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忘却メズマリズム~清楚なお嬢様に催眠をかけたのに、ヤンキー人格が出てきて尻に敷かれたんだが~  作者: 春代 羽羽


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50/55

幕間:コールアンドレスポンスはほどほどに

 これは、夏休みの一行における、氷織が恐怖したというカラオケの記録である。

『それじゃあいきますね!』


 乙音がマイクを通して曲を入れた。昨今話題のポップなアイドルソング。きっと多分、ピックトック辺りで人気なやつなんだろ。知らんけど。そして画面にはアイドル関係ない、おばさんが可愛い部屋でなんか動いてる映像。毎度思うが、何を見せられているんだろうという気持ちになるよなこれ。


『可愛くないはずないでしょ? あなたの好みの女の子なの♪』


 ああいかん。冷笑したくなってしまう。ネットに阿るように「可愛い」とかそういう言葉を多用して、「可愛い」と言って欲しい一般人共が挙って自分のためのBGMに使う曲そのものだ。それに限って歌の方は……やめとこっと。

 まあ内輪で「流行りの曲なんだよねー」でやる分には何も不快ではないし。


 サビに進んで、アップテンポでキャッチーで可愛い展開が重なっていく。隣で不思議そうに見ていた氷織も、気づけば体を微かに揺らしてノっていた。

「なんだかいいですね、明るくハッピーになれる感じで」

「……だな」


 冷笑は、現実では恥ずかしいことだったんだな。


 そして曲はすぐにアウトロまで終わってしまう。

「ふう。やっぱノリ重視の曲はいいっすね。内容がないから1曲目に最適っすわ」

「今日も喧嘩売ってるなお前」


 なぜ俺たちはここにいるのか。簡単に言えば、

「実は言ったことないんですよね」

「ならば」

「教えるっす!」

「ヲタクの!」

「カスのノリを!」

 と。そんなこんなで今に至る。

「それじゃあ俺はこれで行くか」

 俺が昔から見ていたラノベのOPを入れる。

「あ、先輩もそれ好きなんすか?」

「乙音、お前もか……何巻からだ」

「……ウェブサイト投稿で50話からっす」

「!」


 この作品はラノベ黎明期の残り香を孕んだ、ラノベ飽和期前最後を駆け抜けた名作異世界転生モノ。しかしアニメとなるまではあまり有名ではなかった。俺が中学を卒業したあたりでのアニメワンシーンがミームとなり、有名になったのだ。しかもウェブ連載など大昔。2巻の話が出始めたあたりだ。


「どうせ先輩はレムノアとかが好きでしょ」

「……なぜわかる」

「そんな顔してます」


 まさかの、こんなところに同志がいたとは。中学時代は俺だって……。


「あ、あのー、生天目さん、よろしいのでしょうか」

「何がだ?」

「おそらくですが、曲、始まってません?」


 モニターを向き直ると、画面下部で青色に変わっていくAメロの歌詞。しかも中盤。

「あああああ!! $%€%x」


 言葉が全て混ざってなんともいえない声になってしまった。だがそこから立て直し、サビはもちろん、歌い上げる気持ちよさ前回の曲展開。


「ふー。歌いきったー」


 無論俺は、人並みだ。歌声に着いてとやかくは言わないで欲しい。


「じゃあ次は、八咫野先輩どうです?」

「そう、ですね。では知っている曲を。……あまり盛り上がる曲ではないのですが」


 そう言ってマイクをとった氷織。そして予約がされ、画面に映し出されるのは、英題。俺も乙音も最初は首を傾げる。そして氷織が歌い始める。


「There is the sea. There is me. There is you. I do not want anything.」


 落ち着いたバラードだった。低音をしっかり弾いたピアノのみが、氷織の歌を支える。


「I wanna be with you. So please gaze at me. I can’t walk without you. I believe you aren’t weak. I can only stand by you. you can only take my hand. 」


 おそらく流暢なのだろう。流れるような、柔らかい声がマイクのエコーで増幅され、狭い一室にはもったいない豊かさを醸す。


 そして流れるままにサビの盛り上がりをピアノが演出する。そして――。


「I'm ready to go into your darkness because you’re my hero.」


 刻むような、それでいて押し上げる伸びやかな旋律が奏でられる。そしてここまで聴いて、やっと曲が思い当たる。数十年前から有名な映画の挿入歌だ。さすがの俺でも知ってる曲だ。続く、続く歌声。歌いなれているというわけではなさそうだが、声がいい。か細さを持ちつつも壮大なピアノに乗って見える。


 気を取られているうちに、呆けているうちに曲が終わってしまった。氷織がぱっと振り返る。

「ふう。やっぱり大音量に乗せると全然違いますね! 楽しいです!」

 しかし俺も乙音も、彼女の歌声に聞き入ったままで、天井を見ているのかモニターを見ているのか定かではなかった。

「……あ、あの。二人とも?」

「あの。円盤はありますか」

「え、えんばん? なんですかそれは……UFO?」

「なんか、ありがとう」

「生天目さんまで??」


 氷織の眼前に手を合わせる二人。異様な光景である。

 フッと画面が移り変わる前、モニターに映し出された点数は93点だった。99点でいいと思う。


「そういえばお二人は、カラオケにもよく来られるんですか?」

「俺はない。あると思っていたのか」

「微塵も」


「ボクも、そういうノリは避けてるんすよね。好みがオタクすぎてどうせ伝わらないんで。というか最近は氷織先輩たちと遊ぶのが一番楽で楽しいっす」

 と言いながら、乙音がマイクを手に取る。そしてモニターに新しい曲のテロップが流れる。それを見た俺は……目つきを変えた。


 モニターにはMVが流れ、可愛い装飾音やらにまみれたアイドルソングが流れ始める。乙音は声をつくり曲を原曲らしく歌い上げる。俺はモニターをにらみ、機を待つ。しかし何も知らない氷織はまだ歌の余韻があるのか、俺に話しかけた。

「もしできれば、夏休み中にもう一度……」

「あ、すまん氷織。時間だ」

「じ、時間?」


『それじゃあ皆!いくよ~!』


『可愛さ~?』

「満点!!」

『それだけじゃ~?』

「バッテン!!」

『くるっと!』

「回転!!」

『出会いは~!』

「売店!!」


『もしかして~胸の大きなあいつを見てたの? 君をずっと見てたのは私の方なのに』


 氷織が不思議そうに声を漏らす。

「……びっくりしました。まさかこんな勢いのあるコールアンドレスポンスがあるとは。というか生天目さんも……」


『だから何千回!』

「何万回!」

『振り向かせる!』

「何億回!」

『生まれ変わっても!』

「ガチ絶対!」

『い、いっしょに居てあげなくもないんだから~!!!』


「……なんですかこれ。」

「芹那ちゃんという、素直じゃないのに成長や時間経過が素直すぎるキャラの持ち歌、『NAJIMI☆リベンジ』だ。声優さんの絶妙な実在感が作品に息吹を与えているんだ。梅松彩芽さん、演技派だなぁ」

「なにが、なんだか……。というかよくそんな声出せますね」

「通過儀礼、イニシエーションというやつだ。Idoling B@sterファンは、いやプロデューサー諸君は全員出来る。俺は最新シリーズしかやっていないがな」

「え、ええと? な、なにのなんですか?」


 Bメロのコールアンドレスポンスが終わってサビをノリノリで歌い上げる乙音。ちゃんと原作通りのしゃくり方をマスターしている。さすが乙音。オタクの鏡だ。


 そんな野太い掛け声と何を言っているのかわからないセリフ調のBメロに、氷織は一歩、席を後ろに移したとさ。

 おしまい。

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