伯令嬢のリリスと、騎士団長の三男で自身も騎士である侯爵令息マードック、そして平民聖女ミリア
やがて徐にシャロンが話し始めた。
「私達歴史愛好家は、既存の歴史書をそのまま鵜呑みにはしておりませんの。
そもそも、歴史書には文字がなかったころの根拠のない伝承や言い伝えから始まるからです。
それに文字が使われるようになった後も、時の権力者によって都合よく書き換えられている話も多々ありますので、全てにおいてそのまま真に受けほど愚かではありませんわ。
その反対に伝承や言い伝えを全て嘘の作り話だとも思っていませんし。
歴史の専門家の方々はそれを実証するために、発掘作業や証拠品の収集、文献の研鑽などをされます。
私達は学生ですのでそのようなことはできません。ですから、既存の書籍を読んで、その解釈について意見を交換し合っておりますの。
一つの事象についても時代によって解釈が変わるものですから。使われている言葉の意味も時と共にかなり変化していますし」
「言葉の意味が変わる?」
第二王子が疑問を浮かべた。
「一例を挙げれば、殿下は私に向かって、『そんな気の置けない人間を妻とするなんて考えられない』とおっしゃいましたよね?
それは殿下が私に気を遣う必要があり、信用できないという意味で使われたのですよね?
でも、本来は、遠慮や気遣いをする必要のない、信頼できるという意味だったのですよ。つまり正反対の意味になっているのですよ。
私は殿下にとって本来の意味での気の置けないパートナーになりたいとこの五年の間努力してきましたが、それが叶わず残念です。
しかし、殿下にとって真の気の置けないパートナーが見つかったのですから、悪女の私は身を引かせていただきます。
ですが、これまで私は殿下の補佐をさせていただいておりましたが、その引き継ぎはどういたしましょうか?
聖女様とは意思疎通ができそうもないので、できればご遠慮したいのですが……
ああ、殿下が自らこなせば問題ないですわね。余計なことを申し上げてすみませんでした。
学園の卒業まであと半月となりましたし、本日をもって、二度とお会いしないことを約束いたしますわ 」
「えっ? ちょ、ちょっと待ってく……」
青ざめた第二王子が元婚約者に手を伸ばしかけたところで、エリザベスが自分の婚約者に向かって話し始めた。
「そういえばマッサル様もシャロン様に対し、王子妃になるには役不足だとおっしゃっていましたよね?
それは王子妃の役目などできないという意味で使われたのでしょうが、本来の意味はやはり正反対ですわ。
本人にとってその役目が軽すぎるということでしたの。
まあ、実際そのとおりで、シャロン様ほど王子妃に相応しい方はいなかったのに、本当に残念な結果になりましたわ。
でも、貴方と聖女様が殿下をお支えすれば問題ありませんわね。
邪魔な私などは婚約解消してくださいませ。
元婚約者として、貴方のご活躍を陰から応援させていただきますわ」
マッサルは喫驚して、冷めた目をした婚約者を見つめた。そして慌てて彼女に近寄ろうとしたのだが、怒りの表情を浮かべた父親である宰相に阻まれてしまった。
母親である伯爵夫人は恥ずかしいとばかりに扇で顔を覆い、伯爵家の後継者である彼の兄は、絶望の表情を浮かべて天を仰いでいた。
そしてそのエリザベスを追従するように、今度はキャローナがこう言った。
「ロバーツ様。貴方はシャロン様のことを聖女様や大教会を侮る行為を続けた確信犯とおっしゃいましたね?
それは悪いことをしていると分かっていながら悪行を行っている、という意味で言ったのでしょう?
でも、本来の意味は正しいと信じてやったという意味だったのですよ。
もっとも、そもそもシャロン様は聖女様に嫌がらせをしたことはありませんわ。もちろん虐めたことも。
ですからどちらの意味としても間違っているのですが。
まあ、それはともかく、先ほども申しましたように私に関しては、貴方が大切になさっている聖女様に失礼なことをしてしまったことは事実です。
どうか婚約破棄してくださいませ」
「そんな!
本当はミリア様と私の仲を疑っているからそんなことを言っているのだろう?
だから身を引くなんて綺麗事を言っているだけだろう?
だが私は、この国と大教会のためにミリア様にお仕えしていただけで、君を裏切るような行為はしていない」
「この一年、ほとんど会ってお話することもなく、手紙や贈り物のやり取りもしてきていませんよね? 今後結婚してもおそらく変わらないでしょう。ですから夫婦としてやっていくのは無理だと思います」
シャロン、エリザベス、キャローナが次々と婚約者に別れを告げ、最後にリリスの番となった。
「マードック様は聖女様が第二王子フェルナン殿下と手を取り合ってこの国を支えられることが御の字であると、おっしゃいましたよね?
それって、とりあえず良しとしよう、という意味で使ったのですか?
それとも本来の意味である、ありがたい、最高だという意味で使っていたのですか?
まあ、どちらにせよ、第二王子殿下と聖女様が結ばれて、シャロン様がようやく解放されるのでしたら何よりですわ」
リリアだけがまだ一度も婚約解消という言葉を使っていないことに、マードックは胸をなで下ろした。
しかし、彼女の話はまだ終わっていなかった。
「貴方は『悪女マリーナの真実』のお芝居には共感できない。最悪な筋書きだとおっしゃっていましたよね? 他のお二人方も。
悪女を聖女として扱うのが許せないと。
ですが、私達の歴史を語る会で何度となく討論した結果、マリーナ様のとった行動は国のため人々のために、最善だったという結論に達しましたの。
おそらく、当時の人々は王妃マリーナ様に感謝して、本当に聖女だと崇めていたに違いないと。
妻のおかげで政敵を倒し、国王となったにも関わらず、その妻を蔑ろにして浮気三昧、あちらこちらに子種を撒き散らし、将来、跡目争いの火種を作るような振る舞い。
それを許しては国のためにはなりません。
もちろん嫉妬もしていたでしょう。しかし、それのどこが悪いのですか? 夫を愛していれば当然のことではないですか」
「聖女様に嫉妬するなんてみっともない」と言って、彼女の話に耳を傾けようともしなかった婚約者のマードックの目を見つめながら、リリアは静かにそう言った。
過去の激しい口調とは違い、そこには何の熱も感じられなかった。
自分を見る目がすっかり変わってしまっていることに、彼はようやく気が付いた。
慌てて何か言おうとしたが、彼女は視線をそらしてそのまま話を続けた。
「マリーナ様は残忍だと言われていますが、愛人や子供を殺してはいませんわ。大教会にお預けになっただけです。
それに比べてヨーリン=ミナット王は、愛人に手を出そうとした、自分の指示に完璧に応えられなかった、というくだらない理由だけで、それまで支えてきてくれた臣下を審議もなしに手にかけていました 。
王が亡くなった後、すぐに王朝が崩壊したのも、多くの忠臣がすでに存在していなかったからです。つまり王の自業自得、必然の成り行きだったのです。
あのときマリーナ様がご実家の力を頼らなかったら、国は再び戦火に塗れ、多くの人命が奪われ、農地が荒らされていたことでしょう。
実の息子達は妻の実家の甘言に惑わされて、国政を顧みない状態だったので。
この事実に気付いたとき、これまで悪女とされてきた女性は本当に悪女だったのか、私達『歴史を語ろう会』は疑問を抱くようになったのです。そして色々と調べることにしたのです」
ここまで一気に話した後、リリスは、エリザベスにバトンタッチした。
「たしかに本当の悪女だと思う人物もいました。
しかし、ただ父親や夫の命令に逆らえず、その指示に従っていただけと思われる人物もいました。
そして、当時の権力者にとって都合が悪かったために意図的に悪女にされた方々もたくさんいらしたことが判明しました。
そもそも現代でも、女性の成果はほとんど夫や父親や兄弟達のものとされているのですから、さもありなんですわね。
それを女性の皆様は心の奥底では不満に思っていらっしゃるのだと思います。
ですから、あのお芝居が人気になったのでしょう」
側近三人組は、これまで父親や親族の男達から英雄ヨーリン=ミナットを聞かされて、彼を尊敬して憧れていた。
それと同時に彼の妻のマリーナを一方的に悪女だと思い込んだ。
しかし、これまで詳しい歴史書など読んだことはなく、片側だけの視点でしか見てこなかったのだ。
初めてそのことに気付いたのだ。そして、なぜこうも周りから睨まれているのか、ようやくその理由を理解した。
そんな中、キャローナがこう言った。
「ロバーツ様。貴方は大教会がマリーナ様を聖女にした。そう思われることを我慢ならないとおっしゃっていましたが、それこそ『かたはらいたし』ですわ。
意味が分かります? 側で見ていて腹立たしいという意味ですわ。
何が国のため、大教会のために聖女様にお仕えしている、ですか。
本物の聖女様がいらしたのは初代王朝時代のみですわ。
それ以降魔力を持つ者はいなくなり、特別な力を持つ聖女が現れることはありませんでした。
その後、歴史に現れた聖女様は、そもそも国と大教会が祭り上げた偶像に過ぎません。
マリーナ様もその死後に聖女になったのでしょう。大教会の正当性を示すために。
ところが、その次の王朝の時代に彼女の存在が邪魔になり、時の権力者が一転して彼女を悪女に貶めたのですわ。そのことはその当時の文献を読んでみれば明らかでしたわ。
貴方はそれを知っていて平気な顔をして、ミリア様を聖女だからと偽って遊んでいた浮気者なのか、それとも本気で彼女を聖女だと信じている愚か者なのかは存じませんが」
大司教の次男伯爵令息ロバーツと侯爵令嬢キャローナは、お互いが十歳のときに婚約した。
政略結婚だったが、二人はとても仲が良かった。
キャローナは高位貴族の令嬢だったが、控え目で大人しく、いつもロバーツを立てていた。
彼女が彼に意見したのは、二年半ほど前、聖女ミリアと親しくするようになったころからだった。
一年経つころには彼女は何も文句を言わなくなった。そうなるとロバーツは彼女のことなど全く気にもかけなくなった。
キャローナは自分のことを好きなのだから、放っておいても大丈夫だと思い込んでいたのだ。
聖女はいずれ第二王子と結ばれるだろう。つまり彼女を愛でるのは学園在学中だけなのだから、それくらい大目に見てくれるだろうと。
しかし、キャローナは自分を見限ったから文句を言わなくなったのだ。
自分を軽蔑している目を見て、彼はようやくそのことに気付いた。
そして今頃になって、取り返しのつかないことをしてしまったという焦りを覚えたのだった。




