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忘却メズマリズム~清楚なお嬢様に催眠をかけたのに、ヤンキー人格が出てきて尻に敷かれたんだが~  作者: 春代 羽羽


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第42話:昏迷

 俺は床に身を投げ出す。朝起きて机を見た瞬間、体の元気が全部もっていかれる感覚。これはあれだ。1週間の頑張りの反動だ。死ぬ。マジで。今日は何も出来ない……。そういえばいくらか余裕があったはず。つまり今日はやらなくてもギリオッケー。そう考えると一気に気が楽になった気もするが、明日以降にやる気が沸くとも思えないような、そんな脱力感。


 ダルい。いまの気分はこれに尽きる。なんならゲームすらだるい。寝たい。けど眠気もない。


 その時ヴヴヴとスマホがなる。乙音からだ。


『センパイ、勉強捗ってます?』


 おそらくは氷織から聞いているのだろう。


『絶賛燃え尽き中』

『今日はさぼっていいだけの余裕はあるけど』


『え、マジっすか?』

『んじゃあ一緒に出掛けません?』


 シュポという軽快な音に乗ってきた誘い。俺は脳死でOKを出した。


 **


 俺は近くのショッピングモールへ来た。


「おっ。生天目じゃないですか」

「なんでいきなり呼び捨て」

「留年するかなって」

「……あ゛?」

「うおっキレないでくださいよ」


 勉強疲れからか自分の感情のコントロールも効きづらい。いつもの応酬ですら序盤で本当に腹が立ってしまう。


「そんならまず行きますかー。とりあえず時間的にお昼でも食べましょう」


 乙音について行ってフードコートまで行き、そこで俺はペッパーランチ、乙音はなんか、サンドウィッチ? みたいなものを食べている。


「なんだそのサンドウィッチは……」

「なんかよくわかりませんけど、最近のJKの流行りらしいっス。まあ食べるだけでネットには上げないし、情報を食べるだけですね。限界まで具を詰めるのが映えるとかなんとか」

「その割には、なんか小ぶりで中も詰まってないな?」

「あたりまえっすよ。そんなトッピングしたらいくらになると思ってんすか。大体こういうのは味そのものは重視されないし。まあおいしいと思う組み合わせにしただけっすけど」


 乙音はハムとレタスにトマトと牛肉が適量挟まれたパンをほおばっていく。定番カスタムのそれはむしろつまらない。


「……なんか乙音って、ギャルのくせに冷めてるな」

「突然なんすか。ってかボク、ギャルっていうほどじゃないし」


 もしゃもしゃと食べ進める乙音。


「ボクは『趣味が合ったり同じ匂いのする人に強く出られる』のレベル30というか。ギャルって自負はあるっすけど、ぶっちゃけ好きな作品のキャラをまねてるだけですし」

「……マジで?」


 そういや最初からこいつは養殖ギャルだと思ってたしtwetterへの解像度も高いオタクだと思ってはいたが、それを忘れさせるくらいのこなれたコミュ力バリバリの立ち回り。しかしそれが好きなキャラの真似とは。そういや緑川と三上に囲まれているときにそんなことをちらりと言っていたような気も……?


「まーそんなんはどうでもいいんすよ。つーか今日は先輩の気分転換っすよ? まだまだこれからっすから」


 そういって半分まで食べ進める乙音。俺もペッパーランチを半分くらいまで食べ進めていた。


「そういえば、ペッパーランチってちょっと昔のトレンドでしたよね。結局食べなかったけど」

「……これって昔、なのか?」

「ちょっと一口もらっていいです? サンドイッチ一口あげるんで」

「あー。そうだな。ほらよ」


 と差し出してから俺は気付く。あれ、これ、間接キスじゃね? と。


 しかし何のためらいもなく、サンドウィッチに何故かついていたフォークですくって食べる乙音。なら、まあ……いいかという謎の諦念で俺はペッパーランチを差し出しつつサンドウィッチを食べると、なるほど無難に旨い。


「へーこんな味だったんすねペッパーランチ」

「悪く言えば、それどまりの味だけどな。旨いっちゃうまいけど」


「まーそんなもんっすか」


 俺たちはその後も食べ進め、フードコートを後にする。


 その後もゲーセンでクレーンゲームにキレ散らかしたり、アイスホッケーで勝てなさ過ぎてキレ散らかしたり……。情緒不安定がもろに出るなか俺たちはショッピングモールを楽しむ。


 そして四時くらいになっただろうか。今度はモール内のカフェにいる。


「なんで? さっき食べなかった?」

「何言ってんすか、ヒュタバはカフェであって飲食店じゃないんすから」


 さも当然と言わんばかりの乙音に、やっぱ最近のギャルはこえーと心の中で言っておく。


「それに恋バナと言えばでしょう」

「……え? こ、恋バナ?」

「まあメインの目的でもあるっすけど。氷織先輩のこと、好きですよね?」

「待て待て待て。いきなりなんだ。第一聞いてないし」


 乙音はやけに甘そうなコーヒーに口をつける。


「……先輩。これはHUF、氷織様のファンの乙音として訊いているんす」

「はあ? だから、それがなんだってんだよ」


「私は氷織様のファンっす。だから、いつまでもウジウジしているだけの男は、寄って欲しくないんですよ」


 冷えた目だった。


「なん……だよ。それ。ならもっと早く言えばよかっただろうが」

「……先輩は氷織様のこと、好きでしょう?」

「いや、そもそも俺みたいなのを氷織が好きになるわけないんだから」

「今は先輩が氷織様を好きかどうかっすよ」


 胸の内まで探られるような視線。


「べつ、に。あいつはあいつで……俺が、好いちゃ……そもそも俺が好きとか。…………」



 ――近頃、氷織と一緒にいるとき、胸が跳ねることが多かった。体の感覚が、彼女一つで一気に燃えて、彼女一つで一気に冷えて。彼女の存在をいやおうなしに感じて。


 それで……。……。それって。俺、は……?


「あ……」


 それでも、あいつの意思あるところも、あいつの料理上手なところも、別に好きだろうが、なかろうが……。

「いや、んなまさか」


 頭がぐるぐる、証拠を集め始める。


 今までだって、自覚の寸前まであって、それを無意識のうちに消し去って、忘れ去って……。


「俺……は……」


 ――――


 ボクは先輩の様子を見守る。氷織様は生天目先輩をすでに好きになっている。それをこのうじうじクソ陰キャにも打破させねばと、カフェで言ったのだ。


 氷織様の好意を聞いて、本当にこの人のことが好きなのかと、そんなわけがないだろうと、その場で質問攻めにもしたかった。生天目先輩を氷織様に取られるとは思ってもみず、一瞬諦めさせることも視野にあった。けれど、氷織様は生天目先輩を理解して、今の今までいるんだ。わかったうえで寄り添っているんだ。自分の力で行けない壁を彼と一緒に行きたいと、本当に思っているんだ。


 そして。そんな氷織先輩の横顔に、納得してしまった自分もいる。だから彼に発破をかけた。


 だから、彼の苦悶は、未届けなきゃいけない。いまも目の前で頭を回して、混乱と向き合っているのだから。


 それにもう少し時間もかかりそうだ。だってこの人、状況の見込めてなさ過ぎて呼吸も荒くなっている。まるで石井に催眠された氷織様のよう……え?


「…………生天目先輩?」


 生天目先輩の顔を覗き込む。顔面いっぱいの脂汗。焦点を失った眼球。不揃いな吸気。頭を押さえぶつぶつ宣う先輩。


「氷織がそんなダメだダメだ俺がそんなことをしていいわけがないのになのになんで俺はおれはおれは……。やめろやめろヤメテヤメテヤメテ……」


「先輩、先輩?」


 ボクの言葉は届かない。強引に彼の顔を上げさせる。顔が白い。まともな呼吸もせずうわ言ばかり繰り返す。


「なばためせんぱい? 賢治先輩!」


 彼は体をこわばらせる。異様な過呼吸が店内の視線を集める。


「せんぱい? しっかりしてください! どうしちゃったんですか!」


 彼の体を揺らせどうわ言が漏れるのみ。

 なんで、なんで?


 


 そして、そのときふっと、先輩の体の力が抜ける。隣の席のテーブルに頭を打って、倒れた。


「先輩、せんぱい!?」


 カフェ店内がざわつく。


「だ、だれか、きゅうきゅう、しゃ……って、あれ、なんばんだっけ?」


 ボクは頭に熱が上がったみたいで、思考がまとまらない。救急車の番号もわからない。


 その時、隣に女性が現れた。


「安心しなさい。119番は今したわ。様態の確認を急いで」


 ゆっくり言う彼女の声につられて、自分も早くなっていた呼吸が遅くなったように感じる。


「あ、ありが……」


 ボクが礼を言う前に彼女は立ち上がる。彼女は電話に向かって場所と様子を、救急隊員に伝えているのだろう。


「十分後に来るらしいわ。ちょうど近くに救急車があったから。よかったわね。もう大丈夫でしょう」


 そう言いながら、ロングの髪を揺らしてスマホの電話を切る。


「ありがとうございます……」

「いえ。困ったときはお互い様だもの。それに、デート中のカップルを放っておけないわ」

「いや、カップルとかじゃ」

「あら、そうなの? てっきり彼も……。ああ、そう」


 彼女は先輩をじっくり眺める。そして手元の財布から一枚の紙きれを差し出してきた。


「これ、私の名刺。彼の目が覚めたら、一報入れてくれる?」

「え、あ、はい……」


 流されるままその名刺を受け取った。その名前を何気なしに読み上げる。


「不破、舞亜さん……」


 彼女にもう一度礼を言おうとしたときには、彼女の姿はどこにもなかった。

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