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忘却メズマリズム~清楚なお嬢様に催眠をかけたはずが、ヤンキー人格が出てきて尻に敷かれた件~  作者: 春代 羽羽


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第11話:体育の時間

 陰キャに体育はさせるものではない。本当に。

 本日六時間目の体育はテニスの授業である。つまりはテニス部がチヤホヤされるだけのイベント。俺はサーブすらもできず、見事最下位リーグで醜態を晒し続けていた。その最下位リーグでの試合は、俺と同じく反射神経が良くない層ばかりが集まり、むしろ面白い試合を繰り広げている。

 コートの隅で試合の待ちをしていると、向こうの方で野太い声が上がる。金網に隔たれた向こうのコート、女子の試合を見ている男衆が出したものだ。


 それに誘われ俺もそっちに行ってみる。すると灯里の姿が見える。


 女子の試合というのは力不足で見劣りするものだが、八咫野の試合は見応えがあった。パワーがある訳ではない。しかしちゃんとコースを狙い、そして相手のあげたチャンスボールにちゃんとボレーで得点する、流れるような試合。テニス部じゃないはずの八咫野に見とれてしまう。

 灯里は運動が得意なのに氷織はそんな感じではないのは、力の使い方と性格からだろうか、などと思いながらしばらく見てみる。


 灯里はいつもの通りポニーテールで髪をまとめ、汗で髪を湿らせ、灯里らしく不敵な笑みで相手のサーブを待っている。

 刹那、相手がトスを真上に上げる。真上に飛ぶトスは上級者だと聞いたことがある。

 相手は上から慣れた様子でボールを打ち下ろし、灯里のコートの手前の四角にきれいに入る。しかし、弾速はそこまでではない。それを待っていた灯里はしなやかにラケットを添え、サーブに対しひどく弱弱しいドロップショット。虚を突かれた相手は出遅れ、そのまま審判が大きな声で宣言する。


「ゲームアンドマッチ、八咫野の勝ち」


 ……すげえな。あいつテニス部に勝ってやがる。


 勝利を収めた八咫野のもとに友人らしき女子が駆け寄ってくるも、少しぎこちなさげな笑みで断り、隅っこで体力を回復させている。もう少し見ていたかったが、夏向が俺の出番を伝言に来たため、立たざるを得なくなった。


 ……ふと、金網から3歩引いた辺りに立つ男子が目に留まる。彼も女子のテニスを、いや八咫野のテニスを見ていたのだろうか。

 彼はとても、安堵しているような昂奮しているような、嗤うような……なにかドロリとしたものを抱くような。そんな歪な笑顔を浮かべていた。

 えも言えぬ不快感を覚えながらも誰だか思い出せない。なので、近くの夏向にでも聞いてみる。


「なあ、あいつ誰だっけ」

「ええっと……。ああ、石井のことか?」


 夏向は彼のことを認知してから少し苦い顔をする。

「あいつは結構成績良くてな。一回も勝ててない。けど……」

「けど?」


 1拍置いて夏向が続ける。

「あいつ顔が良くて成績いいし、人当たりも良さそうな感じなのに、なんかずっと1人なんだよな。ちょっとくらい技能値を分けて欲しいもんだ」


 最後にはケッと唾を吐くように、ふざけた態度で締める。本当に、そんなやつなら俺にも分けて欲しかったな。


 

 **


 授業が終わり、クラスメイト一同は整列している。体育教師がすこしけだるげに呼びかける。

「あ、そうだ。誰か2人くらい、このラケットを倉庫に戻しに行ってくれないか」


 俺のやることじゃないなと思って目をそらしていると、隣に並ぶ夏向が肘で小突いてくる。


「お前、行ってきたら」

「いやだわめんどくさい」

「いいじゃん。お前普段からこれでもかってくらい徳のない生活してんだから。少しぐらいガチャでSSRを出す努力しようぜ」

「……わーったよ」


 スッと手を上げ、それに体育教師が感嘆の声を上げる。


「お、生天目か。珍しい。それじゃ後の一人は……」


 といったところで、女子の中から手が上がる。

「お、じゃあ八咫野、頼まれてくれるか」


 ……え。八咫野? 少しの怖気を抱えながら号令は終わり、俺と八咫野だけがコートに残る。


「あ、えーっと?」

「とりあえず、ラケットを運んじゃいましょ」


 灯里は別に何かするわけでもなく、ドライに返す。俺は違和感を持ちながらも、ラケットの入ったかごを持っ……おっも。

 男子とは思えない低速で倉庫まで運んでいく。

 そして倉庫にやっとラケットを置くことができた。テニスの試合時と同じだけ体力を消費した気分になっていると、同じくラケットを置いていた灯里が一瞬こっちを見てから、斜め下を向いてなにかつぶやく。

「……なんであんたなんだろ」


 俺には内容まで聞き取ることが出来なかった。

「なんか言ったか?」

「あんたって本当に手間がかかるって言っただけよ」

「いきなりなんだ。喧嘩売ってんのか」

「……あんた、氷織のこと好き?」


 また会話を強引にそらし、灯里は俺に問う。

 こいつ、今日はなんか変だな。


「まだ1ヶ月も経ってないぞ」

「いやー?あんたみたいな童貞だったら勘違いして好きになっちゃうでしょ。あんな女の子らしい女の子」


 暴力的な灯里が、氷織をそう言い表す。……俺の部屋で見せたあの姿も……と言いかけて辞める。代わりに波風立たぬ言葉で返す。

「まあ、嫌いになる理由はないだろ」

「……ふーん?」


 求めていた答えを得られなかったのか、声は依然低い。倉庫に入っているいくつかの用具が雑に入っていることに落ち着かなくなったのか、灯里は気持ち程度の整理を始める。

「ま、それなら氷織にはもっと感謝を伝えた方がいいわよ。ご飯まで作ってもらっておいて、その態度は無いわー」


 そういえば確かに、美味い美味いとは言えども感謝を伝えていないことばかり……。俺は灯里に向き直る。

「……悪かった」

 

 訝しげに灯里が首を傾げる。

「なんであたしに言うのよ。氷織のときに言ってあげなきゃ」

「いや、生姜焼き、美味かったから」

「……あっそ」


 灯里は目を逸らしてしまう。まだ揃いきらない用具らを背にして灯里はズカズカと倉庫を出る。そして振り返り――。


「あんたも行くのよ早くしなさい」


 倉庫の外。今日の半分も既に終わり、だんだんと気温も下がる頃合い。まだ頭上にいる太陽の光を受けて、手を腰に当て待つ灯里。

 不思議な違和感と伸びる陰に少し安心してしまう自分がいた。


 **


 帰りのショートホームルームが終わり、帰宅部は帰り始め運動部は各々の部活に移り。そしてポツンと、八咫野の帰りを待たねばならない俺だけが教室に残る。この学校の偏差値は中の上。ちょうど自習するやつもほぼいないものだ。

 いつもならゲームで時間を潰すところだが、あまり落とせないテストが近いため、代わりにテキストを広げる。陰キャで不真面目な馬鹿は、こういう一夜漬けでしか点を伸ばせないという悲しみ……。


 トイレにも行って準備万端。さて、よく分からん漸化式を(解説を見ながら)解くぞ――と意気込んだ矢先。


 茜色の準備をする陽光。それに照らされる自分のクラスに、2人の人影をみる。あれは……八咫野と、誰かわからない長身の男子。


 八咫野は部活に行ったんじゃないのか? というか、なんで男子と一緒に? ……てかあいつ、テニスの時に八咫野を変な目で見ていた男子……。


 逃げようと思っていた。こんな青春の1ページみたいな光景を間近で見てしまったら、目に心に毒だと思ったから。けれどその思考は、次の男子の一声で消える。


「八咫野、好きだ。付き合ってほしい」


 教室の傍に萌ゆる木々が籠らせた声、しかし俺にとっては脳天に直撃するような内容。

 曇りなく爽やかな声に、俺はもう動けなかった。

作品に評価4がついていました!

歓びの舞……

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