表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
忘却メズマリズム~清楚なお嬢様に催眠をかけたのに、ヤンキー人格が出てきて尻に敷かれたんだが~  作者: 春代 羽羽


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

39/55

第37話:夢に向かうということ

 先日の海でのこと、それから氷織はしばらく俺たちと会うことはなかった。

 グループLIENでは乙音の世間話には応じるが、遊びの誘いは断る始末。


「……今日も素っ気なかったッスね、氷織様」

「まあ、そっとしとくしかねえよ。相手が相手で、八咫野もあんな性格だ。引きずるだろうよ」


 俺たちは電車で一緒に帰っていた。俺達はオープンキャンパス帰りだ。ちょっと遠くの国公立大学でオープンキャンパスに行ったものの、しっくりくるものは無かった。


「乙音はどうだったんだ、今日のやつ」

「うーん。まあ一般に見て面白いものが揃ってるなーとは思いましたけど。コレだっ! ってものは、なかったっすね」

「俺たち、夢のないコンビだな……」

「嫌な呼び方ッスね!?」


 まあ高校の先生は口を揃えて「高校生のうちに夢が決まっている方が珍しい」とは言っていたけれども。

 既に受ける大学を決めている夏向も、あの浜で打ち砕かれた氷織も、夢を持っていた。そして2人とも時折遠くを見るような、こちらを見透かすような目をすることがあって。


 そいつらの抱えるものこそが芯だと思っていたのに。あいつらに、追いつきたいと、思っていた。

『君には、芯が無いんだ。見た感じ君たちは高校生かな。今すぐにでも進路希望を書き換えた方がいい』


 あのライフセーバーの言った言葉が脳裏で蘇る。認めたくないけれど、あのライフセーバーの方が数段は深きを知る目をしていた。


 ……俺にも、なにか、あいつにかけられる言葉があれば良かった。


「……パイ。先輩?」

「ん、ああ。すまん。考え事してた」

「あーもう妄想たくましいんですから。もうすぐ降りますよ」


 その時アナウンスで俺たちの最寄り駅が告げられる。


「ああ。もうそんなか」

「ハイハイ。そんで、これも」


 そう言って手を出す乙音。反射で俺も出した手に紙切れが握られる。


「……307号室ッス」

「な、何が?」

「氷織様の部屋。本当はボクが慰めに行きたいっすけど、多分ボクじゃ無理っすね」


 そう言って、遠くを見るようで目の前を見透かすような目で。……こいつもこんな目をするんだ。


「先輩。氷織様を頼むっす」

「……おう」



 俺は駅のホームで乙音と別れ、紙の住所をスマホで調べながら、ついにそのマンションまで来る。オートロックの場所らしい。307と入力しインターホン。


『…………なんですか』

「俺だ。来た」

『来た……って。……上がってください』


 ガチャンとドアが鳴った。


 そして階段を登ってゆき、氷織の部屋まで着く。


「よう」

「本当に、どうしてあなたはいつも……それより、なぜここを?」

「あー……」


 そういえば、乙音がここを知っているのはH(Hiori)U(Unofficial)F(Fanclub)だからか。言わん方がいいか。

「まあ、お前有名人だからな。噂には聞いてたんだ」


 胡散臭い顔をするが諦めたように「どうぞ、上がってください」と招き入れた。


 部屋に入って1歩。俺は格の差を思い知った。俺の部屋よりも少し広い程度であるはずが、豪邸に住んだように広々と感じる。目に見える範囲にゴミはない。それどころか家具もきっちりした場所にあって、限りある空間を邪魔しない。

 心做しかかいい匂いもする……。


「どうかしましたか」

「いや。綺麗だなぁって」

「生天目さんと一緒にしないでください」


 相変わらず毒がすごいぜ。


 氷織はペットボトルのお茶をグラスに注いで持ってきた。ありがたく口をつけつつ氷織を見る。やはり顔色が悪い。


 互いに言葉はない。俺に会話を切り出せる思慮はないし、彼女も俺に求める言葉はない。


 しかし居心地が悪いんだ。俺はあえて空気を読まず言う。


「あー。そういえば今日、オープンキャンパスに行ってきたぞ」

「そうですか」

「乙音とな。まあでも、どの学部もしっくり来なくてさ。夢を探すとは言うけどやっぱり難しいよ」


 俺は続く言葉を探す。


「……俺さ。やっぱ夢を持てないんだ。その強度がどうあれ、持っている氷織は、すげえよ」

「ですが、面と向かって消えました」

「消えたっていいだろ。俺の幼稚園の頃の夢、『サッカーボールになる』だからな?」


 そういうと氷織は胡乱な表情で顔をあげる。


「……サッカー選手ではなく?」

「ああ。何故かボールの方だ。それでもサッカーの練習はしてたんだぜ? だから……あー」


 俺はコップのお茶をぐっと飲み干して気持ちを整える。


「俺だけじゃなく乙音もだろうが、俺達はお前の夢を笑わない。芯なんて、いくらでも作れる。だから、折れるな」


 氷織はしばらくの後苦笑した。

「やっぱりたまに、生天目さんは生天目さんらしくなくなりますね。受け売りですか」

「……サ、サー。ドーダロウ」


 台無しですよと言ってお茶のおかわりを取りに行く。


「でも、そうですね。今日は誰とも話す気はありませんでしたが、あなたがいてくれて良かったです」


 そして彼女は聞こえないように言う。

「……出会ったのが、あなたで良かった」


 よく聞こえず氷織を眺めるも何も返ってこない。もう潮時か。彼女はもう俺がどうこうできる次元の話をしていないんだ。俺の言葉だって届いたか、彼女を揺らしたかも分からない。


「あー。俺、これ飲んだら帰るよ」

「いえ。ダメです。もうちょっと居てください」

「……いやでも。俺にこれ以上できることは何も……」

「何も言わなくていいんです。居てください」


 無言の圧を感じ取り正座する俺。


 氷織はただ怖さを帯びた笑顔で向かいに座る。ただ何も言わず座る。


「……あ、あのー氷織さん? ちょっと気まずいのですが」

「おや。ではさらに気まずくしましょうか」


 そう言って氷織は立ち……俺の横にやってくる。机を挟んでいたのに今は隣……。隣ぃ!?


「あ、あのー氷織さん!?」

「どうされました?」

「いや、あの。近いんすけど」

「ええ。近づけているので」


 もはやそちらに目を向かわせられない。


「そうですね。私は、芯がありません。今まで譲れないものは、おそらくなかったと思います。それだけ物腰を柔らかく……しすぎたのでしょうか。あれは正論です」


 ポツポツと語り始める彼女に黙って耳を傾ける。


「私は、今まで逃げてきたことがあります。知っての通り泳ぐことです。灯里の助けで得たもので自己実現をしようとしていました。でも、それじゃダメだった。それは私に、夢を語る権利を失わせていたんです。……あの子も、私の役割で縛ってしまっていた」


「それは違うだろ」

「……」

「あいつは多分、本当にお前を助けることでお前を想ってるはずだ。一緒にいてもプンプンするわ。シスコンかっての」

「……シスコン?」


 首を傾げる氷織。


「ああ。なんかあいつの慕い方、家族っぽいだろ」

「……考えたこともありませんでしたね。でも、そうなら尚更、私のことに縛りたくない。きっとあの子は、もっと自由な子ですから」


 その時氷織は、俺の肩に頭を乗せてきた。……頭を乗せるぅ!?!?


「ア、アノー???」

「生天目さん。反応が気持ち悪いですよ」

「その声色で言うセリフじゃねえだろ。普通に傷つくんだが」

「それにちょっと臭いです」

「追い討ちヤメテ!?」


 ……それに、否応なしに氷織が灯里と重なる。あの晩に、出会いたての頃に灯里から感じたあの匂いも、言葉も、あの時と同じだ。


「やっぱり、いてくれたのがあなたで良かったです」

「……お、おう」

「あなたは、私の手を取ってくれますか?」

「……取れるものは取ってみる……けど」


 心臓がはねる。はねる。もはや目の前の景色すらぼやけ震えてくるほど。彼女の言葉を聞き漏らしたくないのに、少し朧だ。


「…………夢を目指すということは、きっと大変ですよね」


 心臓がうるさい。頭の血が抜けていくようだ。体温が……()()()ようだ。


「でも、私はまだ前に進めるはず。前があるんです。それに、ワガママに付き合ってくださいませんか」


 重心が丹田に無い。右に左に。胸も苦しい。


『――――は――――が――』『――――は――ては――――――』


 直後、俺は視界が暗転。


「…………さん? ……生天目さん!?」


 また、俺は……。


 氷織の目を、見たかったのに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ