第2章
【 この話に出てくるカップル 】
・オランテ侯爵令嬢シャロンと、第二王子のフェルナン、そして平民聖女ミリア
・伯爵令嬢のエリザベスと、宰相の次男伯爵令息マッサル、そして平民聖女ミリア
・侯爵令嬢キャローナと、大司教の次男伯爵令息ロバーツ、そして平民聖女ミリア
・辺境伯令嬢のリリスと、騎士団長の三男で自身も騎士である侯爵令息マードック、そして平民聖女ミリア
ここにきて第二王子と側近三人は、自分達がパーティーの客達から白い目で見られていることにようやく気が付いた。
なぜだ。最初は皆我々の言葉に賛同していたではないか!
それを彼女達が妙なことを言い出したから流れが変わってしまった。それを再びこちらに引き戻さなければならない、と彼らは思った。
「なぜ君達は聖女ミリアにサロンに入るための条件などを課したのだ? 無条件で入れてやれば良かったではないか」
フェルナン第二王子がシャロンに訊ねた。彼女は優しい笑顔でこう答えた。
「聖女様のためですわ」
「聖女のためだと?」
「嘘よ!私が平民だからって馬鹿にして入れてくれないのよ。差別だわ」
白いレースのベールから鮮やかなストロベリーブロンドヘアーをのぞかせた聖女が、涙を浮かべ、両手を組んで王子を見上げた。
体が相変わらずプルプルと小刻みに震えている。
「馬鹿になどしていませんし、差別もしておりません。その証拠に、メンバーには平民の方が何人もいらっしゃるのですから。私達のサロンに身分など関係ありませんわ」
「ではどうして彼女を入れてやらなかったのだ?」
「どうして? こちらこそそれをお聞きしたいですわ。
先ほどリリス様がおっしゃっていましたが、どうして聖女様は私達の『歴史を語ろう会』のメンバーにお入りになりたかったのでしょうか?
歴史書の一冊も読まれたことがなく、お好きな歴史的英雄について語るおつもりもないのに」
「はっ? 『歴史を語ろう会』?」
「はい。歴女が集う会ですわ。
自国のみならず他国の歴史を学び、自分が推している歴史上のヒーローやヒロインに関して語り合う会ですわ。
時々皆様で聖地を巡礼して、推しのファンを増やすための活動などもしていますの」
シャロンが嬉々としてこう話すと、第二王子と側近達は喫驚して言葉を出せずに固まった。
「歴史に興味がない方が私達の会に入っても、楽しくないどころか苦痛でしかないでしょう?
ですから条件を出させてもらっているだけですわ。
外交の場で国際語が理解できずに、辛い思いをなさっている殿下なら、そのお気持ちがお分かりになるのではないですか?」
オランテ侯爵令嬢シャロンは無意識なのか意図的なのかわからないが、第二王子をディスりながらこう説明した。
そう言われた王子は大きく目を見開いたまま、何も言葉を発することができなかった。
そんな彼のために側近の一人が口を開きかけたが、それよりも先に再びリリスが言った。
「マードック様もそのお気持ちをお分かりになりますわよね?
先々月、半年振りにお会いして劇場へ行った際、大人気のロングランのお芝居だというのに、ずっとつまらなそうにしておられましたもの。
早く終わらないかとずっともぞもぞされていましたよね?
歴史物のお芝居になんて興味がなくてお辛かったのでしょう?
私はそのお芝居を楽しみにしておりましたので、興ざめでしたわ。ですから翌日エリザベス様と共にもう一度観に行きましたの。
エリザベス様もマッサル様とお出かけになって、私と同じ思いをなさったそうなので。
やはりお出かけするなら、趣味嗜好の同じ者同士で行くべきですわよね。
二度と貴方と観劇には行くつもりはありませんわ」
辺境伯令嬢のリリスが、マードックに向かって冷めた視線を投げ付けながらそう告げた。
すると彼女の横に立った伯爵令嬢のエリザベスが大きく頷いた。
彼女の婚約者である伯爵令息にも火の粉が飛んできたので、彼は目を泳がせた。
それを見たマードックが、しかたなくこう言い訳を始めた。
「俺は別に観劇が嫌いなわけじゃない。歴史物だって好きな方だ。
ただたまたま前回の芝居には共感できなかっただけだ。
あの芝居は歴史をずいぶんと改竄しているじゃないか。
第三王朝の創始者である英雄ヨーリン゠ミナットを、冷酷無慈悲な女好きのクズ男にして、悪女として有名な嫉妬深い勝ち気な彼の妻マリーナを慈悲深くて有能な聖女に仕立てていたんだぞ。
最悪な筋立てだ。それなのにあんなに人気が出るなんて信じられない。あれを本気で信じる者達が増え続けたら、この国にとって由々しき問題だ」
騎士である彼は、英雄ヨーリン゠ミナットを尊敬していた。そのために、話し終えるとさらに不機嫌なった。
すると、官吏試験に合格していて、まもなく学園を卒業するマッサルも同調するように大きく頷いて
「悪女のヒロインを聖女にするなんて、ウケ狙いなのか? 胸糞悪くて、見ていて気分が悪かった」
と言った。
「僕はヒロインの最後のセリフが我慢できなかったよ。
『私は悪女と呼ばれても構わない。夫や子供に憎まれても、この国のため、民のために正しいと思うことをするわ。
私はこの国の国母なのだから』
ふざけるな。夫の死後、自分の実の子を廃させて実の弟を後継者にするなんて、単にお家乗っ取りじゃないか。
しかもまるで大教会側がそれを主導したと誤解されるような筋書きだ。
こんな不謹慎な芝居の公演をつづけるなんて、悪の所業だと言わざるを得ない」
大司教の次男の伯爵令息ロバーツまで参戦してきた。そして彼はふとあることに気付いてこう言った。
「まさかと思うけれど、貴女方はあの芝居に感化されて悪女の称号を欲しがっているわけじゃないよね?
あれはマードック卿の言うとおり三流脚本家が事実誤認しているか、面白おかしく脚色しているだけだ。そんな娯楽作品を真に受けて、悪女を正義みたいに思い込んだりしていないよね?
君達は皆優秀なご令嬢ばかりなのだから」
ホールはシーン静まり返り、誰一人声を出す者はいなかった。
第二王子を含む四人組は自分達に向けられている視線が、さらに冷たくなっていくことに気付いた。
彼らの家族や、婚約者達の家族も侮蔑と怒りの表情を浮かべてただ睨んでいた。ひと言も口を開かなかった。
そのことに彼らは戸惑った。自分達は何も間違ったことを言っていないのに、なぜそんな目で見ているのだ。父上だって兄上だって、同じ考えのはずじゃないか! そう思った。
彼らは、今この国で大人気の芝居の悪口を言い、その作家を貶した。
そのことが、多くのファンまで馬鹿にしたことになるという意味を理解していなかったのだ。
そして社会全体の女性に対する認識が、少しずつ変わりつつあることにも。




