第40話:来年の話
ドン、ドドドンと連続して打ち出される花火を俺たちは呆けて見ていた。
「……これ、どのくらい続くんですっけ」
「だいたい10分だな。ここ規模ちっさいから」
「は、早く席に戻りません?」
「そ……うだな」
俺が敷いていたレジャーシートに跨り、いつの間にクライマックスの演目を眺めていた。
「……綺麗ですね」
「っすねー」
数百の火の玉が形を織り成している。赤も緑も同じく広がって煌々と生を謳歌するように懸命になっている。ギリギリまで残るそれは、煌めくことへの執着と最大限光ることへの切望のようで、微かな火の玉から目が離せない。
やがて柳や2尺だまが混じってくる。
「来年も来たいな」
口から思わずこぼれていた。自分でも馬鹿なことを言ったと思う。けれど乙音が笑いながら。
「何行ってるんすか」
花火から目を離さず。
「用心棒は別の人を用意するに決まってるっしょ」
「は?」
氷織も口を揃える。
「たしかに。別の方がいいかもしれませんね」
「え、おい」
「あ、もうすぐ3尺玉が来るっすよ」
そう言われて空を見ると、いつの間に止んでいた黒い空に1つの花火が打ち上がり、そして消え、次の瞬間ふた周りも大きい大輪が咲く。
「……おお」
俺達も声が漏れる。
そして上機嫌なアナウンス。
『これにて花火大会終了です。お忘れ物無いよう、気をつけてお帰りください』
そして、花火を見られなかった時間を埋め合わせるように、なんとなくでしばらく座っていた。
**
そして揃って帰路につく。座っていた間はあまり話さなかったのに、いつの間にか会話は弾んでいた。
「本当にありえないっスよ。なんスかあの救い方は! ラブコメ展開としては0点もいいとこっすよ!」
「るっせーな! ちゃんと撃退できただろ!」
「最近上がり気味だった先輩への好感度は減退ですけどね。まさかシモの方法で救われるとか」
「頭脳プレイと呼べや。こんなやり方どのラブコメ主人公だってやんねえぞ」
「やるわけないでしょうそんなキモイやり方ァ!」
「ぬぁにおぅ!?」
俺と乙音はいがみ合う。それを氷織が「まあまあ」と宥めるまでがワンセットである。
「乙音さん。いくら気色の悪い方法であったとしても救われたのは事実ですから」
「あれ。酷くないか」
「当然でしょう」
笑っていない目元でにこやかに言われる。
「そういえば海でナンパされた時も、結局生天目先輩はなんもしてくれなかったじゃないっすか」
「あれっ、は……何もしなくても解決してたからだろ」
お、おれは悪くないぞ。今回だってベストを尽くしたんだから。
「あ。ボクこっちなんで」
「おー」
乙音が道を外れる時、何やら氷織に耳打ちしてから、手を振って離れていった。
何を言ったのかも気になるが……それより帰路が氷織と2人きりとは。
まずい。心臓がちょっと痛い。氷織と帰る程度で……夏休み中とか、普通に家に上げていたはずなのに。浴衣姿の彼女を前にして、セミのまばらな鳴き声だけの無言で、どうしても女性を感じてしまう。暗い道で分からないが、氷織の顔も若干赤っぽい……? 気もする。
……まずい。これ、何を話すべきだ。あ、いや別に話す必要はないのか。どうせこの関係性上、また会うんだから。無理して沈黙を破る必要もないんだ。
おれは無口を決め込もうとした。しかし氷織が静寂を破った。
「今日は、楽しかったですね」
「……おう」
心臓がうるさくてまともな返事ができない。落ち着こうと氷織以外へ意識を向けるよう努める。
「生天目さんは、花火は見た事ありますか」
「間近では、初めてだな」
「そうですか」
そしてまた漂う無言。
数十本歩んでからまた氷織が口を開いて。
「そういえば、まだ訊いていませんでした」
そう言って氷織は駆け足で俺の目の前で向き合う。
「浴衣、どうですか」
目の前に現れた氷織に言葉が出ない。綺麗だとは思うのに渡せる言葉を持ち合わせていない自分がもどかしくて情けない。
俺はただ目を背ける。
「い、いいんじゃ、ないか?」
「そうじゃなくて」
突如俺の頬に手が伸びてきて、無理やり氷織と目を合わせられる。
「好きですか?」
「なっ!?」
好きという言葉に心臓が過剰反応する。
「……何を想像したんですか? 浴衣のことですよ」
「え、あ……」
顔を覗き込まれてまた耳が熱くなる。
「確かに、乙音さんの言う通り、生天目さんをからかうのは面白いですね」
気づけば、セミの音すら気にならないほど、彼女の声しか耳に入らなくなっていた。胸が高鳴る感覚。
「それじゃあ生天目さんは、私のことは……」
「な、なあ。コンビニ寄ろうぜ。俺かき氷よりもバニラアイスのほうが好きなんだ」
情けなくもおれは話題をそらす。祭りでかき氷を食べたあとだ。甘いものを食べる気は微塵もなかった。でも、そうしないと体が持たない。
しかし頬に添えられた手が強く押さえられる。
「生天目さん」
「………………っ」
睨まれるとは思わず、たじろぐ。
「あなたに、お願いがあります」
「……な、なに」
「付き合ってくださいませんか。プールに」
……。
「は? プール?」
「私、泳ぎます。この停滞した自分を変えるために。私の憧れを、超えるために」
強い瞳だった。
「あなたも、来てくれませんか」
「……なに、に」
「私の克服を、あなたに見届けて欲しいのです」
瞳がまっすぐ俺を見据える。吸い込まれる。
「一緒に居て、くれませんか」
質問じゃない。
確認だ。
道連れの。
眩しい彼女の人生の。
「……なんで俺なんだよ」
「さあ。なんでだと思います?」
思い当たることなどひとつもない。
俺がいなくたってお前はいいはず。
「私は、貴方に居て欲しいんです」
前にも聴いた気がする。
なんでだ。
こいつは、どうして。
何故か胸が高なる。知らない景色。氷織がいつもと違って見える。
もっと、見たい。
見たいのは彼女の未来だろうか。それとも腹の内だろうか。それとも……。
おれはその瞳の言う通りに言った。
「……わかっ、た」
そういうと苦笑した氷織が手を離す。
「また、お祭りに行きましょうね」
口元に指を当てて氷織は言った。
「今度は、ちゃんと助けてくださいね」
「……ぜ、善処する」
「明言してくれないと」
「…………わかった。助けるから」
柄にもない言葉を引き出されて、気恥しさが込み上げる。
氷織はクスッと笑った。
「では、もうお別れですね」
「…………ぇ」
「だって私の家はあっちです」
そう言って進行方向と別を指さす。気付かぬうちに互いの家の分岐点まで来ていたのだ。
「では、また明日」
「あ、ああ。また」
彼女は歩きづらそうに小走りで帰っていった。おれはその背中を見つめるだけだった。
しばらく立ち尽くしてから、またセミの声が目立ち始める。じんわりと胸に浮かぶものがあった。
独りということをひとしきり認識してから俺は呆然と帰路を辿る。
家に着いて、灯りをつけ。ソファになだれ込んで天井を眺める。
ふとお腹が空いているように思ったが、祭りで食べた分もあり、あまり多くも食べられない。
億劫になって結局動けず、さっきまでを思い出す。
……氷織はすごい。ついこの前夢を、憧れの人物に打ち砕かれたばかりだというのに、この短期間で意志を固めた。克服すると誓った。
俺は、一体、何をしているんだろう。
おれは、ずっと進歩していないではないか。
俺も何か、あいつに顔向けできることを。
その時ふと頭に浮かんだ考え。電話帳アプリを開いて、あの連絡先を。
俺も、克服をしなければならない。
……俺の父さんを。
胸が疼く。死ぬほど電話などしたくない。しかし……て逡巡の間に。
その時電話が鳴る。父親だった。
4コール意図的に待ってから出る。
「………………もしもし」
『……賢治。元気か』
「ああ」
『夏休みだな。勉強は順調か』
「チッ。開口二番でそれか」
『…………』
「……」
1ヶ月ぶりの親子の会話。それすら上手くこなせない。
『お前は、私を憎んでいるか』
直球で訊かれ、戸惑った。
「……もう、憎みかもわからねえ。時間が経ったからな。……金は感謝してるけど」
『そう、か』
そして、親父は続けた。
『こうして電話したのは、他でもない。舞亜が、お前の母親がそちらに来ているという、忠告だ』
「………………は?」
おれは思わずスマホを落とした。
そろそろ更新頻度落ちます!すみません!




