幕間:コールアンドレスポンスはほどほどに
これは、夏休みの一行における、氷織が恐怖したというカラオケの記録である。
『それじゃあいきますね!』
乙音がマイクを通して曲を入れた。昨今話題のポップなアイドルソング。きっと多分、ピックトック辺りで人気なやつなんだろ。知らんけど。そして画面にはアイドル関係ない、おばさんが可愛い部屋でなんか動いてる映像。毎度思うが、何を見せられているんだろうという気持ちになるよなこれ。
『可愛くないはずないでしょ? あなたの好みの女の子なの♪』
ああいかん。冷笑したくなってしまう。ネットに阿るように「可愛い」とかそういう言葉を多用して、「可愛い」と言って欲しい一般人共が挙って自分のためのBGMに使う曲そのものだ。それに限って歌の方は……やめとこっと。
まあ内輪で「流行りの曲なんだよねー」でやる分には何も不快ではないし。
サビに進んで、アップテンポでキャッチーで可愛い展開が重なっていく。隣で不思議そうに見ていた氷織も、気づけば体を微かに揺らしてノっていた。
「なんだかいいですね、明るくハッピーになれる感じで」
「……だな」
冷笑は、現実では恥ずかしいことだったんだな。
そして曲はすぐにアウトロまで終わってしまう。
「ふう。やっぱノリ重視の曲はいいっすね。内容がないから1曲目に最適っすわ」
「今日も喧嘩売ってるなお前」
なぜ俺たちはここにいるのか。簡単に言えば、
「実は言ったことないんですよね」
「ならば」
「教えるっす!」
「ヲタクの!」
「カスのノリを!」
と。そんなこんなで今に至る。
「それじゃあ俺はこれで行くか」
俺が昔から見ていたラノベのOPを入れる。
「あ、先輩もそれ好きなんすか?」
「乙音、お前もか……何巻からだ」
「……ウェブサイト投稿で50話からっす」
「!」
この作品はラノベ黎明期の残り香を孕んだ、ラノベ飽和期前最後を駆け抜けた名作異世界転生モノ。しかしアニメとなるまではあまり有名ではなかった。俺が中学を卒業したあたりでのアニメワンシーンがミームとなり、有名になったのだ。しかもウェブ連載など大昔。2巻の話が出始めたあたりだ。
「どうせ先輩はレムノアとかが好きでしょ」
「……なぜわかる」
「そんな顔してます」
まさかの、こんなところに同志がいたとは。中学時代は俺だって……。
「あ、あのー、生天目さん、よろしいのでしょうか」
「何がだ?」
「おそらくですが、曲、始まってません?」
モニターを向き直ると、画面下部で青色に変わっていくAメロの歌詞。しかも中盤。
「あああああ!! $%€%x」
言葉が全て混ざってなんともいえない声になってしまった。だがそこから立て直し、サビはもちろん、歌い上げる気持ちよさ前回の曲展開。
「ふー。歌いきったー」
無論俺は、人並みだ。歌声に着いてとやかくは言わないで欲しい。
「じゃあ次は、八咫野先輩どうです?」
「そう、ですね。では知っている曲を。……あまり盛り上がる曲ではないのですが」
そう言ってマイクをとった氷織。そして予約がされ、画面に映し出されるのは、英題。俺も乙音も最初は首を傾げる。そして氷織が歌い始める。
「There is the sea. There is me. There is you. I do not want anything.」
落ち着いたバラードだった。低音をしっかり弾いたピアノのみが、氷織の歌を支える。
「I wanna be with you. So please gaze at me. I can’t walk without you. I believe you aren’t weak. I can only stand by you. you can only take my hand. 」
おそらく流暢なのだろう。流れるような、柔らかい声がマイクのエコーで増幅され、狭い一室にはもったいない豊かさを醸す。
そして流れるままにサビの盛り上がりをピアノが演出する。そして――。
「I'm ready to go into your darkness because you’re my hero.」
刻むような、それでいて押し上げる伸びやかな旋律が奏でられる。そしてここまで聴いて、やっと曲が思い当たる。数十年前から有名な映画の挿入歌だ。さすがの俺でも知ってる曲だ。続く、続く歌声。歌いなれているというわけではなさそうだが、声がいい。か細さを持ちつつも壮大なピアノに乗って見える。
気を取られているうちに、呆けているうちに曲が終わってしまった。氷織がぱっと振り返る。
「ふう。やっぱり大音量に乗せると全然違いますね! 楽しいです!」
しかし俺も乙音も、彼女の歌声に聞き入ったままで、天井を見ているのかモニターを見ているのか定かではなかった。
「……あ、あの。二人とも?」
「あの。円盤はありますか」
「え、えんばん? なんですかそれは……UFO?」
「なんか、ありがとう」
「生天目さんまで??」
氷織の眼前に手を合わせる二人。異様な光景である。
フッと画面が移り変わる前、モニターに映し出された点数は93点だった。99点でいいと思う。
「そういえばお二人は、カラオケにもよく来られるんですか?」
「俺はない。あると思っていたのか」
「微塵も」
「ボクも、そういうノリは避けてるんすよね。好みがオタクすぎてどうせ伝わらないんで。というか最近は氷織先輩たちと遊ぶのが一番楽で楽しいっす」
と言いながら、乙音がマイクを手に取る。そしてモニターに新しい曲のテロップが流れる。それを見た俺は……目つきを変えた。
モニターにはMVが流れ、可愛い装飾音やらにまみれたアイドルソングが流れ始める。乙音は声をつくり曲を原曲らしく歌い上げる。俺はモニターをにらみ、機を待つ。しかし何も知らない氷織はまだ歌の余韻があるのか、俺に話しかけた。
「もしできれば、夏休み中にもう一度……」
「あ、すまん氷織。時間だ」
「じ、時間?」
『それじゃあ皆!いくよ~!』
『可愛さ~?』
「満点!!」
『それだけじゃ~?』
「バッテン!!」
『くるっと!』
「回転!!」
『出会いは~!』
「売店!!」
『もしかして~胸の大きなあいつを見てたの? 君をずっと見てたのは私の方なのに』
氷織が不思議そうに声を漏らす。
「……びっくりしました。まさかこんな勢いのあるコールアンドレスポンスがあるとは。というか生天目さんも……」
『だから何千回!』
「何万回!」
『振り向かせる!』
「何億回!」
『生まれ変わっても!』
「ガチ絶対!」
『い、いっしょに居てあげなくもないんだから~!!!』
「……なんですかこれ。」
「芹那ちゃんという、素直じゃないのに成長や時間経過が素直すぎるキャラの持ち歌、『NAJIMI☆リベンジ』だ。声優さんの絶妙な実在感が作品に息吹を与えているんだ。梅松彩芽さん、演技派だなぁ」
「なにが、なんだか……。というかよくそんな声出せますね」
「通過儀礼、イニシエーションというやつだ。Idoling B@sterファンは、いやプロデューサー諸君は全員出来る。俺は最新シリーズしかやっていないがな」
「え、ええと? な、なにのなんですか?」
Bメロのコールアンドレスポンスが終わってサビをノリノリで歌い上げる乙音。ちゃんと原作通りのしゃくり方をマスターしている。さすが乙音。オタクの鏡だ。
そんな野太い掛け声と何を言っているのかわからないセリフ調のBメロに、氷織は一歩、席を後ろに移したとさ。
おしまい。




