第33話:犬猫の仲
なんでこうなっている。俺はパフェ屋で目の前の光景に頭を抱える。
目の前ではずっと互いを睨み続ける乙音と氷織……と同じ顔の灯里である。正直予想ができた展開ではある。だが、なんでかち合ってんだよこんちくしょう!!
なぜこうなっているかといえば少し前のこと……。
**
うまいものが食いたいと、灯里が言った。昨日の自室での出来事から、灯里が駄々っ子みたいな動作を行うようになったような気もする。
そんな灯里は続けて一言。「パフェが食べたい」と。たしかにあいつは外に出る機会があまりなかったとも聞いている。……なら普通なのか?
そうして駅ビルのパフェ屋に来た。無論俺の奢りだった。なんでこの物体が1000円近く行くんだ……。
灯里は席に着いてスプーンで、パフェ上部のいちごをクリームとともに頬張る。
その瞬間見たこともないくらい嬉しそうに顔を綻ばせる。目は糸よりも細く閉じられ口角は天井に刺さるほど、頬は地に落ちているくらい。……ってか顔すげえな。軽くイッてんじゃねえのか。
「ぉぃ……ひぃ……」
「文字の使い方すごいなオイ」
女子には甘いものを食わせておけと言うのはその通りらしい。こんな顔をされると、奢った側も悪い気はしない。まあ仕送りだけど。
灯里は何も言わずにひたすら頬張り続ける。心なしかいつもの横暴さや乱雑さが薄れている。幼気な少女の如き無垢さで……いや普通にデブる食い方してんな。
「ふぇんい、あんあいった?」
「ナニモ?」
そしてやがて食べ終わる。残った包装紙を悲しげに見つめる。
「……もういっこ」
泣きそうな上目遣いでねだられる。
「太るぞ。あと金ない」
うぐっという声が聞こえる仰け反り。本当に昨日を境に変わりすぎだろこいつ。
「せ、せめてバニラアイスで」
「ダメっつってんだろ」
ケチと言ってぶすっとした目で見てくる灯里を無視する。
「ほんじゃ、食い終わったんなら帰るか」
「……うん」
あからさまにしょんぼりした顔で言われ、多少の罪悪感が芽生える。無駄な罪悪感だなこれ。
その時後方に声が聞こえた。
「お、生天目先輩!――と、や……あれ?」
ブティックの紙袋を提げた乙音が、灯里を指して首を傾げていた。氷織とはまとう気配と俺への対応が違いすぎてか、灯里を氷織とは認識していなかった。
「ど、どちら様で?」
俺は黙る。そういやまだ灯里のこと言ってなかったな。でもどうやって言うべきだろうか。そもそも言っていいものか?
「こ、こいつは……」
その時乙音が俺の首根っこを掴んで持ってかれた。コソコソ声で言われる。
「……なんなんすかこの人! 姿形が氷織様に似すぎっしょ!?」
ここで下手に「こいつは八咫野の妹の灯里だ」と言うとどうだろう。十中八九「氷織様に兄弟姉妹はいないんだが。HUFの情報部舐めんな」と言われるだろう。家族構成で誤魔化すことは無理だ。
「……えーと、そのー」
俺は言い淀むしかない。乙音は焦燥にも似た鼻息を漏らす。この状況、いつまで続くんだ!?
その時、後方で炎が燃え盛る。
「ちょっとあんた。いつまで賢治とべったりしてるわけ?」
その言葉に乙音が顔を顰める。
「……あ?」
乙音は初対面に向けるべき敬意を全て薙ぎ払ってひたすら灯里を睨んでいる。
「なんすかこの氷織様みたいな見た目の人は。氷織様への侮辱と見なしますが」
「言ってんのはあたしだけど。早くどきなさいよ。賢治はこれからあたしとの用事があるから」
聞いてないが!?
「……なんスかこのクソアマ。氷織様と同じ声姿なだけに死ぬほど腹立つっす。氷織様がそんなこと言うわけねーだろ」
乙音も乙音で語尾崩れてる!?
「お、お前ら落ち着け!」
「賢治は黙ってて」「先輩はすっこんでください!」
こちらを微塵も見ない2人が死ぬほど怖い。
2人の間に火花が散る。いよいよもって手が追えなくなってきた。
「なんだよてめえが乙音か? 随分と駄肉をぶら下げちゃってまあ。生意気な犬は骨でも食っとけ」
「ああん!? 嫉妬ですかぁ? そちらさんはなんともスッキリされた体格ですねぇ? 動きやすそうで良うござんすね〜!」
あーっと、言葉の裏にすっごくチクチクを感じ出したぞ。あと乙音さん。そのディスはまるっきり氷織ディスになってるぞ。
互いに向かい合って、乙音は唸り灯里は息を細く吐く。まさに犬と猫が路地裏で喧嘩をするようだ。怖ひ。
とりあえずちゃんと止めめなきゃいけないが、かと言ってこのバチバチ具合、選択をミスれば全てが吹き飛びかねない。
えーと……そうだ。
「お、あんなところに八咫野が」
「氷織様ァ!?」「んなわけ……」
同時に向こうを見て、同時に居ないことを確認して顔を見合わせる。
「……あんた、氷織様が好きなんすか」
「もちろんよ。あんな可愛い子を嫌いなわけないでしょう」
そして謎のサインだろうか。顔がみるみる変化していく。
「ふん。氷織様の良さがわかるやつに悪いやつはいな……少ないっすから」
「ふん。あんたも、部外者にしてはなかなかわかってるじゃない」
「ぬあんだとぉ!?」「ああん!?」
その時、パフェ屋の店員が近寄ってきた。
「お客様。店頭でのいさかいはおやめ下さい」
「「……はい」」
**
結局行く場所はといえば、俺の部屋だった。
「んで、説明して欲しいんすけど。結局この人誰なんすか!」
俺は灯里に目線を送る。灯里は苦しい表情を向けてくる。
俺はそれに対して首を振る。
「……お前の言うこともわかるが、こいつはその程度で貶したりはしないと思うぞ。それにこいつ氷織のこと狂信してるし。一周まわって信用出来る」
諦めたように灯里はうなづいた。
「一体なんなんすか」
俺は乙音にしっかりと向き合って言う。
「乙音。こいつが、灯里だ」
「……あかりって。え、先輩のラノベキャラの?」
「ちゃうわ! 書いてねえわ!」
そののちにはっとした顔。
「こいつは灯里。氷織の別人格だ」
「……べつじんかく」
反芻をする乙音は、次第に顔が青ざめる。
「さ、さっきのことばは、と、取消でぇ」
「残念ながら八咫野に伝わります」
放心する乙音にかける言葉もない。ただ背中を叩く。
俺はかくかくしかじかを説明した。
「水泳の氷織様、石井をシメた氷織様……そ、そんな事が……あの上品な氷織様からこんな低俗なヤンキーが生まれるなんて……」
「あんたやっぱりいけ好かないわね。殺すわよ」
「それはこっちのセリフっすよ。見た目はたしかに氷織様のものでも性格はゴミっすよ。神聖な氷織様の声帯でカスみたいな語彙を紡いでんじゃねえっす」
理由を説明してなおこれ!?
――そして収まるまでに夜ご飯の時間へとなってしまった――
本人の要望で氷織にチェンジし、氷織が料理を振る舞う。
「まさかこうなるとは。榎本さんも灯里と仲良くお願いしますね」
「そりゃあもうもちろんですとも!」
調子がいいなこいつ。でもどうせ灯里に変わったらガン飛ばすんだろうなぁ。
「というわけで、榎本さんも秘密の共有者ということで」
「りょーかいっす!」
ビシッと敬礼してるのになぁ。
そして目の前に八咫野が煮物と鯵を出してくれる。
俺と氷織は手を合わせていただきますを言う。それにつられて乙音も言う。
「……なんか二人共息あってるっすよね」
「ただのいただきますだろ」
「でもでも。先輩がまっさきに言うの、意外というか」
失礼極まりない。
「生天目さんは、いつもちゃんと手を合わせますよ」
「イメージ無いっす……てか、理由を聞いてもやっぱりふたりが予想の10倍は距離がなくてビビるっす。実はもう夫婦だったりしません?」
「自分で言ってて無理あるボケだとは思わねえか」
「もちろんっす」
腕をまくる俺を氷織が宥める。
「魚が冷めてしまいますよ。榎本さんも食べましょう。生天目さんも」
「あ、ああ」
俺は箸で魚をほぐす。ほぐれた身から湯気が立ち上り、その湯気の中に沸き立つ暖かさが、何故か氷織に繋がっているような気がした。
俺は、黙って塩の効いた鯵を味わった。鯵だけに。




