第59話:回り回れ
手にまかれたワンデーフリーバンド。これがあれば今日はすべてのアトラクションに乗り放題。しかも順番を早く巡らせてくれる。
しかし、5000円だ。
高い。
なのに氷織は真っ先にこのフリーバンドを選んだ。本当に今日は一日、遊びつくすつもりのようだ。
「見てください生天目さん! あのアトラクション、すっごい大きいですよ!」
「フリーフォール……。えぐいな」
見れば30メートルはありそうな塔。その隣には高速で巡るジェットコースター、奥には迷路じみたヤツ。そのどれもにオリジナルっぽい名前が付けられ、それぞれ独立した雰囲気を醸している。
「ようし、じゃあ最初はジェットコースター行っちゃいましょう!」
「え、しょ、初っ端から!?」
**
「きゃーーー!」
「あ゛あ゛あ゛゛゛゛!!!!」
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「楽しいですね!」
「……」
一発目から、エグイ。
「じゃあ次はあの迷路に行きましょう! カードを集められるらしいですよ」
「……か、カード?」
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「面白かったですねー」
「……うぷ」
何度も現れる曲がり角で酔った。歩くしかしてないのに。酔った。
「氷織さんや、なんかすごくテンション高くない?」
「え、えーと。その、このような場所に来るのは久しぶりで……。それに、特別な人とこういう場所に来るのって、憧れるじゃないですか」
「……」
特別な人、なんて。
二の句を継げなくなって、目に入った適当なアトラクションを指差す。
「んじゃあ次はあのシューティングに行くか」
「いいですね。あれもオリジナルの世界観が広がっているそうですよ」
そしてそのアトラクションに入ってみる。
**
『何者だ? 我の領地に侵入せし愚か者は……』
するとラスボスの顔のレプリカから空気が思いっきり吹き付けられる。
芸能人がテレビで不正解すると噴射されるあれだ。
「んぶっ!? なんで俺だけ!」
「……日頃の行い、ですかね」
「変に見捨てないで!?」
そして迫りくるフィールドに様々なモンスター。それを打倒すことでポイントが取得されていく。とりあえず狙うはラスボス……。なんか俺が打つ前にやられまくってないかな。あれ。俺の点数全く増えないんだが。
シュバババ、シュバババ。あ。全く点が増えない。
そして。
「お疲れ様でしたー。おっと。そこのお嬢さんは点数が100000点を超えましたね。ではこちらのカードをどうぞ」
「やった。ありがとうございます」
なんだか。氷織だけカードをもらっている。解せぬ。
「さて、次はどこへ行きましょうか」
「た、たまにはアトラクション以外も行ってみないか。橋の向こうまで行くと、すごい数の花が植わってるらしいぞ」
「なるほど、いいですね! 行ってみましょう!」
俺の提案でも同じくはしゃぐ氷織にほっとする。
というかこいつ、今日やけにテンション高いな。
いつもはおとなびた完璧超人みたいな感じなのに。いやアトラクションで片鱗はあるが。
それでもいまは年頃の少女のようだ。
なんだかそれだけでも来てよかったと思えるのは。
たぶんきっと——俺がこいつを、すでに好きになっているからか。
「生天目さん! ちょっと足が遅いですよ」
「ああ、行くっての」
俺は足を速く回して彼女のもとへ追い付く。ようやく俺が並び立つと氷織は顔をほころばせた。
気恥ずかしさというのはいつまでたってもなれないものだ。俺は顔を背けた。
そして橋を抜けてすぐのところに、一面の、なにかすごい濃いピンクの花が所狭しと並び咲き誇っていた。
「すごく、きれいですね」
「そ、そうだな」
それと、パンフレットやらウェブサイトでは人がこの花のように立ち並び、それは長蛇の列を作るらしいが、いまはあまりいない。
よく見れば、丘に植わっている箒の草みたいなものがまだ緑だ。かろうじて先端が赤いだろうか。
もう少しあとの時期になれば、あれももっと鮮やかな色を出すのだろうか。
「あ、生天目さん、あっちに自転車レンタルがありますよ!」
「……じ、自転車?」
「ここすっごく広いですし、ちょっとだけでもめぐってみません? ……ダメですか?」
「じ、自転車がなんぼのもんじゃい」
「やった! ではいきましょう!」
**
そうして、一カ月分の体力をつかったような、そんな数時間を過ごした。外はもう赤みを帯びていた。
中央のアトラクションエリアまで戻ってきて、
「最後にあれ、乗りませんか」
氷織が観覧車を指差した。
正直へとへとな身には正直ありがたかった。
そして乗り込んで、ゆったりとゴンドラは浮遊感を醸しだした。
もう夕暮れ。
彼女の顔を朱がそめている。
入園ゲートの方を見つめる彼女がどこか儚くて、目を離せない。
「どうかしましたか」
「い、いやべつに」
「……」
と思ったら今度はこっちを見つめてきた。その表情に朱が差していると錯覚しそうで、目をそらす。
ただ何も言わずに真っすぐに見つめてくるのがどうしてもむず痒い。
「……観覧車は、外の景色を見るものじゃないのか」
「その楽しみ方もありますね」
そう言いつつ、俺を見てくるのを止めない。
「……もう、頂上いっちゃうぞ」
「ええ、そうですね」
身を包んでいた緩やかな浮遊感は今度は重力へ。
なのに重さはなく、むしろ顔が茹で上がる感じがする。
この空間にずっといられるような、居心地が悪いような。
なんなのだろう、この感覚は。
……なんて、いつまでも気付かないふりなんて、していられない。
今までの氷織が俺にくれた言葉の数々が脳内で反響する。
いくら童貞だって、いくらヘタレだって、この結論を無視することは、できないんだ。
氷織が俺に向ける感情は、灯里と同じようなものであることを。
あいつがしっかり口にしたことを、氷織はいつも体現していることも。
……誰が予想できただろうか。催眠アプリなんて非現実的なモノから関係を経て、いつの間にか俺の部屋にいることが当たり前になって。女子と話すことすらほぼなかった俺が、気づけばLIENに女子の連絡先を追加して。
どれもこれも全部、起きるなんて予想すらつかなかったもの。
氷織が、不意に口を開いた。
「生天目さん。私——」
俺はおもむろにポケットに軽く触れて……。
その時ドアが開かれた。
「お疲れ様でしたー」
施設員が営業スマイルで俺たちに無言の圧をかけていた。早く降りろ、と。
俺たちはそそくさと降り、そのまま小走りで中央エリアの真ん中まで来た。
辺りは、思いのほか人が少ない。閉園時間も近いからだろうか。すこし風に冷気も混じる季節。
なんとなく氷織の顔が見られずにどこへでもなく歩みを進めようとしたとき、裾を引っ張られた。
氷織を見れば、見間違いじゃなく頬が赤かった。
「……生天目さん。言わなきゃいけないことがあるんです」
熱を持ったそのひとことに、体全てが震えた。
——だから、俺はポケットに手を入れた。
「私、」
————それをとりだした。
「あなたのことが」
————そのアプリを起動した。
「好————」
催眠アプリを、彼女のまえに掲げた。
彼女の瞳は、とたんに虚ろになる。
「俺のことは、もう忘れてくれ」
ずっと前から決めていた言葉を、彼女に送る。
ああ、どこまで俺は独りよがりなのだろう。でも、それでも。
「……ごめん」
俺は踵を返した。風が運ぶ温度は、何も感じられなかった。
————
「……ん、お嬢さん」
辺りにナイターがついていた。ここは、テーマパークであろうか。
目の前には警備員らしき人がいた。
「…………」
「お嬢さん、こんなところで突っ立ってたら風邪ひくよ? というか閉園時間過ぎてるし」
「……ぇ」
辺りを見渡せば人はなかった。
「えーと、どうしてこんなところに立ってるの? 連れの人とか、というか、君、日中彼氏さんといなかったっけ」
「カレ、シ……?」
……。
そんな人、いたでしょうか。
この作品、もうすぐ終わります
最後までどうぞお付き合いください




