第55話:そして緞帳は燃えて〈救〉
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そろそろ、物語も終わる。考えてみれば、白雪姫という物語はなんだったのだろう。嫉妬に駆られた悪人が、無垢のヒロインを眠らせ、それを通りすがった王子が全てを掻っ攫い幸せになる話。どうしてそれが名作だと言うのだろう。小人はただの舞台装置で、消費されるナニカ。
真実の愛ってなんだろう。
例えば、こうやって白雪姫を思っているごきげんには真実の愛を語る資格がないと言うなら、何を持って。
真実と偽の違いはなんだろう。演技をしている自分は、紛れもなく今、ごきげんである。
……あの人は今、何をしているだろう。
流れるような黒髪は。
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舞台が切り替わっていく。パーティーのセット。王女を懲らしめるためにごきげんが張り切ったパーティー。後ろから刺股で取り押さえ、断罪をするというパーティー。
「おっ、ごきげん、すごく張り切ってるじゃん」
「ふふ、うん。頑張らなきゃ」
小人に訊かれ、張り切る俺。……彼には、これしかできないのだから。
そして、ダンスシーンに入る。小人たちはみなかわりばんこに隅で、小人同士で踊る。そしてその真ん中を王子と白雪姫が踊る。
それを彼は、ただ見つめる。そして俺だけは、刺股を持って、ノコノコやってきた王女を取り押さえために。まあ実際にはその前に、落ちて来たシャンデリアに殺されるのだけど。
曲は流れ、そして消えていく。このまま王女の光が袖から照らされてくる、それを俺が後ろから……。
……その時だった。
王子が白雪姫の1歩先を行った時。王女の上に落ちるはずだったシャンデリアがぐらついたのが見えた。上を見ると、紐を握っている女子が辛そうな顔なのが見える。
少し遠くにいる俺でもわかる。あれは、やばい。落ちると入っても、上から紐でゆっくり下ろすようにして、先生から許可を得たもの。手を離せば、木組みのハリボテとはいえシャレにならない。
俺は今舞台袖にいて、駆け出しても間に合うかわからない。あれは石井ならすぐに助けられる……。
シャンデリアが落ちる。気づけば僕は、光の中にいた。白雪姫の方へ無我夢中で駆け出していた。直線上にいた王子を払い除けて、その先に居た白雪姫を押し出した。
そして、――――――全てが暗転する。
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辺り一面が静まり返った。先程まで高クオリティな演劇が繰り広げられていたのに、流れは完全に止まっていた。観客は急展開に息を呑み、演者は台本外の出来事に、フリーズしていた。
『こ、こうして、白雪姫を身を呈して守ったごきげんは静かに、満足そうな顔で息を引き取ったのでした。王女は持っていた毒が発見されて終身刑、そして白雪姫と王子は末永く暮らしましたとさ。お終い!』
そして急に緞帳が降り始めた。それを受けた観客席は、どよめきと感嘆が半々といった様子だった。
「いやー凄かったねー」
「でも最後だけすごく駆け足じゃなかった?」
「これじゃあタイトルは『白雪姫』じゃなくて、『小人の一生』だな」
「さっきのシャンデリア、あれ男の子に当たってなかった?」
ザワザワと、しかしだんだんと人々が捌けていく。
その頃、緞帳の裏。
「賢治、賢治! 大丈夫か!」
夏向が揺するが、反応は無い。口元に手を当て、息を吐いていることを確認する。
「……生き、てはいるな。こいつを保健室に連れてく! 付き添い頼む!」
「わ、私が行く!」
そう言って、三上が手を挙げる。夏向は頷き、賢治を背負って歩き始めた。氷織はその姿を、ただ見つめるしかできなかった。手を伸ばそうとしたのに、その手の所在に困って、辞めた。
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……。俺は、どうしたんだっけ。確か、シャンデリアが落ちてきて、あれは金属製だから……。
……うん? いや待て。シャンデリアはハリボテだ。死ぬわけがない。そうだ、白雪姫は……白雪姫……。
そうだ、僕が……俺が?
「どうなって…………」
「そうだよ! 君は死んだ!」
何もかもが朧気な空間に、ただひとつ、明瞭でアホっぽい声だけが鮮明に届いた。
「お前は……」
「僕はごきげん。君と同じようなものさ」
「……は?」
わけがわからない。だってこいつは童話の、脚本の中だけだろう。
「僕は君が、白雪姫を守ろうとする、君の気持ちと姿勢と境遇が重なった、つまり僕は君なのさ」
「わけがわからない」
「わからなくてもいいよ。すぐに理解するから」
支離滅裂なことを言う。たかが端役に何がわかるのだろう。そう思った時。
「僕は、白雪姫を守りたかった。助けたかった。助けられた。でも、無理だった。君も同じだろう? だからあの時、体が動いちゃったんだ。そして君が白雪姫を助けたかっことで、僕は報われた。台本の外側でね」
たしかに、なんでもできるあいつのそばに居ること、それだけで何かができたとは思えなかった。無力感を、ずっと持っていた。……なんで? 別にできないことを無理にする必要は無いのに。なんでこんなにも彼女へ、返したいのだろう。
「そして君は僕と同じ、白雪姫……もとい、氷織を好きだからさ」
「………………は?」
一瞬、何を言われたかわからなかった。凪いだ景色。出処が分からない声だけが煩わしい。
「そうだとも。そうしか言えない。僕は白雪姫が好きだ! だからこうやって救えて、最後に僕の命が彼女の一部になって、幸せなんだ」
「んだよ、それ……」
そんなこと思うはずがない。死ぬなんてことは死ぬほど怖い。それに満足を覚えるなんて、そんなに生命に鈍感じゃない。……なのに。
「君はもう、答えを持ってるんだよ。緊張した手のひらを包まれただけで。不安な時に彼女がいるだけで。この学校に彼女がいるだけで。心が跳ねて、気持ちが楽になる。だから君はこの学校に居続けられるんだ」
「……ちがう」
「どうして?」
「ちがう!!」
俺が彼女を好きだなんて。そんなことは……だって、好きになっては、いけない人なのだから。……違う。俺が、俺が誰かを好きになるなんて、迷惑だから。好きでいても、それを相手に渡せる自信がない。それをもらう器がない。幸せそうなその様子を得られる身分にない。……愛されるということが、現実にあるわけが、ない。
「……認めなよ。君の心が拒絶しているだけ。でも、君はこの演劇で僕になった。僕の恋する気持ちを受け入れてしまった。共感してしまった。……今更追い出そうなんて無理だよ」
その時、声が遠ざかる感覚がした。
「おめでとう、僕」
そんな言葉を最後に、このおぼろげな空間が急激に確度を増していく。何も見えなかった暗闇が、視覚の暗闇へ変貌していく。そしてそのまま………………。
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気が付くと、白い天井があった。酷く清潔な場所。それは保健室だと、遅れて理解する。その直後に脳を貫く鈍痛。頭のてっぺんだろうか。
「ってー……」
「賢治!」
「お、起きたんですね!」
夏向と三上さんが俺の顔を揃って覗いているのに面食らう。
「あ、そ、そうだ。白雪姫は……」
「演劇の方か? それは上手くまとめてくれたさ」
「そうじゃなくて、氷織は」
「あ、ああ。何事もないよ。それより、お前の体の心配をしろよ。血が出てないにしろ、結構ガッツリいったんだぞ」
「そうか、無事か……良かった……」
「お前、マジで……」
夏向が驚きつつも嘆息。
「……お前、今日は凄かったな。鬼気迫るものがあったぞ」
「ですね。ごきげんが乗り移ったようでした」
……乗り移ったよう、というのはあながち間違いではない気がした。ならば、ともかく。
「まあ、全部無事だったなら良かった」
「お前が一番無事じゃないんだからな?」
ふと窓の外を見れば、もう日が傾いてきている。後夜祭ももうすぐだろうか。少し眠っていたようだが、それでも今までに経験した文化祭よりもずっと、楽しかったな。
俺が全て終わったような安堵の息を吐いた時。三上がおずおずと切り出す。
「そ、それでね。2人に謝らなきゃいけないことがあるんだけど……」
「どうしたんだ三上さん」
夏向の疑問符が浮かびきる前。保健室のドアから、声がする。
「その子は悪くないわ。私のせいだもの」
その声はまるで映画のワンシーンのようにお誂え向きの口上。それだけで、体の全てが警戒態勢をとるのにじゅうぶんだった。
「……不破」
「てめぇかよ……」
三上は申し訳なさそうに下を向いて「ごめん」と呟く。なぜ三上が来たのかは、多分そういうことだ。
「何の用だ」
「用も何も、母親が頑張った子供に労いの言葉をあげるのは当然でしょう。それも私の分野で。……本当によく頑張ったわね」
「……」
こんなにも作られた声色と顔で、なのに不思議と信じたくなるような説得力。なのに言葉に他意は感じられない。
「本当のことよ。白雪姫という題材をあの方向で解釈した脚本家の子とも討論はしたいけれど、この脚本ではいわば、あなたが主役みたいなものじゃない。……ひと月前とは大違い。本当によく頑張ったわ」
見ていたのか。おそらく三上経由で。
不破舞亜が咳払いをする。
「私が言いたいことはひとつだけ。これだけあなたに伝えたかったの。きっと今のあなたなら、わかってくれるわ」
「ね、演じるって、悪くないでしょう?」
その言葉に、俺の瞳孔が開く。手刀で絞められた魚のように固まってしまった。
演じるって、悪くないでしょう。
その言葉を、俺の中のごきげんが肯定してしまっているから。




