第46話:ぎゅ
その日の夜。俺はなぜだろうか、灯里にパシられ、俺の部屋でかってにパ○コを食べられている。
「これうんま。こういうやつなんだ」
「食ったことねえのか」
「ふん。あたしはちょっと前までなにも食べられなかったんだから。友達もいなかったし」
「ふっ。甘いな。自分がボッチと割り切れば、二人用アイスの一つや二つ、一人で食べることになんの罪悪感もわかなくなる」
するとすごく憐れみの目で見られた。ふん。なんとでも言え。そんなもの脳内の自分に言われなれている。灯里はパ○コを吸いながら甘さに顔をほころばす。最近になって、こいつって存外単純だよなぁと思う。
「あ、そうそう。あの子、そろそろ本気で歩き始めるわね」
「あるき……?」
「土曜日に誘われているでしょう。あれの行先、市民プールだし」
そこまで言われてやっと思い当たる。そういえば氷織、自力で泳げるようになるって言っていた。それを実行せんと、俺を誘ったのか。
「うーん。俺、やっぱ要らねえよな? 俺だって水泳なんてできねえし。コーチかなんかが必要じゃねえのか」
「そういう意味じゃないのよ。察しなさいよばーか」
灯里は3割くらいまでアイスを吸い、俺を真っすぐ見た。
「あんたじゃなきゃ、あんたがいることが重要なんでしょ」
「あー……あ?」
鈍感なんだから、と灯里は言うが何も思い当たるものがない。ため息を吐かれて余計に混乱する俺。
「……あんた、あの子のことちゃんと助けなさいよ」
驚くほど真面目な声色で言われ、「お前今日は変だぞ」とも言えないで、俺はただうつむく。俺もちびちびパ○コを吸ってなんとか食べきる。
「そういや、灯里の料理、やっぱり男前だよな~」
「なに、喧嘩売ってんの」
「いやいやそうじゃなく。豪快な味付けで氷織は絶対やらないタイプの鶏肉のトマト煮だった」
「……どっちが好き?」
「時と場合による。どっちも食いてえ」
「バカねえ」
そういううちに灯里が俺のほうにもたれかかってくる。
「……んだよ」
「別に~?」
一気に、汗っぽさ、いや塩素の匂いも漂ってきた。これが、灯里と氷織の匂いなんだよなと思うほどに、またドキッとする。そんな自分にか、こいつの行動の読めなさにか、呆れてため息が出てしまう。
「賢治~」
「なんだ」
俺は呆れて目をそらしていた。そらしていたのに。
「ぎゅってして」
「……………………は?」
「いったじゃん。これからもたまにやってって」
「いつ」
「うーん。最初の方?」
そう、いえば? 言っていたような気も?
「結局言う機会なかったから、ほら、今やって」
「いや、なんで」
「いーから」
灯里が体を起こして、体に腕を回してくる。
「うーん。やっぱ汗臭いわね」
「お、おま、や、やめ……」
俺は女子耐性が著しく低いんだ! なんでこんなに急に距離がっ、ああなんかいい匂いする! 塩素も混じってるのに! なんかすっげえ!!
もう頭に熱が上って、右も左もおぼろげだった。
「……」
「な、なんか言えよ」
「……」
俺の体臭を嗅ぎ始める灯里。お、俺も嗅ぐべきか? ど、どうするべきだこれ! 前回はなんか雰囲気のままだったけど、今回はもう、何も雰囲気無く始まって困惑ったらない。
もう限界が近い、そう思ったとき、灯里の手が緩んだ。
「……ふう。ありがと、賢治」
「ど、どういたしまし、て?」
灯里はお風呂入るわね、と言って去ってしまった。……え。あいつこのまま泊まる気? ってのはさすがにないか。まあ着ていた制服をもう一度着るのだろうけど。てかそうであってくれ。マジで俺の動悸で心臓が持たん。
そしてあいつが消えてった風呂場を眺めた。
「……。あいつ、どうしたんだ?」
俺はやはり、灯里の心中が見破れなかった。
**
さて。次の日。とうとう王子役を決めるためのオーディションが始まった。脚本担当が昨日、勢い余って王子と白雪姫の見せ場のセリフを書き上げたそうで、クラスLIENに流したそうだ。なんと王子様が物語序盤で白雪姫とあっていて、そして毒リンゴを魔女に代わって届けた罪、そして目覚めさせた後の感動シーンなど。原作ではそんなシーンないのに。ラブコメを書くシナリオ担当のせいだ。ちなみにそいつも王子役に立候補している。この下心星人め。
そのセリフを読み上げる男子3名と女子2人の候補者。しかしまあ、学生の演技だ。大根どころか箸にも棒にも掛からぬ某演技。あたりまえではあるけれど。対して、白雪姫のセリフを読み上げる氷織が際立ってうまく見えた。もちろん素人集団に紛れているからかもしれないが、学生レベルなら即投入でいいんじゃないだろうかと思うほど。
「さて、これで候補者が全員出そろいまいたね……」
クラス委員がクラスに呼びかけた時、隣の席の夏向が手を挙げた。
「いや、もう一人候補居ますよ。遅れてくるんですが」
「えっ……と? 今日は全員出席のはずですが」
「いやだなぁ。もう一人いるでしょう。このクラスは37人なんだから」
そのとき、教室後方のドアが開く音がした。
「あ、すいません。その、遅れました」
そういって顔を出したのは――あの石井だった。
「「――!?」」
俺も、おそらく氷織も、彼の姿に驚愕する。そしてクラス委員長はそんな俺らをよそに呼びかける。
「ああ、石井君。そういえば休学明けだっけ」
「あ、うん。一応昨日付けだったんだけど。それで、白雪姫の王子様役だっけ」
「ああ。王子役のセリフをいくつか読んでもらうんだが、練習はしなくて大丈夫かな」
「ええ。大体頭に入れました」
そう言って、石井は席にはつかず壇上に上がった。そして呼吸を一つ。それだけで、景色が変わった気がした。
「ああ、白雪姫。僕のせいで、君はこんなに眠りについてしまったなんて。悔やんでも悔やみきれない」
氷織はその場に立ち目をつむり、眠る演技をしているのに、石井の演技で目が一瞬開く。
「……せめて、わたしはあなたを思う気持ちだけは本物だということを、証明したいんだ。だからどうか、目覚めておくれ、白雪姫」
そういって石井は氷織に歩みを進める。ここではオーディションのため、近づくのをキス判定とするが。途端にこの場ではそんな場面が行われているのだと錯覚した。氷織も緩やかに覚醒状態の演技を始める。
「王子様、来て、くださったのですね」
「白雪姫……ああ、私の白雪姫。目覚めてくれて、本当に良かった」
今にも抱き合わんとするシーン。しかしここで、オーディションで読む範囲は終わった。あまりにも一瞬のことだった。
石井と氷織が、教壇で見つめあっていた。氷織は上目遣いに、困惑の目で石井を見ている。そして石井は目をそらした。そしてその直後、クラスから歓声が起こった。
「なんだ石井、今の!」
「すっげ! 圧倒的だった!」
脚本家含め、男子候補者はハンカチを噛み、女子どもは石井にキャッキャ言っている。そういや石井はビジュアル強いんだった。それに氷織狂であることは、学校側の配慮で伏せられている。それとあいつが灯里に股間を蹴り上げられた動画も、今となってはだれも覚えていない。もともとこいつは、信頼自体はあった。俺はこいつの悪事を精いっぱい広めようとしたのだが、そこらへんで信じる人と信じない人半々だとか、そもそも音声だけだからこれはAIだとか。
だから結局、こいつが学校にこれないのは本人の意識の問題だったわけだ。
……正直こいつの復帰など喜べるはずもない。こいつのしたことと言えば許されるべきことではない。はずなのだが、石井の纏う雰囲気はどこかおとなしくて柔らかかった。
俺は隣の夏向に耳打ちする。
「オイお前、これはどういうことだ」
「あー、説明するよ。俺の友達」
「は!? おま、あいつの事情は話しただろ!」
「うん。でもこいつだっていいやつだぜ」
「おま……クソ。あとで早く聞かせろ」
にやける夏向を睨んでから黒板を見る。王子役……石井、白雪姫役……八咫野氷織と刻まれている。これで、全部の役者がそろった。あとは、稽古をつけるだけ……あ。
「そういえば俺小人役じゃん」
「おー。がんばー」
他人事のように言う夏向。小人役を読み上げる。
「えーと小人役は、賢治、三上さん、緑川さん、阿賀野さん、……あと、俺?」
夏向が俺の顔を引きつった顔で見る。俺は満面の笑みを返した。
「お前も、道連れだ☆」
「……いやだぁぁあぁあぁぁぁ!!!!!」
情けない夏向の声が教室に木霊した。




