第12話:俺じゃない
夕方、人のいない教室、男子が女子に「好きだ」と迫る構図。これほどまでに青春というものは、テンプレートのように変わらないのだろうか。
石井というイケメンに、八咫野という美人、これほどまでに完成した構図。八咫野はあっち側の人間だということを思い知らされる構図。
……でも、なにか違和感――。
直後、八咫野の声が響く。
「……気持ちは嬉しいんだけ……ですけど、私、そういうのに興味がなくて。その、ごめんなさい」
八咫野、いや、灯里だ。さっきの時間は体育だったから、灯里のままなのか。
困惑からか灯里は、氷織という人格の振りを繕いきれていない。
恐る恐るカメラ機能で隙間からあちらの様子を覗く。
画面に映ったのは朱色が含まれつつある光が演出効果みたいに2人を見下ろす光景ばかり。やっぱり華麗だ。灯里が、逃げ出そうとしていなければ。
「あの、私もう部活があるから。それじゃ――」
「待ってくれ!」
去ろうとする灯里の腕を石井が掴み止める。乾いて響くパシっという肌の衝突音。その音に、俺はどうしようもなく締め付けられてしまう。
石井は続ける。
「……俺はまだ、八咫野にテストで勝ったこともないし、まだ話した回数だってあまりない。だから断るのはわかってた」
「でも、それでいいから。だから、俺を見ていてくれないか。俺に、チャンスをくれ」
俺には、この告白のセリフが正解なのかは全く分からない。しかし、灯里が困っていそうな雰囲気だけ、カメラ越しに伝わってくる。
「あの、私……本当に部活遅れちゃうので。やめて、ください」
「……」
灯里はその握られた腕を解こうと左右に振る。しかし彼はその手を離さない。
直後、灯里が弱々しく裂く声を上げる。
「痛ッ……」
石井が、灯里の腕に力を入れている。その顔はもう爽やかな青年ではなかった。不如意の出来事を睨んでいる。恨んでいる。怒っている。そして、少し笑っている。腰の引けた様子の灯里を、見下す構図で、支配せんと。
テニスの時間、あの時抱いた違和感は、間違いではなかった。石井という人物。こいつは爽やかではなく、どす黒い感情を持つ、えぐいやつだ。でなければどうして、告白するほど好きな相手にこんな顔が出来る。
石井の声は気付けば、数段下がっていた。
「……ねえ。なんで。俺、ちゃんと寄り添ったじゃん。俺のこと知らなくても、見ていてくれって。言ったじゃん。八咫野は拒むやつじゃないでしょ。違うでしょ」
むしろ小さな声で。ドブ川のように流れる言葉達は毒を持っていた。あの強気な灯里をさらに怯えさせるほど。灯里はそれに抗おうと、言葉を紡ぐ。
「あ、あたし、好きな人が居るから。だから無理。ごめん」
「……」
また石井は黙り、深く息を吸い込み。
「それって、もしかしてあいつ? 八咫野に付きまとってるとかいう……生天目、だっけ。」
……俺?
「心外だな。八咫野ってそんな特殊な趣味だったの。やめた方がいいって」
「……彼はそんなんじゃない」
灯里も少し語気が強まる。
「うーん。なら、そうだな。矯正が必要なんじゃないかな。だってそんなの絶対おかしいよ。うん。嘘は良くないからね」
石井はまだまだ続ける。
「俺は八咫野のことが好きなんだ。だから、もっと好きにしたいし好きにさせたいんだよ。わかってくれる?」
好きという言葉を連呼すれど、彼の言葉に愛情は全く見受けられない。ただひたすらに歪んでいる。……恋愛ってのは、もっと、こう……。朱色の陽射しが祝福するように照らすものではないのか。これではただ窓を背にする石井が、灯里に影を落として飲み込むみたいな。
「……これじゃ、ないだろ」
俺の口から勝手に声が漏れていた。目の前の教室で灯里が石井に手を握られ力で押されて、石井はもう片方で拳を作ってただ見据える。そして、その拳を開き灯里の喉元に向かって。
「……こういうのは趣味じゃないんだけど、仕方ないよね」
その時、俺の中で何かが弾けた。石井そのものでは無い、何かが不可視のものに対して。抱いた違和感が正しいはずだろうと思いたくて。叫んでしまう。
「てめえ如きが、灯里に触ってんじゃねえ!!!!」
俺はスマホを手放し。ドアを開け。ぶっきらぼうな走りで拳を彼の顔面目掛けて振りかざす。
それに気づいてか。石井はパッと灯里から手を離し。単調な俺の軌道からスっと避ける。
俺はコケた。しかし灯里から手は離れた。
石井は転んだ俺を見下す位置でまた口を開く。
「……お前、生天目だっけ。八咫野になんの用?」
「ざけんな。お前に対してだよ」
「どっから見てた?」
ワントーン落とした石井の声。灯里は先程の出来事からか地面にへたりこんでいる。
「そうだな。『ヤタノー、スキダー』って言ってたな。見応えがあったよ。見苦しさがいい味出てた」
精一杯の皮肉で、棒読みを使ってやる。挑発にかかったか、石井は少し顔を歪めて続く。
「……八咫野を好きになるのも勝手だが、君はやっぱり似合わないだろう。大人しく帰宅部の責務を全うしてくれたまえよ」
俺は立ち上がりつつ言う。
「あー。スマンが俺は潔癖でな。お前がいる場所、俺の席なんだ。ちょっと消毒させてくれないか」
石井の面はまた嘲笑へ。
「除菌シートもないみたいだけど、どうするっていうんだい。買いに行くのか?」
「……こうするんだよ!」
俺は机を利用して軌道を変えつつ彼の顔面に拳を振る。が、悠々とその手を掴まれ、もう片方の手も捕えられる。
「で、なんだっけ。お前、何しに来たんだっけ。陰キャの君が」
「……クソが」
両手を掴まれ、もはや身動きが取れない。石井はさらに続ける。
「君ずっと隅にいるじゃん。おかげでこっちの気分は害さずに済んでたのに、八咫野に近づくわまとわりつくわで、あまつさえこんな風に登場して、『ヒーローです』ってか? 救えないなお前!」
「……ッ!」
彼は握る力を込める。思いのほか強く声が漏れる。
「……はは。本当にダサいな。八咫野に優しくされて勘違いしたか? 誰にも愛されなそうなお前が?」
――あ?
いま、こいつ、あいされなそうって、言ったか。八咫野を勘違いしてって?
「…………うが」
「あ? 聞こえねえよ」
「なんも知らねえのはお前の方だろうが!!」
気づいたら叫んでいた。石井は耳障りそうに、そして。俺は後ろに合図を送る。
「灯里! やっちまえ!」
「……さっきから灯里って誰を……。」
と言い終わる前に、後方、ゆらりと動く。石井はそうだ。何も知らない。こいつは氷織じゃないことを。
灯里は声も出さず安定した体勢で足を振り上げ。その足は見惚れるほど綺麗に――石井の股間へ直撃した。
「……――……!?」
石井は真っ青になって倒れる。悲鳴ともとれない掠れた音。その仰向けになった石井に今度は灯里が上に立ち。まるで瓦割りのように拳を腹に据え構え。
「フン!」
鳩尾に1発、綺麗な拳が入った。
俺は開放された手を拍手に使うしかない。
「……灯里、容赦ねえな」
「情け無用よ」
空手有段者のような締めのポーズを取って、灯里は俺を一瞥する。
「ありがとね。……賢治」
「おう。って、俺はなんもしてないけどな」
飛び出したはいいものの普通に力負けして何も出来なかったし。助けようとしたにしてはダサすぎた。
「来てくれたのが嬉しいんだから。過ぎた卑下と嘘は嫌いなんだけど」
灯里はそう言ってまた調子を戻す。彼女の足には、まだ震えが残る。
――こいつ、意外に怖がりなんだろうか。いや、催眠に引き続き男にこんなことやられて、平気なわけもない。俺ごときじゃそれを支えられないのだろうけど。だから俺は、灯里の頭を軽く叩く。
「ていっ」
「んあっ!?」
なんとも間抜けな声。
「ちょ、何すんのよ!」
「お前はそんくらいが一番ちょうどいい」
そう言ってやると、彼女はまた目を背ける。そして消え入りそうな声で彼女はボソリと言う。
「……何よ。あんたのくせに」
「あ? なんか言ったか?」
「なんでもないから」
若干力んで椅子に座る彼女。頬杖で「フン」とそっぽを向いてしまう。
「ところで、いいのか?」
「は? 何よ」
「いや、部活とっくに始まってんだろ」
「………………あ」
灯里は真っ赤になった後真っ青になって、「あ、あ……」と焦りを募らせる。
「……あ、あたし……顔冷やしてくるからぁ~~~!!!!」
叫びながら灯里が教室の向こうへ駆けて行く。それによって俺は、教室で泡をふく石井と2人きりになってしまった。
見下ろせば見事なまでにノックアウトされた者の図。
「……どーすんだこれ」
とりあえず1発彼の足を蹴っておいた。




