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忘却メズマリズム~清楚なお嬢様に催眠をかけたはずが、ヤンキー人格が出てきて尻に敷かれた件~  作者: 春代 羽羽


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第21話:しつこい男は嫌われる

 ――――


 ボクは日課の氷織様の情報を集める作業の為に帰路を足早に進む。

 

 するとスマホが震え、電話が来る。HUFの実質的副部長のような人から。


「もしもし。会員No.29っすよ」

 

「……そう、っすか。でもそれは当然の権利なんすから、別にいいでしょ」


「……え? でもそれじゃあ、そんなのおかしいっすよ!」


 しばらくボクは、電話が切れたことにも気付かず、頭を回転させる。ふと学校を振り返ると、体内のことを何も知らないかのように佇む築23年のコンクリ校舎があって。


 ボクは目を離し、帰路へ急ぐうちの高校の制服を着た女子とすれ違ったことも気づかない程に、さっきの電話の内容で手一杯だった。


 ――――


 俺は家にて、今週何度目かの虚無に苛まれていた。

 

 あれ。俺、またなんかやっちゃいました? いや今回に関しては何もしてないぞ。()()

 

 とりあえず晩飯も近いため冷蔵庫を開けて目星をつけようとする。


 と思ったら、タッパーに入った肉野菜炒めを発見する。昨日のやつか。


 食べるのはもったいないとは思いつつ、他にまともな食事がストックにあるわけもない。そいつをレンチンして晩飯に据える。


 しかしいざ食べてみても、美味しさは2段階は劣る。

 

 いつでもどこでもぼっち飯。うん。一周まわって落ち着いてきた。


 にしても……氷織が関係の解消をあっさり言ってくるとは。たしかに最初から利害関係だった。最近になってそれを忘れかけていただけで。

 

 それに最近なかよし作戦をして、雨降って地固まったと勝手に期待をしていたのだが、そんなにこの関係はすぐ切れるものだったのか。


「……まあでも、変に関わりすぎるよりかはマシ、だったのかな」


 アイツだって、なんか「YHF」だの「HUF」だの、変な集団に追っかけられてんだ。俺が関わるべき存在じゃない。氷織は、天上人というやつなのだから。


 ふと、スマホがバイブを鳴らす。LIENで乙音から。


『てか本当にどうしたんすか

 氷織様と喧嘩でもしたんすか?』


 こいつはいい意味で能天気というか……つい気が抜ける。

 

『いや、そういうんじゃない』


『……絶対先輩が100%悪いタイプのじゃないっすか』

『男が謝れ』


 Twitterの男女論か。


 そういう訳では無いと言おうにも、今まで避けつつ伝えてきたアプリのことを、氷織にかけていることを言わねば。それに伴い灯里のことも言わないといけなくなる。


 と思ってふと疑問が湧いた。あれ、なんで氷織は灯里のことを知られたくないんだっけ。ダメとは言われているが……。

 それにそうだ。そもそもなんで関係が終わりになったのかとか、本人に聞けばいいじゃないか。


 前に関係が切れた時はLIENがなかったけど今はある。ディスイズベリー文明の利器。使わない手はないだろう。


『ちょっと話いいか?』

『関係を終えるって、どういう意味なんだ?』


 氷織にそう送ってみる。よし、あとはあいつからの返信を待つぜ!


 **


 ……。陽光の気配。

「おはようございます!」


 誰に言うでもなく叫びながら飛び起きる。遅れて鳴り始めるスマホを速攻で止め、LIENを確認する。


 既読すらついてない。これが噂に聞く未読スルーってやつか。


 でも、LIENを見る時間も人それぞれだもんな! しつこい男は嫌われるって言うし、これ以上は良くないな! 学校で隙を見て聞くしかないべ!


 **


 放課後、ひといきれが薄くなるころ。夏も近づき、陽光は未だ白く在る。


 俺は空き教室にひそむ。廊下を一方向に進む流れに目を光らせる。底に八咫野の影を見つける。氷織が廊下を通り帰らんとするところを、誰にも見られないように八咫野の腕を引っ張り引き入れる。

 

「!?」


 八咫野は驚いた様子でしばらくよろけていたが、俺の顔を見るや否や顔をしかめる。


「何してくれているんですか!」

「……いやー、なんか。話聞くにはこれくらい力づくの方法をとらないと譲らない気がしてな。灯里みたいに」


 俺は掌を何回か閉じては開きを繰り返しながら言う。

 

 ……まだ手にか細い手首の感覚が残っているな。骨の硬さと肌の滑りとが……ってこれ以上考えたら変態になるな。


「まだしっかり聞けてなかったからな。なんで関係を終わらせるってあんとき言ったのか。確かに利害関係だったけど、ここまでスパッとやられるとは思わなくて」

 

「関係ないでしょう。あなたは無関係の人間です。なのでこれからもかかわらないでください」


 氷織は、俺の方を見ない。視線の先は何処へやら。彼女の瞳は奥まで、冷たさを孕んでいた。


「……本当にそんな感じで終わるのか」

 

「ええ。ですから、もう関わらないでください」


 失礼しますと言い残し、八咫野は教室を急ぎ足で出た。


 空き教室に俺は一人取り残され、急に静寂が主張を始める。


 ……氷織は、もはや理由を言わないつもりだ。しかし、それにしてはちゃんと受け答えしてくれていた。嫌悪感であるなら前のように一方的にシャットアウトするだろうし。


 うんうんと唸っていると上方から声がする。


「……なーにキッショいこと言ってんですか。マスクとメカクレマッシュの某画像みたいな」


「乙音!? お前どっからのぞいてんだ! つーか聞いてたのかよ!」


 部屋の隅、掃除用具入れの上に縮こまった乙音がいつもの毒を吐く。


 彼女はその体勢を解除し、器用に音を立てず着地する。


「きっしょいことこの上ないですよこのクソキモ先輩。もうこっから先の語尾、クソキモで統一しようかな」


「クソキ……!? なんでお前がいるんだよ」


「先輩が氷織様と喧嘩して仲直りするって言うから心配で見に来たんすよ! そしたら案の定謝らないし言葉キッモ! なにが『……ほんとうに、そんな感じで終わるのか?』ですか! 未練がましい元カレか! 勘違い甚だしいわ!」


 まくしたてられる一言一句、しかし俺の行動に対する形容詞はどれも正確で辛い。


「別に喧嘩というわけじゃないんだ。だけど、さ。あいつの反応、ちょっと変じゃなかったか?」


「確かにボクが隠れているのに気付かないのは異常っすけど。注意力が三万の先輩じゃあるまいし」


 誰の注意力が散漫だ。


 乙音は髪をいじりながら言う。


「でもそんな先輩でも、氷織様の様子がおかしいことに気付けているのはグッドっす。乙音ポイント0.1を進呈するっす」


 力強く親指を上げられる。そして乙音は、声のトーンを落とした。


「先輩、石井って覚えてますか?」


「石井ってあの、八咫野狂いのキモ男か」


「そうです。先輩みたいな人っス。そいつは今不登校中……のハズなんすけど、そいつが校舎近くで目撃されたって情報が来たッス」


「いや、学生が高校に来るのは普通だろ。そんな深刻な顔でいうことか?」


 俺は訝る。乙音は「そうなんすけど」と言いつつ深刻そうなままだった。


「先輩、三上 花菜と緑川 晴美について聞いたっすよね? 今日と昨日で無断欠席した二人を。……氷織先輩に近しい人を」



 

「……フードを深くかぶった石井 美彩とその二人が、校舎裏で、放課後午後5時半ごろ、話す様子が目撃されたっす。女子二人はおびえた様子であったと」




「え……」


 空き教室に、不意に隙間風が吹いたように。身の毛を立て背筋に悪寒を残す。


「い、いや。ただの会話だろ? 個人情報だろ」


「最初はボクもそう思ったっすよ。だけどさっき、氷織様がスマホの画面確認した時、見えたっす。緑川からのLIENでした」


 喉を鳴らし続きを待つ。何でもないはず。断片的な情報が、そんな、怖いことには……。


 こじつけ、と笑い飛ばすこともできただろうか。こんなものを、異常事態と考えるなど。


「だから、これからは石井の動向と一緒に氷織様の動向、そして緑川先輩と三上先輩も注意してみないといけないっす。これから、石井という危険分子がどうするのか想像もつかないので。緑川先輩が石井と接触した目的も聴かないとですし。まあでも、監視のHUFもいるので大丈夫だとは思うんですが」


 監視なんて大げさな、とも言えない空気。それに耐えきれず俺は必死に言う。


「ま、まあ。監視とか言うけど、石井だってそんなに力を持っているわけじゃないし、別に大事になるわけが——」


 

 ——乙音のスマホが鳴る。


 耳にスマホを当て、すぐに顔が険しくなる。

「瑞希!? どうし……ッ!」


「大変っす先輩。いまHUF監視から、『石井が氷織様に接触した』と言い切る前に、襲われて切れました」


 襲われた? 誰に? 石井にか?


 いまいち状況を理解できないでいる俺をよそに乙音が俺の手をひく。


「何やってんですかセンパイ! 氷織様を守りにいくっすよ!!」


 手を引かれるまま走り出す。


 石井が、氷織の友人と接触した。そして怯えている様子であったこと。俺は、頭によぎった一つの可能性を振り払うのに必死だった。

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