第1章
【 この話に出てくるカップル 】
・オランテ侯爵令嬢シャロンと、第二王子のフェルナン、そして平民聖女ミリア
・伯爵令嬢のエリザベスと、宰相の次男伯爵令息マッサル、そして平民聖女ミリア
・侯爵令嬢キャローナと、大司教の次男伯爵令息ロバーツ、そして平民聖女ミリア
・辺境伯令嬢のリリスと、騎士団長の三男で自身も騎士である侯爵令息マードック、そして平民聖女ミリア
「本日をもって君との婚約を破棄する。
聖女に醜く嫉妬し、虐めをするような悪女に王子妃になる資格はない」
建国を祝う席にて金髪碧眼である第二王子のフェルナンが 、白い清楚な聖女服を身に纏った儚げな少女の腰を抱きながら言った。
賑やかだったホールがピタッと静まり返った。
「罪状は私の側近達が発表する」
フェルナンの言葉を受けて、銀髪に水色の瞳の側近その一、宰相の次男が一歩前に出てこう口を開いた。
「オランテ侯爵令嬢であるシャロン嬢は、本来准王族として聖女ミリア様と交流を図るべきであった。
それなのに、日頃から聖女ミリア様を平民上がりだと罵り、ご自身の集まりに招待することなく、除け者しました。
ご自分の立場を理解していないその行為は、全くもって王子妃には相応しくなく、役不足 だと断言せざるを得ないと思います」
次に発言したのは、黒髪に緑眼の側近その二、大司教の次男。
「この国は大教会の大いなる恩恵の下で成り立っています。
その大教会が認定した聖女であるミリア様を蔑ろにすることは、すなわち大教会を侮ることと同義です。
そのような行為を平然と続けてきたということ はまさに確信犯だと言えるでしょう。
そんなシャロン嬢では、到底王子妃にはなり得ないと考えます」
ホールの中がざわついた。
「なんて畏れ多いことを」
「信じられないわ」
そんなやり取りが耳に入ってきて、彼は満足気な顔をした。
そんな波に乗り遅れまいとして、茶髪に赤い瞳の側近その三、騎士団長の三男がそれに続いた。
「この国は英雄と聖女と騎士が魔族を倒したことによって成立しました。そしてその子孫によってこれまで守られてきたことは歴史が証明しています。
そして三十年振りに聖女が降臨された。
王太子殿下は既にご結婚されているため、王妃となることは叶いません。しかし、第二王子フェルナン殿下と手を取り合ってこの国を支えられることが御の字であると考えます。
本来ならこのことに気付き、自ら身を引くことが当然の成り行きだったでしょう。
それにも関わらず、素知らぬ顔をして平然とその地位に居座るような無教養な者は、到底王族の一員として認められないと考えます。
あまつさえ聖女を陥れようとするなんて、言語道断。悪女のような所業です」
この言葉にホールは大きくざわついた。多くの貴族達が眉を潜め、扇で口元を隠しながら何か囁いていた。
それを見て第二王子がほくそ笑んだ。みんな自分達に賛同していると。
だからこそ再びシャロン嬢に向かって口を開いた。
「彼らの言葉を聞いただろう。貴様の罪状は明らかだ。そんな気の置けない人間を妻とするなんて考えられない。
貴様を悪女と認定し、この国から追……」
「まあ! 私が悪女ですって! 嬉しいですわ。ありがとうございます。
皆様、私、フェルナン殿下から『悪女』の認定を受けましたわ」
第二王子の言葉を遮って、落ち着いたブルネットヘアーに明るい茶色の瞳を持つ、侯爵令嬢のシャロンが歓喜の声を上げた。美しく整った顔に満面の笑みを浮かべて。
すると、周りにいたご令嬢達まで扇をシャッと閉じて、同じ様な笑顔をして口々にこう言った。
「まあ、おめでとうございます。よろしゅうございましたね」
「羨ましいですわ。私も『悪女』の称号をいただきたいわ」
「私も」「私も」「私も」……
「では、皆様もこの際、殿下にお願いしてみたらいかがでしょうか?」
「そうですわね、シャロン様。
さて、誰からいきましょうか?」
明るい金髪に濃紺の瞳をした伯爵令嬢のエリザベスが、周りを見渡して訊ねた。
すると、シャロンがこう助言した。
「先ほど発言された方々の順番でいいのではなくて?」
すると、みんなが顔を見合わせて一様に頷いたので、エリザベスが一歩前に出てフェルナンに向かってこう告げた。
「殿下、どうか私にも『悪女』の称号を与えてください。
私達のサロンに聖女ミリア様をご招待できなかったのは、シャロン様だけでなく、私が歴史書をどれか一冊読んで感想をお聞かせ下さいとお願いしたからですので。
それに加えて私は、マッサル様にあまり馴れ馴れしくしないで欲しいとお願いしてしまいましたし。
我が家に婿入り予定の婚約者に、妙な噂が立てば、我が伯爵家の不名誉になりますから。
でも、聖女様にそんな失礼なことを言ってはいけませんでしたわ。
私はまさしく悪女でございます。どうぞその称号を与えていただければと存じます」
「エリザベス、な、何を言っているんだ!」
伯爵令息が彼の婚約者である伯爵令嬢に向かって、慌ててこう叫んだ。
しかし、彼女はそのまま口を噤み、フェルナンの目をじっと見つめた。
その眼力に思わず彼はのけぞりそうになり、思わず「わ、分かった。そなたも悪女だ」と言ってしまった。
「殿下!」
マッサルの悲痛な声が上がった。
しかし、それを無視するかのように別のご令嬢の声が響いた。
プラチナブロンドにスミレ色をした侯爵令嬢キャローナだった。
「私にも『悪女』の称号を与えてくださいませ。
聖女様にこの国の歴史上の人物のどなたがお好きなのですかとお訊ねして、困らせてしまったのは私ですから。
廊下を走ってはいけない、と注意をさせていただきましたのも私ですし。
聖女様にそんな注意をするよりも、お姿を目にした時点でこちらがすぐに身を隠せば良かったのに。
私は大司教様の御子息の婚約者である身でありながら、なんて罪深いのでしょう。
私も間違いなく悪女でございますわ。ですからどうか悪女の称号を与えてくださいませ。
そうすれば、私の有責で、ロバーツ様は婚約破棄ができますし」
「キャローナ、なんてことを言い出すのだ! 私は君と婚約破棄するつもりなんてサラサラないぞ」
侯爵令嬢の言葉に伯爵令息は真っ青になった。彼もまた婿入り予定だったのだ。
「聖女様を誰よりもお慕いしておられるのに、我慢して私との婚約を続けることはありませんわ。これまで執拗に縋って申し訳ありませんでした。
ロバーツ様は本当に私を鬱陶しがっておりましたの。ですから、殿下、どうか『悪女』の称号をお与え下さいませ」
彼女の持つ、まるで妖精か思わせるような神秘的な雰囲気に呑まれて、フェルナンはまたもや頷いてしまった。
「わ、分かった。そなたも悪女だ」
「殿下!」
ロバーツの苦痛の声が上がった。
そして、やはりそれを無視するかのように別のご令嬢が声を上げた。
鮮やかな赤毛に煌めく黒い瞳をした、女性としてはかなり背が高く、凛とした辺境伯家の令嬢、リリスだった。
「それではついでに、私の悪女認定もお願いします。と言いますか、私こそが最低最悪の悪者だと思いますので。
シャロン様はそれはそれは優しくお話になったのですよ。
『お好きな歴史上の人物の本を読んで、その感想を簡単にまとめたものをお見せくださいませ。それがこの会の入会条件ですから』
と。けれど、いくらご説明をして差し上げても『忙しい私にそんな本を読めとか感想を書けなんて、酷いわ。シャロン様は私に意地悪しているのですね』と泣き出されて」
リリスは困っているような顔でこう言った。
人々の視線が一斉に聖女に向けられた。
「えっ?」
聖女ミリアは戸惑って辺りを見回した。
(なぜそんな目で見るの?)
これまで周りからチヤホヤされてきた聖女は、わけがわからず、プルプル体を震わせた。
そんな彼女を無視してリリスはさらに言葉を続けた。
「そんなにお忙しいのに、なぜそこまで私達のサロンに参加したいとおっしゃるのか、その理由がさっぱり分からずに当惑しましたわ。
それで聖女様に、サロンに参加されたい理由をお訊ねしましたの。
そうしましたら『私達の婚約者達とは親しくしているので、私達に彼らの趣味嗜好や好みのタイプの女性について教えて差し上げたいから』とおっしゃったのです」
ホールにどよめきが起こった。ご令嬢だけでなく、ご年配のご婦人方まで眉間にしわを寄せた。
「それをお聞きして、そういうお話でしたらお昼休みにお願いしますと申しましたの。
ところが、殿下や他の男性の方々と過ごすのでそれは無理だと言われてしまって。
未熟な私はそのことに非常に腹が立ってしまい 、そのようなお話は結構ですとお断りしてしまったのです。
そもそもお話の内容が私達のサロンの趣旨には反していましたし。
けれども今振り返ってみますと、大変無礼な発言でしたわよね?
やっぱり、私は悪女ですわよね?
立派な騎士である貴方の婚約者には相応しくないですわよね?
マードック様?」
第二王子から、騎士団長の三男で自身も騎士である侯爵令息へと顔の向きを変えたリリスが、疑問形で立て続けにこう訊ねた。
「そ、それは……」
その勢いに押されて侯爵令息が何も答えられないうちに、リリスはまるで戦いの女神かのような迫力で
「殿下、ですから私にも『悪女』の称号をお与え下さいませ。どうかお願いします」
と訴えながら、王子に向かって歩を進めようとした。
しかし、彼は元々この勝ち気な令嬢を苦手にしていたので、「来るな!」とばかりに片手を前に突き出して叫んだ。
「分かった。望みを叶えてやるからこれ以上近付くな!
恐ろしい。ミリアもさぞかし怖い目に遭ったのだろうな。まさしくそなたは『悪女』だ!」
ホールにフェルナンの声が響き渡った。
「殿下! 待ってく……」
止めようとしたマードックの声は、完全に打ち消されていた。
その直後に「わあ~!」という歓声が上がったのでなおさらだった。




