幕間その1:事後(深い意味はない)のお料理
「ボケカスァ!!!!!」
パチィンというビンタが頬を抉る。鳩尾は後から痛みが来るが、こっちは即ダメージで痛い。灯里の顔は相変わらず赤いままだ。良かれと思った行動がこうも裏目に出ると、人付き合いの難しさを痛感する。
どこからだろうか。その空気に一筋の間抜けな腹の虫、ぐぅーと音が鳴る。俺のところからではないとすると……。灯里以外にはいない。
「あ、飯作るの忘れてたな」
「……」
先ほどまでとはまた違った火で、彼女の顔は沸けそうだ。突っ伏して顔を隠そうとしている。
「しゃーねえ。俺がなんか作ってみっか」
「あんた、料理できないんじゃないの?」
「自分のためだけに作るのが、死ぬほどめんどいだけだ。灯里に食わせると思えばまあ、かろうじて作れる」
すると、灯里が立ち上がって高らかに宣言する。
「よし。それじゃ私が作る」
「腹を鳴らした張本人は座ってろ」
「いや、作るわ。その、お詫び的に」
そう言われてしまっては何も言えない。お言葉に甘えることにしよう。そうして灯里はそそくさと台所に向かった。
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しばらくののち、俺はスマホゲームで時間をつぶしていた。
……にしても。氷織はすごく料理がうまいが、灯里の方はどうなんだろう。心配になってきた。
「……キャッ!」
台所の方から声がする。これはやはり……。俺は急いで立ち上がって向かう。
「大丈夫かー」
台所では灯里が下の方を見て怯えている。
「ゴ……ゴ●ブリが……」
「ああゴキ●リか。それならここら辺に……あった」
引き出しをまさぐってすぐに見つけたスプレーで足元を狙撃する。一瞬の噴射で、Gは暴れる間もなくころりと息絶えた。
「あ……ありがと……」
「どういたしまして。それより悪かったな。料理中のところにこんなのやっちゃって」
「あ、それはもう大丈夫。大体レンジに入ってるから」
「へー。どんなのが入ってるんだ」
灯里のことだ。テンプレ的に、料理技術は全部氷織に吸われてるんだろう……。面白半分で電子レンジの窓から中を見れば……。
はたしてそこには、豚と玉ねぎが一緒の器にぶち込まれた、生姜焼き(男飯)があった。
「……」
「何よその顔。私が料理できないと思ってた?」
「それはもちろん思ってたが、まさか料理の方向性が男飯とは思わなくて……」
「なによもちろんって。また張り倒されたいの?」
と、彼女は複雑そうな顔で拗ねる。
「ちなみに使った材料は?」
「冷蔵庫の豚小間、玉ねぎをぶち込んでレンジ。終わったら、そこのチューブの生姜とニンニクを気持ち多めにいれて、醤油やら塩コショウやらをぶち込んで合えて完成よ」
完全なる男飯のレシピだ。豪快過ぎる。しかも濃いめの味付けとは、男心をわかっている。もう間もなくしてレンジが終了の合図を鳴らす。
順調に目分量の調味料たちを混ぜ合わせていって……。
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「「いただきます」」
強い生姜の匂いを立ち込めさせる目の前の男飯に、生姜焼きを冷ましている間に温めたパックご飯がすでに進みそうだ。氷織は言ってしまえば家庭的、灯里は豪快な料理。決して家庭的というイメージが当てはまるわけではないが、満足感が違う。腹がもうすでに期待の音を鳴らす。
大皿に盛られた生姜焼きを二人でつつく形で、汁物や副菜はない。健康に悪い。だがそこがいい!!!
「うめぇ!」
氷織の時は噛み締めるようにうまいという声が出たが、今はただ、薬味の圧倒的パンチに舌鼓を打つ。
「そ、そう? 気に入ったならよかった」
灯里もつまみ、しかし舌が氷織のものだからだろうか。背徳的な味に少し苦しい顔をしてから、ご飯で味の水平をとると、途端に薬味ジャンキーになったか皿をつつくスピードが上がる。
この不健康な料理。ああ、最高。つい先ほどまでの気まずい雰囲気は、こうやっていつの間に流されていた。




