第6話:このときはまだ、ボクの重大性に気付く人はいなかった……っス
俺の通っている高校は偏差値がまあまあある。そのため真面目な人とおバカの割合は半々で、朝自習の時間も案外静かだ。ちなみに俺は静かなバカ。部活も入ってないので、高校生活はそれなりに退屈だ。かと言って部活に熱を入れるのも違うし、女子に話しかけるのは本当にむずかしいし。
「おっはー賢治〜」
寝ぼけ眼の夏向が後ろからやってくる。しれっと普通にやってきたと言わんばかりのテンションだが……。今は朝自習の時間だ。
「お前遅刻じゃねえか。なんでそんな面で入ってこれんだよ」
「いやいや。遅刻者を確認してる先生の背後取ってきたからカウントされてない」
声をなるべく落として責めてみるも、こいつの無駄にアグレッシブな部分は少し尊敬してしまう。どうやって先生の背後とるんだよ忍者かよ。と、ごにょごにょはなしていれば、教卓について気配を消していた教師が怒気をにじませているのが背後に感じられる。
「……木下くん。遅刻で、いいわよね?」
「アッエトその……ハイ」
挙動不審になり、遅刻の事実を受け入れる夏向だった。南無。
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キンコンカンコンと昼休みを告げるチャイム。それと同時に、クラスメイトらは購買やら友達のクラスへ行くやらで散っていく。俺も購買以外に食事の手段がないので、その流れに俺も参入せんと席を立つ。今日は少し出遅れ気味かもしれない。しかし、その臨戦態勢をの俺を呼び止める、鈴の様な、八咫野 氷織の声がする。
「生天目君、少しお話があります」
「……えっと、購買のあとじゃダメ?」
「ダメです。こっちの方が重要です」
えも言わせぬオーラが背後から出ている。俺はそれに絞首するしかなく、クラスに残った男子から嫉妬の目線を背中にビシバシと受ける。……くそ。日替わりドーナツドッグが売り切れるじゃないか。という不満を表そうとしようものなら、氷織は意外に恐ろしいところがあるので何があるかわからない。部活帰りの灯里にどっとばされるかもしれない。俺はそのまま、校舎裏近くの芝生に連れていかれた。
「んで、なんの用だ」
彼女はくるりとこちらを向き、恐ろしい笑顔を向けてくる。トーンはゆっくり、少し低い声で、鈴が鐘に進化したような。
「……もちろん、催眠アプリの話です。私、それがどういうものなのか、灯里も教えてくれなかったので自分で調べてみました。そうしたら、うふふふ。随分と言いご趣味をされておりますね」
「イヤーアノーソノー、これは、一大ジャンルゆえに仕方ないというか」
「それに、催眠という行為は、日本の法律で禁止されているらしいですよ。同意なしに睡眠薬を飲ませるのと同列に」
「……。ということは」
「生天目さんの弱点、また一つゲットです。これからも協力関係、お願いしますね。もちろん、こちらからも、できる範囲で対価を払いますので」
人差し指を口に当てる動作が妙に小悪魔的で。一瞬だけ、一瞬だけ目を離せなかった。八咫野氷織は本当に美少女なのだ。学校では積極的ではないのに、俺にだけめっちゃあたりが強い。校舎裏の影がすぐそこで闇を作っているというのに、彼女の周辺なだけでさわやかにも見える。つくづくすごいやつだ。
「あ、そういえば、その、おれ、お昼が……」
「ああ、すみません引き留めてしまって。私の用事は以上ですので」
……あれ。ラブコメと言ったらここでこそ、ヒロインがお弁当作ってるよーって展開では? 彼女は、どうして俺が帰らないのかと言わんばかりに首をかしげる。
「えと、用事は本当にこれだけ?」
「はい。なるべく早く言いたかったですし、部活の時間になっちゃったら灯里は話してくれませんもん」
「……あの、弁当、とか、って……。あったりは?」
「ないですよ? 炊事は自分でするのが効果的です」
「……さいですか」
失礼とはわかりながらも、定石がこうも崩れると不安になってくるな。作ってもらうのが当たり前精神とかそういうのではない。だけども! ……ううん。諦めて購買にでも行くか。それじゃあ俺はこれで、と手をぎこちなく振ってみれば、彼女は薄情な礼で去ってしまう。本当にそれだけだったんだな。うーん。まじか。とりあえず購買に向かわねば。
この学校は無駄に広いため、校舎裏には誰も寄り付かないし、校舎への入り方もいくつかある。正門から入ってコンクリートの道を30メートル歩くルート、購買直通の裏門ルート。俺はその後者の方へ進む。日陰を通るため、じめっぽさがいやになるな。と、なにやら頭上から声がする。
「ふぬ~! ふんぬー!」
ネコか? 見上げれば……なんか女子が柵をよじ登ったのかてっぺんでしり込みしている。そうそう。こういう通学方法も斬新だな。校門は普通閉まっているから、遅刻をめぐるいくらかの面倒がなくなる。こいつはカバンも持っているし、おそらく今登校してきたんだろうな。
俺は感心しながらその無謀な行為を見ていた。
「ちょ、ちょっとそこのひとぉ……。受け止めて、くれませんかぁ」
「……いや、痛いのやだし」
「そこは嘘でも助けるって言え……うわぁぁ!!」
彼女は見事なまでに背中からいき、着地寸前までピンと伸ばされた手足、リアクション、スカートの絶対領域。まさに完璧に地面に落ちた。どさっという音が校舎に少し反響し、痛みよりも面白さが先行するやつ。思わず俺は拍手をしてしまった。
「ちょ、なに拍手してんすか! このヒトデナシ!」
「ひどいな。バラエティは観るものだろう」
「っはー!? かっちーん何言ってんすかこのノンデリ!」
「失敬な。紳士だぞ俺は」
そういってスカしてみる。だが、よく見れば彼女はなんといえばいいか、ドジっ子オーラを隠さずにいた。ふわっとしたクセ毛……いや、セットされていないのだろうか。それと土にまみれているのも一因だろう。ぼさっとしている。目元は良く見えないが、俺と同じ影のものの匂い……。彼女はスカートをパンパンとはたくも、湿った土はグレー地に茶の線を残す。大きなため息ののち苛立ちめいた声。
「はー先輩つっかえな! ボクという名の美少女を助ける機会なんて、学校生活中に二度もないチャンスなんすよ! どうして助け無かったんすか!」
「だって利がないし。てかなんで先輩って……じゃあ君は一年?」
「そうっすよ。同学年なら顔は全部覚えてるんすよ。名前はまだだけど。だから消去法っす」
あっけらかんと言い放つ彼女だが、よく考えればすごいな。俺は同級生の顔すら時折忘れるというのに。名前なんてもってのほか、「お前」とか「そっち」だとかで乗り切っている俺とは社交性が大違い。そのコミュ力を分けて欲しい。
彼女はもはや、一世一代の大遅刻を経たことで、「どうせ急いだところで遅刻だし今昼休みだしな」と言わんばかりの豪胆な態度になっている。豪胆……豪胆? なのか?
「もういいっす。ここからは俊敏性じゃなくて隠密行動を重視してやるっす」
そそくさと裏門へ向かう彼女。嵐のような一連の流れに俺は呆然とする。……最後まで俺の扱いが空気のようで解せないが、とりあえず。
「なんだったんだアイツ」
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そうやって、一世一代の大遅刻を誤魔化すため、1人の少女は裏門から侵入する。
彼女はボソリと呟いた。
「あれが、生天目先輩……なんすね」




