最終話:そして普通な終わりとこれからを
数日後。俺は夏向と、乙音と緑川と三上に連絡をし、放課後集まった。
「というわけで、だ」
俺はファミレスで、みんなが席に着くのを見てから、開口一番切り出した。それに隣の夏向が俺の首を絞める。
「いやその前に何で今まで未読スルーやら無視してたのかを教えろボケ」
「オ゛グゥ! ぐるじ……い、いまいうから……」
というわけでとりあえず全部話した。
「「「うっわー……」」」
「そういう反応になるよね! 俺もそう思います!」
「生天目先輩サイテーw」
「お前は知ってるだろ」
俺たちの関係は催眠アプリから始まったこと、そこから関係が紡がれて乙音と会い、そして、氷織にアプリで忘れるように催眠をかけたがその催眠が戻らなくなったこと。
そして、これからのこと。
「俺、告るわ」
「……」
「「「「は???????」」」」
「ちょっと待て賢治、お前忘れられてんだろ? 告るって何言ってんだお前!」
「そうっすよ、てかこの期に及んで虫が良いっすよ!?」
「そうよそうよ! 関係値があったあのころならまだしも、この状態では無理だから!」
「うんうん!」
一斉にバッシングを浴びせてくるけれども、俺のこころは自信に満ちている。いや、覚悟決めたてのアドレナリンがあるからだろうけど。
「だから、やり直そうかなって。というわけで、まず女子更衣室への入り方なんだけど」
「死ね」「死ぬべきだな」「死ねや」「死んでください」
「あるぇ?」
そこまで言わなくてもいいんじゃないかな。
「ま、まあ、これはその、冗談として。なんか別の方法で追憶していけば戻るだろうって。ほら、こういう系の作品にありがちじゃん」
夏向と乙音から「ほんとに冗談か?」という疑いの目を感じるが、もちろん無視する。
「その、さ。この前氷織とすれ違った時、あいつ泣いたんだよ。ってことはまだあいつにも記憶が奥底にあって、なにかのきっかけでそれが開放されるとか」
忘れる催眠が状態なのは、鍵のかかっていない引き出しを押さえつけるように力をかける状態だから。多分、事故防衛機制の忘却は、脳がその鍵をどこかへ無くしてしまうこと。
だからその鍵を見つけることができれば何とかなるはずだ。まあこんなものは希望的観測だ。けれどもそれくらいじゃないとやっていけない。
贖罪なんだ。
俺の弱さで叩き落としてしまった彼女の言葉にもう一度向き合うための。
夏向がいぶかしげに手を挙げる。
「そんな非現実的な話、仮に本当だとして、記憶が戻っても告白は失敗するかもしれないだろ」
「そこは大丈夫。俺を信じろ」
「賢治、お前は今、最低最悪の男なんだぞ」
「……ダイジョウブダヨ。タブン」
もう灯里はいない。彼女が間に入ってくれることもない。
「まあその、基本的に俺から氷織にアプローチしていくけど、みんなはちょろっとずつサポートしてね☆」
「死ね」「死ね」「死ね」「死んでください」
**
6時間目、移動授業で。
「ひお……八咫野さん、次の化学の授業で当てられそうだから、ちょっと助けてくれない?」
「……? い、いいですけど」
呆れかえる夏向と緑川をよそに。
次の日、休憩時間で。
「八咫野さん、弁当はもしかして全部手作り?」
「そ、そうですが?」
「へー。その目玉焼き、オリーブオイルはかけないんだ」
「ギトギトになりますから……ってなんでそれを」
三上と石井が苦笑いを浮かべながら。
下校のとき、廊下で。
「八咫野さん、部活なんだっけ」
「水泳部ですが……あの……?」
「そうなんだ、がんばってな!」
教室後方で怒声を浴びせる乙音を夏向が抑え。
なんども、話しかけて。
優しい彼女は、律儀に全部返して。
彼女は極めて困惑していた。
突然生えてきた知らない昔からのクラスメイト。
それが友人との雑談のように繰り返され、それが続いてしまう日常感への困惑。
そのうえ、俺はもちろん、下心にあふれている。
彼女しか知りえない情報をなぜか持ってしまっている。
YHFかHUF、彼女の狂信的なカルトの一員だと思われるだろうか。
それはとても不本意なのでよしていただきたいが。
ともかく。
君が覚えていないだけで俺は告白されていた、なんて言葉は、現実では不審者、虚言、妄想か幻覚、捏造にしかならない。
だから一から関係値を積み上げていくしかないのだろう。
俺のような人間が彼女に好かれた。俺よりもいい物件なんてはいて捨てるほどこの世に満ち溢れているのに。
なのに俺を選んでくれた。
それはきっと、彼女と過ごした時間があったから。
そして同じく俺が氷織を好きになったのも、彼女と過ごせたから。
彼女は俺を引っ張り上げてくれて、俺は彼女の手を握ることができた。
その関係だからこそ……。
「ぐへへ……」
と、ロマンティックな字面に気持ち悪い笑みがこぼれた。
いけないいけない。これ絶対、見られたら嫌われるやつだ。
氷織にだけは見られないように……。
そう思ってバッグを背負って教室を出ようかと思ったとき。
ドアの近くに、居た。
ドン引きの氷織が。
「……」
「……」
「あの、これはちがくてぇ」
「生天目さん、気持ち悪いです」
「ングフゥ!?」
飾らない言葉が胸にグサリ。
と、氷織が何故か考え込む。
「……?」
「ど、どうしたんだ、ひお……八咫野さん」
「いえ、なぜかあなたに『気持ち悪い』と言っても、良心が痛まなくて」
「ソ、ソウデスカ」
「変ですね。それに、なぜか強烈に怒りがお腹にたまって来るのですが」
俺って常々そんなに恨まれてたの? 俺好かれてたんじゃないの?
「そ、それより氷織……八咫野さん、なんか用事があったんじゃないの」
「ええ。水着類一式を忘れてきてしまって」
そういって背を向け、ロッカーのあたりに手を突っ込んで、すぐにお目当てらしきものが出てくる。
氷織はそれを抱えて、徐に俺を見、向かい合った。
「……あなたは、なんなのですか」
「なにと言われましても」
「どうして私に話しかけてくるのですか。私とあなたは面識がなかったはずです。なのに、どうしてそんなに馴れ馴れしくするんですか」
警戒心があるとすぐにわかる声色だった。
「俺、は——」
創作物のように、真実を訴えたとしよう。
それは果たして、本当にロマンティックなのだろうか。
一方的な押し付けであって、それは本当に、彼女の記憶のカギに引っ掛かって、何かが戻るのだろうか。
否、だ。
俺は取り返しがつかないことをした。
だからこそ、そのツケをいまもなお払っている。
俺は、彼女を助けてみたかった。何か恩返しができないかと、常に思っていた。
でも思い返せば、彼女は俺に救われたと言わんばかりに与えてくるのだから。
だからせめて彼女の中の俺でありたかった。
クソダサいヒーローのままで居たかった。
総じて言えば——
「好きだから、だな」
「……は?」
「氷織の近くがさ、すっげえ心地いいの。いいツッコミもしてくれるし」
そこで、ふと思い至った。
「そうだ! 俺、水泳部入るわ」
「い、今この時期からですか!?」
「おん。そうじゃん。なんで今までしてこなかったんだろ。よし、夏向に話通してくるわ」
「生天目さん! 早まらないでください! どうしてあなたはいつもそんな面倒なことばかり……あれ」
氷織は俺を制止する手を固め、少し思案している。
「すみません、生天目さん」
「アッ、ハイ」
「いますっごく、あなたの顔面を殴りたい気分です」
「ナンデナンデナンデ!?」
「すごく、身勝手なあなたを野放しにしておけないような感じがして……」
「理不尽だ」
氷織が握りこぶしを5発、俺の腹に収めた。
「本当に、入るんですか?」
「おう。好きな人に嘘はもうつかねえぜ」
「……なかなか厄介な人に好かれてしまいましたね」
「おうおう。俺は普通の男よりも何百倍も手がかかるし何千倍も面倒くさいぞ」
「あなたを選ぶ理由が、まるで見当たらないような気がするのですが?」
「だから選ばれるように努力するんだろ」
氷織は大きくため息を吐いた。
「あなたと言う人は……。ちなみに私は、屈強な体をもつ人が好みですよ?」
「が、がんばります」
そして、彼女は苦笑した。俺は拳を突き出した。
「だから、これからも関係を続けてもらうぜ?」
この言葉を、いつの日か言った気がする。
過去の記憶なんてそんなに確かなものじゃない。
なんなら昔は忘れたいことの方が多かった。
けれども今は、忘れることすら惜しくない。
それが今の俺を作っているから。
そして忘れた分だけ何度でも作り直せるのだろう。
たとえ彼女が俺を覚えていないとしても、決して思いだすことはないとしても。
俺は至極当たり前のように、彼女を好きで居続けるだろう。
それを見た氷織は苦笑、いや、腹を抱えて笑い出した。
そんなに笑うことだろうか?
「ほんとうに、あなたという人は。一周回って興味がわいてしまいました」
「ひお……八咫野さん?」
「氷織でいいですよ。なんだかそういわれるのはこそばゆい気がしてきました」
「あ、そ、そう?」
氷織が、柄にもなく拳を軽く当てた。
「そうですね。はい、よろしくお願いします」
氷織は、いたずらっぽく笑った。
細まった目じりに、一筋の雨があったことを、俺は見ぬふりをした。
流れた水はもうもとに戻らないとしても、
俺たちはきっと、大丈夫だと、そう思った。
こうして合わせた拳に、二人でおかしくなって笑いあった。
それが、俺の欲しかった普通の終わりだったのだろう。
-fin?-
………………まだ終わらないよ!




