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忘却メズマリズム~清楚なお嬢様に催眠をかけたのに、ヤンキー人格が出てきて尻に敷かれたんだが~  作者: 春代 羽羽


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第48話:とある少女の追憶

 茜色の教室を破る声を、誰も持ち合わせていなかった。ただ一人を除いて。

 

「なんだ。練習するんじゃなかったの。緑川、お前が先導していたんだろ。やらないの」


 石井がその静寂を裂いた。それに呆けた緑川は石井を睨んで、それから、

「と、とりあえずもう1回、台本の読み合わせからしようか。どうせまだ序盤しか仕上がってないんだから」


 その声にしたがって、俺と夏向以外の小人役は集まる。

「あなた達はゆっくりでいいから。でも、小人役はこなしてもらうからね」

「あ、ああ。わかってる」

 夏向が応え、乙音は所在なさげにうろつく。結局3人で小人役を眺めることになった。

 俺もようやく気持ちが落ち着いてきた。……まだ、動悸がするけれど。

「あー……えーっと。先輩たちは白雪姫をやるんですね」

 話題を変えたがった乙音に乗るべく、俺も応じた。

「ああ。台本はオリジナルらしい。石井が王子役で八咫野が白雪姫役。俺らが小人役だ」

「へ、へー……」


 向こうで小人役たちがセリフを読み上げる。

 小人その1が、

「おいおい、近頃流行りのデカ女が俺のベッドを占領してやがるぞ」

 とアメリカンに。

 小人その2が、

「ワイのパンを食べたやつがいるんやが、なんの刑が打倒やろか」

 俺たちのパートは読み飛ばされる。

 小人その5が、

「拙者のクナイフが使われているでござる!」

 と忍者らしく。なぜクナイとナイフを合わせたのだろう。

 小人その6が、

「俺のオキニの椅子使われてんだけど。ダル」

 と気怠げに。

 小人その7が、

「キヒヒッ。ボクの釜から睡眠薬を飲んだやつが居るぜ!」

 と気狂いのように。


 そうやって序盤は滞りなく進んでいく。それを俺たちは見るしかできない。

「……なあ賢治。ごめんな」

「何が」

「守れなかった」

「……俺の方が、何も出来なかった。俺もお前も被害者だ」

 そう言って、俺たちは項垂れる。これ以上、重ねられる言葉もない。

 その時、近づいてくる、石井がいた。

「木下、お前、俺にあんなに言ってくる癖に、結局お前もその口だったんだな」

 そして俺の方へ向き直って、言う。

「それがお前の……いや、やめとく」

「なんだよ急に」

 石井はそのまま踵を返そうとする。

「……お前は俺と違う。ただそれだけ言っとく」

 そして教室の外へ行ってしまった。王子の出番は最後の方。彼は行っても大丈夫だろうけど。


 向こうで緑川が周りを見渡す。

「ここら辺で王子の声、石井、早く読み……ちょっ、どこ行った!?」

 ……ダメだったらしい。


「夏向、俺達も行くか」

「そうだな」

「乙音も見ていくか?」

「あ、そ、そうっすね」

 乙音が体育座りでピッシリと座る。

「……乙音。後で、ちゃんと話すよ」

「ハイっす」


 俺は乙音に背を向け、小人役の所に小走りで行った。


 ————


 その背を見ながら、ボクはいつか見た背を思いだした。

 ……ボクはたぶん、木下先輩よりも昔の生天目先輩を知っている。ずっと、知っていた。生天目先輩は、中学校でも生天目先輩だったから。


 ボクは昔、とあるラノベが好きだった。カラオケで先輩が歌ったあのラノベ。あまり人と話すのが得意じゃなくて、ずっとお母さんのパソコンを借りてウェブ小説を見漁っていた。そんななかそのラノベを読んで感動した。


 其の中で、ギャル属性をもちながらも一人称が「ボク」なんて、非常にアンバランスなキャラがいた。最初はそのキャラは場をかき乱すだけだったのに、40話で彼女は、主人公に言った。


「なりたい自分を、ありのままにしたっていいでしょ。だって、私は、そうしなきゃ生きられなかった」

 と。のちに、彼女は父親にあり方を強制されたり

 「ありのまま」でいるだけで息苦しかった過去が語られた。今まであまり好きではなかったキャラに、ただひたすら見とれた。今の、人と話せないままの自分も、もっとなりたい自分に作り替えてもいいんだと。


 それだけの言葉がひどくこころに刺さって、それだけの言葉でただ救われた。それからこの作品が大好きになった。

 

 レムノアというそのキャラはその後も喪失の主人公を救うような名台詞を数多残して、無事人気投票にて1位を獲得したのだが。

 そして仲間を増やそうとおもって中学校に入学し、そこにあったイラスト部に入部した。しかし、そのイラスト部にもそのラノベ好きを探したが、結局見つからなかった。その中で、部誌を目にした。文化祭の時だけ、部員からイラストを募ってプリンターでコピー本をつくるらしい。その中で、去年の部誌には、なぜか一番後ろに詩があった。

 短い文章だったのでさっと読めると思ったが、


「あの、部長、この詩って誰が書いたんですか?」


 そういうと部長は黙りこくった。周りを見渡すと、先ほどまで新入生に対する歓迎ムードがあったのに、数名が斜め下を向いたりむすっとしだす。

「榎本さん、それよりも、イラスト部の詳細について説明するから」

「……そんなに、詩は、タブーなんですか」

「まあ、うん。どうせ榎本さんは接する機会もないさ。気にしなくていい。ほら、イラストの描き方なら彼女に教わるといいよ。ほら、どんなキャラが描きたいとかあるかい?」

「えーと、皆さん知らないと思いますけど……」

「いいさいいさ。サ終してるマイナーゲームのキャラをずっと描いてる人だっているし」


 それに勇気をもらって、言ってみた。


「レムノアっていう、マイナーなラノベのキャラなんですけど」


 途端、また空気が凍てついた。


「榎本さん。せめてその名は金輪際出さない方がいい」

「え、え?」


 部長がボクに耳打ちする。

「さっきの詩の作者、彼のペンネームがレムノアなんだ。だから、せめてその作品の別キャラの名前を出してくれないか?」


 そこまで知って、やっと気づいた。何をどうしたらここまで嫌われることができるのだろう。この詩の作者は。いや、もしかしたら、むしろ……。


 それからボクは、調べた。その詩の作者を。聞き込みをした。一体、この学校でそんなに嫌われているのはだれだろうと。

 すぐに分かったとこと言えば、その人はそこまで嫌われているわけではなかった。ただ人と仲良くできなかった。それが最悪の形で表れたのがイラスト部。それとクラスメイト、その友人。あるクラスメイトが部でも一緒で、そいつに嫌われたことから悪い風評がだんだんとヒートアップしたようだ。

 そして、その人と会う機会は、思ったよりもなかった。だから、その人を見たのは一瞬だった。3時間目の教室移動で、新しい友達と渡り廊下を歩いているとき、ずいぶんと暗い人がすれちがった。思わず振り返ると、その背は丸く、起き上がることを諦めたような雰囲気があった。制服は綺麗だ。靴もある。

 でもしかし、その諦めを帯びた背に、ボクは声をかけることができたはずだった。

 そんなに孤立する人に、ボクきっともしかしたら、共通の趣味を持ち寄って話せたかもしれない。ボクが居れば、彼はきっとそんな思いをせずに済んだかもしれない。きっと楽しい中学生活があったかもしれない。


 これはきっと、後悔にも満たない何か。けれど、確かな過去の忘れ物。



 今、小人役の中で台本を読み込んで頭を掻く背中は、あの頃のような諦めではない。けれど彼の身に降りかかったものは、あの頃より大きい。それでも、彼はきっと、ううん。絶対に、明るいところにいける。行ってほしい。


 ——行かせる。これが、ボクたちがやるべきこと。

 先輩といるのは、楽しい。ボクのちょっかいに付き合ってくれるし、イジり甲斐もあるし。でもやっぱり一番大きいのは。


「ずっと、見てるっすよ」


 彼の行く末を。見ることしかできなくても。絶対。

土日投稿になると思います。よろしくお願いします。

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