第39話:ビバ!夏!カーニバル!
夏は、もうすぐ終わりを告げようとしている。残暑の湿っぽさが辺りを支配していた。
その湿っぽさを吹き飛ばすように乙音が言った。
「ビバ、夏祭り! っす!」
近場にちょうど夏祭りがあり、みんなの予定を示し合わせて今日、会場に来ていた。
なお、俺は普通に半袖短パンである。
待ち合わせ場所の公園に俺は着いた。待ち合わせの30分前ではあるが、既に乙音がそこにいた。
しかし。ラフな服装ではなく浴衣……浴衣ァ!?
紫陽花のような柄で、水色と淡い紫を基調とした浴衣は、乙音の胸部の膨らみを隠しきれなかった。デッカ。
「おっすおっす」
「おっす……え。なんスか先輩。半袖短パンッスか」
「え、お、おう」
「せめて何かしら飾り気ってものを備えないんすか」
「元々ちょろっと行こうぜみたいな雰囲気だったろ。そんなガチガチでやってくるとは思わなかったんだよ」
乙音は冗談めいて言う。
「そんな気の使えないボケカスだから未だに彼女できないんすよ。知ってます? 高校までの童帝は選ばれない規格外商品っすよ」
こいつ全童帝を敵に回したいだけじゃねえのか。
「ほら。場違いな先輩には私の浴衣に見惚れる権利をあげましょう」
「要らねっ」
俺は唾を吐くように言う。
「ハッ。そういう対応が陰キャを陰キャたらしめてんすよクソ陰キャ」
「あんだと?」
お互いにバチバチと火花を散らしているうちに離れたところから氷織の声が聞こえる。
「すみません。もしかして待てせてしまったでしょうか」
「ああ、いや、大じょ」
そういいながら近づいて来た氷織は、氷織も浴衣だった。
「…………おお」
「何が『おお』っすかまともな感想を言えバカ先輩」
動きづらそうにこちらへ小走りに来る氷織は金魚をあしらわれた赤の目立つ浴衣だった。
反射以外で言葉を放つ手段が無くなる。祭り特有の燈が彼女を淡く照らす様で、綺麗だった。
「すみません。待たせてしまったでしょうか」
「いやいや全然。ボクが早く来ただけっすから」
乙音が氷織と「それどこで用意したんすか」「駅前の着物屋さんで」「あー自分もそこと迷ったんすよねー」などと会話が繰り広げられているが、俺はタイミングを逃し何も言えない置物と化していた。
「じゃあ早速祭りを満喫するっすよ!」
「ええ」
そう言った乙音を先頭に氷織もついて行く。俺も3歩後ろを着いていく。あれ。女を立てる男はアカンですか。
「よーし! こうなったら焼きそばとたこ焼きと人形焼きをまずは制覇っす! 私焼きそば買ってくるんで、八咫野先輩はかき氷、生天目先輩は人形焼きを調達! また公園で集まる、はい解散!」
こうして乙音がちゃっかり仕切ってくれるからか、多分めぼしい店は全部制覇出来た。ちなみに俺に割り当てられた人形焼き、スーパーボール救い、カルメ焼きはどれもこの会場になかった。俺が無能みたいじゃないか。無能だけど。
そして射的屋に行ったり。
「あー生天目先輩チキったー」
「るせえな! 元取るためにお菓子の山撃って何が悪い!」
だったり。そして射的屋から離れる時の乙音は「あのスティッチ絶対釘で刺さってますって! 今から直談判っす商品掲示法違反っすー!」
「それを言うなら景品表示法だっつーの。あとそれを店の目の前で言うな」
「見てください生天目さん、金魚沢山取れました!」「……どうするんだその数」
「フリマアプリで売ります?」
「売れるまでに死ぬだろ金魚」
「あっ。ポップコーンが3000円だ」
「なぜテーマパークの値段を地元で払う必要が」
「ゴミ商売」
道行くお兄さんに「お兄さん。おっぱいに興味ないかい?」とチラシを渡され。
「生天目さん。軽蔑します」
「いや行かないって」
「なら捨ててくださいよ」
「…………」
「ほれみろぉ!!!!」
などなど。とにかく歩き回りながら満喫していた。このチラシは本当に何に使うわけもないぞ。うん。本当に。
そして花火大会の時間も迫ってきた。俺たちは河岸のいい席を確保でき、そこで腰を下ろした。
「……ちょっとチクチクするっすね。生天目先輩、レジャーシート買ってきてくれません?」
「あーはいはい」
おれはだるさを出しつつ近場のホームセンターに移動する。
「あ、帰りにラムネ買ってきて欲しいっす」
注文増やしやがって。まあでも花火見るなら必要か。おれはホームセンターまで軽く駆けて行った。
――――
河川敷で乙音が言った。
「……先輩。生天目先輩って変わりましたかね」
「なぜ、そう思うんですか」
「だって、この数ヶ月でいっぱいあったじゃないっすか。でも……なんか、何がとは言えないけど、生天目先輩、最近は見ていて痛々しいというか」
「そう、でしょうか」
ふたりして体育座りでいた。あと10数分もすれば花火のアナウンスが鳴るはず。人々もぽつぽつと座り込む人が増えてきた。
氷織が口を開く。
「乙音さんは、生天目さんが好きなんですね」
「いやそういうのじゃ……あー。いえ。誤魔化しは抜きにするっすけど、そういうのじゃないっすよ」
「そういうの?」
「ボクのは、単なる……いえ。この話は辞めるっす。本人が言わないことを、知らないことを言うつもりは無いっす」
「そうですか。てっきり乙音さんも私と同じかと思っていました」
「さすがにそんな……………………………………え?」
茶化して手を眼前で振っていた乙音が視線を氷織に戻す。目が飛び出んばかりに凝視していた。
「あら、乙音さん、気付いていなかったのですか?」
「いや、でもあの先輩を……親愛です?」
「そうですよ」
「あっなーんだ」
「時間の問題で恋愛になります」
「はいいいいいい!?」
乙音の絶叫が静けさを増してくる河川敷に轟いた。
「え、いや……まじ……っすか?」
「ええ。なんで彼を、とは、自分でも思いますが」
「……いつからっすか」
「そうですね。多分、人工呼吸のとき。若干の意識しかありませんでしたが、拒絶の念はなかったんです。それを認めてしまったら……不思議と意識してしまって」
乙音が「もしかして氷織先輩ってちょろい?」と呟いたのは氷織に届かなかった。
「でも、意外っすね。先輩が恋するなんて」
「自分でもびっくりです。先日彼が家に来た時、らしくない対応を……」
と、顔が曇る。
「そういえば、なぜ彼は……あの時倒れて……」
氷織は暗いそらの方を見る。
「そういえば彼、人工呼吸のこととか、ぽかんとしていたような」
「それはないっすよ。だってあの時先輩、目に見えてキョドってましたし」
「そう、ですよね」
「……」
「……」
無言が流れる。それに耐えきれなくなったのは乙音だった。
「あっそうだ。ポテト買ってきましょうよ。先輩もうちょっとかかりそうですし」
「そ、そうですね」
そうしてふたりは立ち上がった。
――――
おれはちょっと遅れたかと思い走った。腕にレジャーシートとラムネを提げて。その時アナウンスが流れる。
『大変お待たせしました。花火大会開始です!』
そして次の瞬間には一際大きな大輪が夜空を照らした。やばいと思って元いた場所へ走る……が、そこに2人はいなかった。
「……」
嘘だろあいつら。せめて始まりには席ついとけよ。そう思いながら、まあ待ってやるかとレジャーシートを広げ、気持ちばかりにラムネを隅に置いてレジャーシートを固定する。
2発3発と花火が上がる中、ふたりは帰ってくる気配がない。どこに行っているのだろうか。
俺は会場を覗いてみる。
人形焼き、
射的屋、
金魚すくい、
どこへいけど2人の影はない。花火が始まったためか人の通りがまた増えてきた。一体どこに……。
『次は老舗花火屋の菊です』
アナウンスが演目を知らせる。これは確か、全体の3分の2辺りじゃなかったか。
突如焦燥感が襲う。もし一緒に花火を見られなかったラムネどうしよう。
せめて花火は見たいだろ。一緒に……。
別に約束した訳じゃないのに。いつも窓の外から花火の零れた光を眺めていたのに。なぜか今だけは……一緒に見たいと、思ってしまった。
辺りを見回す。あっちは確かかき氷屋……。そういえばあそこは人が薄い。不思議とそっちに足が向いた。そして……。
「ちょ、いいかげんにしろ!」
「離してください!」
乙音と氷織の声……!? 2人のチャラ男に絡まれている。
「いやでもいいじゃん。君たち2人だけ? 男がいた方が絶対楽しいじゃん。遠慮なんて要らないから」
「生憎ですが、男性はもう既に事足りてます。他を当たって下さい」
「そうっすよ。お前らみたいなのはお断りっつってんだよ!」
その乙音の言葉にムカついたのか、乙音に近い方が乙音の手首を掴む。力が入っているようで乙音の顔が歪む。
「ちょっ、きしょいって!」
「このガキ口だけだな。……いや、胸もいいな。ガキなのに。大当たりだ」
「こっちの子もいい声出しそうだぜ」
とんだ外道に当たったらしい。……助けなければならないのに、石井の時のような飛び道具もない、ガタイのいい2人には勝てるはずがない。
……どうする。そう考えておれはポケットの存在を思い出す。
おれは乙音たちの間に入り込んだ。
「ごめんなさいねーふたりは俺のツレなんですよ」
「なんだァ? テメエ」
思いっきり睨まれる。ポケットに突っ込んだ手に、冷や汗と震えが止まらなくなる。しかし、俺は持てる威圧感をかき集めてすごみ返す。
「いやだから、手ェ出すなって行ってんの」
「お嬢ちゃんたち、こんなひょろっちいヤツより俺の方が良くない?」
俺が無視され始める。俺はどうも、相手に舐められている。しかし。今だからこそ使える手があるのだ。俺は必死に機を待って流れに乗る。
「こいつらは俺のもんだが」
そういうとチャラ男はどちらも吹き出す。
よし。この状態。おれに使える最後の砦、それは、こいつらが……。
おっぱい好きということを利用する!
「ところでお兄さんたち、これに興味ない?」
そう言っておれはポケットから4つ折りにしていた胸専門風俗店のビラを手渡す。
「………………は?」
「いやさ。お兄さん達おっぱい好きでしょ? たしかにうちの乙音も胸デカイけどさ、こっちの店の方が大きい子いそうじゃない?」
「……ゴクッ」
乙音の腕を掴んでいた男が息を飲む。もう一押し。
「それにさ。ナンパ相手とやるのってリスクあるけどさ。こっちどうよ。もし惚れられたら、最後までいけて、しかも巨乳彼女とゴールイン……」
「…………なあ牧野。やっぱこっちにしようぜ」
「え、まじかお前」
「…………しかもこのビラ、20パーセントオフのクーポン付き。ラブホを2人分借りるよりも安いかもよ」
この言葉が決め手になり、2人の視線はもう乙音達から離れていた。
そして彼らはビラを眺めて鼻息を荒くしながら去っていった。
「よし……2人とも大丈夫か」
「死ね」
「死んでください」
「な゛ん゛て゛!?」
俺のツッコミをかき消す音量で、アナウンスが流れる。
『次は最終種目、スターマインです』
「「「あ……」」」
無情な声を聴いて、俺たちは立ち尽くした。




