第58話:打ち上げってやつ
「ってな訳でぇ! 劇の大成功を祝しまして、打ち上げ会、開催っス!! 乾杯〜!」
「「「カンパーイ」」」
そうして甲高いグラスの音とともに各々のドリンクが微量飛んだ。
今日は文化祭の振替休日。昨日は俺が早退したため、緑川がもう1回とセッティングしたのだ。ちなみに石井は不参加らしい。
「という訳で、本日の主役のひおりんと生天目くん、どうぞ!」
「緑川お前そんな呼び方してなかっただろ」
「ひおりん……」
「お前はお前で満更でもないのかよ」
「さあさあ、ひおりんはどんな言葉をくれるの」
緑川がすごくワキワキしている。
「えーと、劇を完成させられたのは皆さんのおかげなので、その、ありがとうございます」
「ヒュー! ヒュー!」
一同からの盛り上がりに氷織は少し貶されていた。
「それで生天目は何を言ってくれるの」
「……その前にひとつ質問いいか」
そして俺は、誰も指摘しない、奥の列の端を指さした。
「なんで乙音がいる?」
「ちっすちっす生天目先輩。お邪魔してます」
「お前ひとつ下だろ」
「乙音ちゃんはねー。みんなの妹みたいなものだから……」
そういいながら緑川が乙音の頭を撫でまくった。
「ふふん。ボクは愛されキャラなので。センパイもボクが居ないと物足りないでしょ」
「むっかー」
「おー。生天目先輩が喜んでる喜んでるー」
なぜだかずっと逆撫でされるような感じだ。
たしかに、母親と対峙した時の吐瀉物を率先して処理してくれたのもこいつだし……。こいつ本当に何を考えて今までそばを付きまとってきたんだろうか。まあこの際、どちらでもいい。こいつにも助けられて今に至るってだけだしな。
「それでそれで、皆さん何を頼むっすか」
「じゃあ私明太もちチーズ」
「俺、この擬似ナポリタンっての気になるな」
「では私はチーズカレーを」
「わ、私明太もちチーズで」
緑川、夏向、氷織、三上がぞろぞろと注文を言い出す。それを乙音は指を数えている。まさかこいつ幹事してる? 緑川め、幹事が面倒くさくなったか。
「センパイはどうします」
「……まず第一、なんで打ち上げがもんじゃなんだ」
「昨日は焼肉行ってたらしいですし、連日は胃もたれするっすよ」
「そうだけどさ……」
俺はメニューを見ながら、なれない料理に注文を決めあぐねる。麻婆豆腐やら、カルボナーラやら。もんじゃというのは奇を衒わないといけない決まりでもあるのだろうか。
「……じゃあカルボナーラもんじゃで」
「了解っす。じゃあ定員さん呼ぶっすね」
そうして、上級生よりも手馴れた乙音が、幹事としてこの場を仕切った。緑川や、それでいいのか。
ほどなくして運ばれてくるもんじゃはすべて器に入っていた。確かこれを鉄板に伸ばして刻んで、焼きあがるのを待つんだったよな。
少し緊張しながらへらを探したが、それは緑川の手中にあった。
「んじゃあ本場仕込みの腕、見せてあげるから!」
そうして緑川が鉄板の上でズダダダダと明太もちチーズもんじゃを刻み始める。まだ固いであろうもちがみるみる刻まれ全体になじんでいった。
こいつ関西生まれだったんだ……。
しばらくののち、全員のもんじゃが順番に出来上がっていくので、それぞれにそれをつまむ。
うん。カルボナーラ、意外に行ける。でもわざわざもんじゃにしなくてもいいんじゃないかな。
そうしてみんながもんじゃという食べ物に興味を示している中で緑川が切り込んだ。
「にしても、やっぱりうちらの劇、大成功だったよね」
「それもそうだね」
「っすね!」
三上、乙音が賛同する。
そんななか俺は黙々ともんじゃを食う。ベーコンがいい感じにもんじゃに触感を与えている。
若干癖になってきたかも。
でも塩っけが少し強いから少し水を……。
「でもやっぱり、まさか生天目君が特別賞をもらうなんてね」
「まさかまさかのどんでん返しだったね」
……うん? いま、名前を呼ばれたか。いや気のせいだろう。
「生天目君が身をもって氷織を守ったの、かっこよかったよね」
「ストーリーともリンクしてたから、観客も演出に見えたらしいし」
「あの場で誰より主役だったな」
「ぶふぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」
含んでいた水をはきだした。
「……お、俺が、なんだって?」
「生天目君が」
「準特別賞で」
「一番輝いてたよねって」
「……マジ、で?」
「「「「「マジで」」」」」
ええ?
「お、俺はべつに、あの時は無我夢中で」
「じゃあ本当に生天目君、あのとき『ごきげん』になってたんだ」
そういうふうに言われると少し恥ずかしさが勝つ。首肯の代わりに席の隅へ……。
「ダメだぞ賢治」
「そうっすよ先輩。先輩の居場所は誕生日席です」
「嫌だっ! 嫌だっ! 真ん中は毒だっ!」
じたばたする俺を腕一本ずつで軽く押さえられる。
お前らは俺の保護者かって。
それを眺める氷織が口を開く。
「まあともかく、そのおかげで銀賞とれたわけですし。この劇はだれがどう見ても大成功、というわけですね」
「……。ぶふぉおおお!???」
「賢治お前、何も含んでなかっただろうが」
「え、マジで?」
「マジです。生天目さんは早退したので知らないかもしれませんが」
うっそぉ……。
なんか、母野の下劣な喜び方が目に見えるようだ。
「ちなみに生天目さんは準特別賞。特別賞は脚本の方です」
「……。」
何だろう。なんかちょっと苛立つかも。
そんな中緑川がまた割って入った。
「まあまあ、世間話もいいけれど」
「世間話というか本題だろ」
「食べ放題の店に来たらやることといったら一つ! やっぱり全メニュー制覇でしょ!」
その一言で場面が凍る。
「……緑川?」
それって普通男の卓が悪ふざけでやって痛い目を見るものじゃないか?
「大丈夫大丈夫。みんな一緒の卓なんだもん。制覇も余裕だよ!」
そうしてみんなの制止を振り切り、タブレットからメニューを追加していく。
……しかしここは、食べ放題のチェーン店だ。そういう店は往々にして、小さな一品メニューが多いのである。
俺は不安に思って、もう一つのタブレットをつかってメニューを見てみる。
すると。ちいさめに『キムチ』のタブがある。それを押すとキムチが……6種類?
それにサイドメニューはお寿司屋で見るようなポテトだけじゃなくじゃがバター、芋餅、キノコなどなど、ふんだんなサイドメニュー。
普段なら喜ぶところだが今回ばかりは!
「やめろ緑川! ここは罠だ!」
俺も制止に乗り出そうと思ったとき。
「おまたせっしゃー。こちらほうれん草のナムル、もやしのナムル、ビビンバ、ショートケーキでーす」
「……しょーとけーき?」
緑川が目を丸くした。お前が頼んだんだぞ。
「緑川。この店はサイドメニューがやたら豊富だ。今からでもこんなマネはよせ!」
「で、でも、わ、私が始めた物語だから……」
「やめろぉぉぉぉ!!」
**
そして、俺たちは家に帰った。
「エレベーターの浮遊感が腹に来る……」
「うぷ……結構おなかが張ってますね」
あれから。大して好きでもないキムチを食べさせられ、すでに食べたことも忘れたもんじゃをもう一度食べ、緑川が最後の数品を食べきって終えた。最初はハッピーな打ち上げだったのに。最後はそれぞれ苦しそうな見た目で。
石井や、お前、来なくて正解だったな……。
「そういえば生天目さん、あの約束、覚えてます?」
氷織がお腹をさすりながら言う。
「……あ、なんかご褒美がどうとかだっけか」
「ええ。というわけで次の土日、テーマパークへ行こうかと」
「それって、あの、でっかい国立公園だっけか」
「ええ。アトラクションもたくさんありますし。楽しめますよ」
……正直、あまり興味はなかった。
けれどそれを提案する氷織の顔が、少し赤らんでるのを見て、首を縦に振るしか、できなかった。
「……うぷ」
「お前ほんとに大丈夫か!?」




