第26話:今日のご飯は
土曜日の夜ご飯はなんと……。
「は……ハンバーグ……だとッ!?」
「しかも肉のミンチからやりました。玉ねぎも飴色です」
そうやって自慢げに、控えめに胸を張る氷織。奮発しましたと鼻息荒く言うように、確かに手間がすごい。玉ねぎを飴色にするのってかなり時間がかかるって聞いたことあるぞ。twetterで。しかもミンチからって……。
「お前まさか、死の淵で性格変わったか?」
「し、失礼な! これは……ええ。お礼です。その、命の恩人なので。これくらいは」
そういいつつ視線を逸らす氷織。俺はハンバーグに視線を落とす。そのハンバーグ肌は、普通のひき肉ハンバーグによくある灰色のそれではなく、茶色。ボリューム感もすごい。箸で割くと、肉汁という名の濁流。
「ちょっと生天目さん、まだ手を合わせてませんよ」
「あっ。悪りい。あまりのビジュアルに気が早ってしまった」
改めて手を合わせ、ハンバーグを真っ先に口に運ぶ。肉汁は溢れるが、それだけではなく肉の中に留まっている肉汁もしっかり存在する。至福、これだけが感覚を表す。
「どう、でしょうか」
氷織が尋ねてくるけれど俺は無我夢中に、ただがっついた。
氷織は諦めたように苦笑した。氷織もハンバーグを口に運ぶ。その旨みの暴力にびっくりし、彼女もまた平生より幾分早く食べ進めた。
――――
私はハンバーグの旨みも良いのですが、私はどうしても彼を見てしまいます。病室では何とか隠していましたが……。
「(……私、き、き……きしゅされたんですか!?)」
憧れのライフセーバーさんにも人工呼吸はされましたが! この歳になってからだと、ちょっと訳が違うと言いますか、しかも異性ですが!?
あの時の朧気な意識が捉えた視界は、思いのほか強烈で。時間が経って事実だけが残るほどに顔が赤くなっていく。
キス……いえ、人工呼吸を、彼で嫌じゃないと思ったときから、ずっと変な気がしてしまいます。病室ではギリギリ目を見ることができましたが、今は……。
「……氷織どうした? 食わないのか?」
「ひゃぁっ!? あ、いえ、あ、はい! 頂いてます!」
どうしましょう! 上擦ってしまうなんて! こんな人に気付かれたくない!
ですが、ええ。本当に、どうして……。
「どうして、あなたなんでしょうね」
「なんか言ったか?」
「いえ、何も。……何もありません」
能天気な顔で食べ進める彼になんとなしにイラついてしまう。なのに、すぐに彼の脳天気な顔にちょっと笑ってしまって。
こんなに、何気なしに気持ちを揺さぶられ続けるなんておかしい。生天目さんには、命を救われたのに。素直に感謝を伝えたいのに。どうしても気持ちがもっと別の動揺で塗りつぶされて。
しかも、あとから聞いた話では、む……むねを、地肌を触られたと。致し方ないとは思いますが……そ、それでもむ……胸!?
その時突然生天目さんがつぶやく。
「やっぱり胸なのか……?」
「むっはっば!?」
突然何を言い出すんですかこの人は!
「あ、いや。なんかすっげージューシーだから、肉の部位とかあるのかなって。……ジューシーなのって胸肉だっけ」
「あ、いえ、ジューシーなのはもも肉で、それも鶏肉の話ですね。牛肉のジューシーな部位は肩とか、です」
「マジか。無知晒したわ」
そして彼はすぐにハンバーグに戻ります。もう残り少ない、もう一口で終わろうかというところでした。
……こんな人に、ここまで振り回されてしまうなんて。こんな人だとは思いませんでした。
それと、こんなにズルいなんて思いませんでした。次のご飯は唐辛子いっぱいにしてやりましょうか。
私は早く帰ってやろうと、食べるスピードを早めてやりました。
――――
まだハンバーグの匂いが残ってる。これだけで白米をかきこめる、と、以前なら思っていただろう。だと言うのに、それ以上に、氷織が帰ってしまい寂しさが堪える。
そしてもう一度、必死に抑え込んでいたあの光景が……。人工呼吸……心臓マッサージ……。
「…………………………………………死ぬ」
もう今日は風呂に入ってもぬるく感じそうだ。布団もすぐ要らなくなりそうな。
自分の部屋でパソコンを立ち上げる。隠しフォルダを開いてみる。しかしそれよりやっぱりアレがチラついて……おれはそのまま寝た。
**
そして日曜日、俺はなぜか、なぜなのか、女性だらけの空間に居た。正しくは乙音、三上、緑川、氷織、そこに紅一点ならぬ白一点の俺によるザイセ。
クローゼットから適当に持ってきた黒一色コーデの俺が、夏らしい白地の薄手のカットソーやらなんかフリフリのついたよくわからん服の女子どもにはさまれて死ぬリバーシのよう。あしたの◯ョーくらいに白くなりそう。
緑川 晴美の目くばせで、俺以外が一斉にグラスを構えた。俺はちょっと控えめに遅れて構える。
「というわけで、氷織退院を祝して!」
「「「かんぱーい」」」「か、かんぱー……い」
氷織は「大袈裟ですよ」なんて笑いながら笑った。「大袈裟じゃないよ!」「命の危機だったんだよ?」「そうっすそうっす! 少しは自分の身を高く見積もるべきっす!」なんて言葉から、だんだんと話が膨らんでく。
俺は隅っこで縮こまる。トイレでやり過ごそうにも三上と乙音がブロックしてる。三上はともかく、乙音はハッキリとした意志でせき止めている。許すまじ。
ああ、はよ帰りたい。帰ってもすることないけどともかく帰りたい。早く終わってくれないか……。
「でもやっぱり、すごいのは生天目君でしょ」
緑川の唐突な名前出しに盛大にのけ反る。
「そりゃそうだよ。私たちは石井に逆らえなかったけど、生天目君と乙音ちゃん……あ、乙音ちゃんって呼んでいいよね?」
「いいっすよ~」
「二人が私たちの目を覚ましてくれたんだもん。本当にありがとうだよ」
「それに、あのときも真っ先に氷織のところに向かったもん。一応学校が公にしないでって言ってたけど、そうじゃなかったら表彰されるでしょ」
「それもそうっスねぇ」
三上、緑川、乙音が頷いた後ぎゅるんとこっちを見てくる。新手のホラーだ。心臓がとびだしそうだ。
「んで~? 今日の裏主役の君がそんなところに居るとは何事かな~?」
「……ヒェッ」
緑川に指示された乙音に連れられ、三上と乙音にはさまれる形で座らせられた。対面には氷織が。
氷織も氷織で困ったような顔で見てくる。
俺はといえば、まだあの光景を忘れられず、目を合わせられない。彼女の首やら唇やらなんやら、すべてが俺の顔を朱くするのだ。
しかも周りのおだても相まってくっそ恥ずい。なんだこれは。新手の拷問か。
「大丈夫大丈夫。別にあれはセクハラには入らないって。……本人の要望によるけど。あれ大丈夫だった?」
「わ、私は全然……だいじょうぶでしゅ……」
「氷織?」
氷織も耳は耳を朱くし目線をそらした。
「……なによ。わたしら初々しいカップル見るためにファミレス来たわけじゃないんだけど」
「誰がこいつと!」「誰がこんな人なんか!」
「え、わざと?」
「んなわけ!」「ありません!」
緑川がげっそりした顔で三上と顔を見合わせる。乙音はやれやれみたいな面をする。
なんだこの状況。三上も俺らをいぶかし気に見つめる。
「ちなみに、本当に二人はできてないんだよね?」
「ありえません!」「らぁぁぁい!!」
「ダメだこりゃ。何やっても夫婦漫才になる」
「でも、普通に氷織と生天目くんって、あまり関係性がないなんて思えないね」
「たしかに。そもそもなんであの時あそこにいたんだろう」
三上と緑川が突然核心を突いてきた。これに対する対策は何もない。ええいままよ!
「おっ俺はっ。忘れものをしたから」
緑川が怪訝そうな顔。そういえば直近で理科室に行く用はなかった。……いやここは、こういう時の乙音だな。
「こいつが」
「ボク!?」
すると1年生の事情を知らない緑川も三上も引き下がる。ヨシ。
「っていうか乙音ちゃんって一人称ボクなんだ〜」
「理由とかあったりするのかな?」
「ああっいやぁ私……いやボクは……」
こいつ動揺しすぎで一人称私になったぞ。キャラブレか? しかし何はともあれ話の中心が乙音に行った。必要な犠牲だった。
「えーそんなアニメがあるんだ」
「ああいえ、アニメじゃなくてラノベっていうか……最近でこそアニメで話題ですけど、web掲載当初の3年前から……」
「古参ってやつじゃん! そんなに好きなんだー」
乙音は緑川と三上の圧でキョドり倒す。彼女の本質が俺と似てるのもあってか、反応にブーメランしてくるものがある。南無。
まあそれでも俺は三上に挟まれてるから居た堪れなさは据え置きだ。ふと対面には同じく所在無さげな氷織。目が合って、互いに背けた。
催眠アプリで始まった関係が、変わらないと思っていた平凡で孤独な生活をいとも簡単に俺にこんな日々がもたらした。けれども今回の一件のように何が起こるか分からない爆弾でもある。
これから俺らはどうなるだろうか。
……このままでいいのだろうか。
俺は乙音に三上の圧の盾にされながら思ってしまった。
俺は、ふと興った胸の痛みを無視しながらそう思った。
これにて第一章、完です。1週間ほど休載します。
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