第45話:陰キャを殺す行事筆頭 文化祭準備
クラス委員長が黒板前に立ってチョークを鳴らす。
「というわけで、夏休みも終わったところですが、今年も9月末に文化祭が開催されます。今年は体育館ステージでの出し物かクラス展示からどちらかを選ぶことになります。というわけで、まずは案を出してください」
真面目くさった声が響いた。俺は頬杖をついて眠って誤魔化す。俺の意見など何にもなりはしないのだから。
「うーん。手が上がらないな。じゃあそしたらみんなでTictakダンスを踊るぞ」
死ねと申す?
その声にクラスのギャルが声をあげる。
「でもさぁ。Tictakはいつもやってることだから、わざわざやりたくはないよ」
あ、そっち方面? 逆に飽きるんだそれ。
「じゃあ何がいいと思う?」
「じゃあ無難に演劇とか」
ギャルが言い、それにクラスメイトが賛同を始める。
それに俺は抗議のため立ち上がった。
「お? どうした生天目」
「い、いやぁ。演劇もいいけど、お化け屋敷とかジェットコースター制作とかさ、そっちでもいいんじゃないか。さすがに案が少ないだろう」
しかし周りからは「でもステージ発表のが自由時間あるし」「演劇にするなら早く決めた方がいいっしょ」「面白そうだし」だの。
あれ。待って? みんな決めるの早くない? 水族館に餌を投入した小魚の大群ぐらい群がるじゃん。
「んじゃあ演劇に決めるか」
「で、でも……」
俺は躍起になって止めようとしたが、聞く耳を持たなかった。
委員長が緩く「んじゃあ演劇が良い奴ー」と言うと大体半数が手を挙げ、そのまま決定となった。
……俺は突っ伏した。まさかこのまま決まってしまうとは。演劇だけは、嫌だったんだが。
そして演目は決まらず、明日の時間までに各自演目を調べて軽くプレゼンをしてもらうという事に。
「ああ後、演劇部ってこん中にいるか?」
委員長がクラスメイトに言うと、三上が手を挙げる。
「私、趣味でお芝居をやってて、それで知り合いもいるから、演技指導できると思います」
「それは渡りに船だ。うん。やっぱり演劇がベストチョイスだな」
嘘だろ。俺が項垂れているうちにチャイムが鳴り、クラスは途端に思い思いの会話を始める。
その時LIENが鳴る。氷織からだった。
『今日は何時にも増して積極的でしたね。』
『そんなに演劇が嫌でしたか。』
……俺はしばらく待ってから返信した。
『別に
演劇はクソ恥ずかしいから』
そう返してスマホをしまった。母親を思い出すから、なんて言えなかった。
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そして次の日、白雪姫をやるということになった。クラスメイトにラノベを書いてるやつがいるとかで、改変をしまくってオリジナリティを出すとかなんとか。
そして。
「……生天目さん、まさかの小人役ですか」
「無理……無理」
「たしか小人って、それぞれ名前がありましたよね。どれでしたっけ」
「俺は確か、ごきげん、だっけ」
「陰鬱なあなたには似合いませんね」
「俺が一番思ってるよ」
休み時間の教室で氷織が話しかけてきた。小人役ってのは「ハイホー、ハイホー」とか歌いながら姫の周りでわちゃつく役である。正直、ゴミだ。令和の学生はみんな、消極的になって誰かに押し付けまくって。誰もやりたがらないからって弱者をおとりにするでない。
と、愚痴をこぼしそうになるが。
「八咫野も白雪姫役だっけか」
「ええ。男子からの推しが強いなと、思ってしまいましたが」
こいつはやはり男子からの人気が高いんだよな。ここ数カ月関わってきて、それを嫌というほど納得させられた。好きでもない奴にここまでやっていけるものなのかと最近よく思う。そのせいで今度は王子様役が揉めに揉め、明日に引き継ぎとなったわけだ。
「生天目さんが王子様になっても良かったんですよ?」
「絶対嫌だ」
食い気味に否定すると苦笑された。
「……てかお前、俺に話しかけてて大丈夫なのか」
「と言いますと?」
「初めの方の約束で、学校ではかかわらないみたいなこと言ってたろ。いまガッツリ話してんじゃん」
まあ、関係の発端が発端だ。アプリのことなんて誰かに言うことはできないだろう。それに俺みたいなカスと仲良くしているのも、他男子の心象が穏やかではないだろうに。ああほら。後方の男子が睨んできてる。
「生天目さんは、わたしと話すのが嫌ですか?」
「嫌なわけはないが。お前は嫌じゃないのか」
「むしろ好きですよ。ですので、これからは学校でもよろしくお願いしますね」
「……おう」
俺は彼女が直視できなくなって目をそらす。こいつ。恥ずかしげもなくこういうことを言うんだから厄介だ。勘違いさせるゲームでもしているのか。
「ああ、そうそう。生天目さんは来月頭の日曜日、空いていますか?」
「んあ? まあ、空いてるけど」
「それと、土曜日は空いてますか? できるなら、毎週」
「まあ暇だからいいけど」
「ありがとううございます。あと、来月頭の日曜日は楽しみにしておいてください」
「ああ……あ?」
それだけ伝えると氷織は自分の席に帰っていった。なんだこいつ。俺は手持無沙汰に黒板を眺める。もう消されて文字は見えないが、先ほどまであそこに役柄の投票があったのだ。そしてふと、あいつは誰とキスするんだろうかと思った。
「……俺今、すっげえアホみたいなこと思ったな?」
あいつが誰とキスしようが関係はない。というか、たかが高校の学園祭。キスを本気でするわけがない。のだけれど。なぜか胸にもやもやしたものが居着く。なぜなのか、皆目見当もつかない。てかそういえば、それ以前に氷織の言っていた、楽しみにするべきことって、いったいなんだろ。なんか予定があるのだろうか。
俺は、隣の席に不在の夏向を確認する。とりあえず今日でまた俺の死亡フラグがたったことを夏向にLIENで教えておくか。
――――
そのころ、俺、木下夏向はアイツの家に、今日も来ていた。インターホンを鳴らすと、わかりきっているように扉が開く。二カ月もこもっていたからか、髪がぼさついている彼。
「……。お前、もう学校は始まってんだろ」
「いやぁ。なんか癖で。それより、今日も教えてくれよ。やっぱ東大の赤本はむずいわ」
「おれだってムズイっての。……はあ。上がれ」
そうやって、俺は石井宅に上がるのだった。玄関から上がり、扉を経てリビングへ通される。そしてなれたように麦茶が出される。
「おいおい。お茶ないのかよ」
「あるわけないだろ、鬱陶しい」
石井はとにかく迷惑そうな様子を崩さない。これでも夏休み最初のころとはまた大きく違うのだけど。そして石井は、いや、美彩はうんざりして筆記用具とノート、赤本と参考書を持ってきた。
「それで、今度はどこだ」
「この辺りなんだが」
「……はいはい」
俺は夏休みの用事がないときに美彩のところに勉強を教えてもらいに来ていた。むろん、俺と美彩は同じ大学の医学部を志望しているからだ。
「にしても、美彩ってなんで医学部志望なんだよ」
「……なんで」
「いい加減教えてくれてもいいじゃんか」
そういうと、美彩は目を背けて、ようやく言う。
「親が精神科医だから、中学の頃から惰性で目指してるだけ。ほかにやりたいこともない」
「ふーん。もったいないな」
「それをいうならお前こそ、なんで医学部なんだ」
「ん~? そりゃあ、ねえ。救いたい人がいるからな」
「あ? そんな理由で受けるやつが現実にあるか」
「まあ、そりゃそうだけど。でも本当なんだから仕方ない」
俺は美彩の家の天井の、謎のファンを仰ぎ見ながら答える。
「俺だって、無関係じゃないしな」
「何が」
「救いたい人の話」
「ケッ」
美彩は赤本の解説に戻る。こいつの解説は結構わかりやすくて、正直塾よりも効果を実感する。当の本人は、勉強ができないと言っているが、それでもあの高校じゃ最上位だ。それでも八咫野さんには劣るだろうが、申し分ない。
俺は、こいつの家に上がり勉強を見てもらいながらこいつの周辺状況を飲み込んでいた。石井美彩はいわゆるタイガーペアレントと呼ばれる親の元に育てられた。結果を出さねば愛を与えられない家庭だ。こいつは高校受験の段階で、第一志望校の判定が中3の秋にC判定に落ちたときから見放されていたのだ。女手一つで育ててきた母は、当時すでに偏差値70オーバーの高校の判定をAから落としたことがないと。見返そうと勉強をするも結局兼ね合いからこの偏差値64の高校へ。そして母親はもうすっかり見向きもしない、地獄のような、愛の足りない家庭で育っていた。
「……なんだ、木下」
「いいや? お前って案外いいやつだよなーって。なんであんなことやったのかわからないくらいに」
麦茶をグイっと飲む俺を見ながら、渋い顔になった美彩が答える。
「……あれは、今でも悪かったと思ってる。あんなつもりじゃなかった、なんて言っても遅いがな」
「まあ、それでもやり直せるのが人間ではあるけどな」
「無理だろ。俺は、もうあいつに合わせる顔が無い」
石井は麦茶を注ぎなおそうと冷蔵庫に向かった。
「そうだ。あいつに、八咫野に代わりに言っといてくれないか。……すまなかったって。できることなら何でもするし、今後一切近寄らないって」
「それこそ登校して、本人に言ってやれよ」
「無理だっつの」
そのとき、LIENがなった。賢治からだった。麦茶を注ぐ美彩に俺は言う。
「……美彩、やっぱりお前は学校行け」
「は?」
「ちょうどいい役があるぞ」
「……役ってなんだお前」
俺は美彩の肩を掴んで、「まあまあ。いいからいいから」とつぶやいた。




