第10話:買い物する女子ってなんかこう、良いよね
高校二年生は、まだまだ遊んでも許される。仮にテストの点数がやばいとしても、まだ大丈夫。1年あれば大抵のことは成せるのだから。
そして、今日が土曜日であるのならば尚更。目が覚めたのは11時。幸せな目覚めである。体の感覚がまだ微睡み、活動的でないこの感覚こそ、休日の醍醐味。
「……さて。朝食と昼食を兼ねた、ブランチというやつを、食いましょうかね」
ちなみにブランチは普通、朝食と昼食の間の間食のことらしい。俺にとっちゃ1日2食って言葉と何も違わないのだが。
俺は冷蔵庫を開け、お昼ご飯になりそうなものを漁る。しかし。
「そういや八咫野、あいつ調理が必要な冷食しか買ってくれていないんだっけ。……自分で買いに行くか」
お金は無論こっち持ちなわけで、買うことはむしろ俺がするべきなんだ。よし。とびきり楽な冷食とドリンク剤を買って帰ろう。
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近場のスーパー。まだ朝食を食べてないために、食べ物の試食やらの魔力に抗えず。もう既に小分けの牛肉を3個食べている。美味しいのは美味しいのだが、料理をしなければならないという一点が強烈に足を引っ張り、結局買わないのだ。やっぱ俺はズボラなんだなぁと自覚しつつ直さないというズボラ。でも休日はこうでなくては。
少し歩くと冷食ゾーンに到達。温めるだけのチャーハンや自然解凍のグラタンなど、やはりズボラを支援する冷食がパンパンにケースに詰められている。やはりこれよこれ。
買い物かごに投げ込み、1週間は持ちそうな程の重量に少し面倒くささが出る。ふと、奥の棚の海鮮系の列が目に入る。でかでかとしたマグロのパックが沢山あったり、サーモンの切り身があったり。秋刀魚がそのまま置いてあったり、鯏が水に浸してあったりと、海の臭さが興味を引く。臭いのに全然不快じゃないのも、海鮮の魅力か。
……まあ、調理が面倒くさいのには変わらない。サラリと見て、気分だけ味わって会計に行くか。
と思っていたのに、海鮮コーナーの端に見慣れた姿を見つける。八咫野だった。彼女は買い物かごにカレールーやら生姜チューブやら、俺と違って材料を入れている。絶対、俺のカゴを見たら苦言を呈されるのが目に見えるため、俺はそそくさと隠れる。
八咫野は棚の辺りでじっと、何かを見つめている。顎のあたりで手を握り、ソレを買うか買うまいかの逡巡を繰り広げているのだろうか。その光景に目を引かれてしまう。……八咫野に対してよりも彼女の前にあるイカに。
イカって、え? あのキングオブ調理めんどくさいやつ? YouTobeのshortsで見るのだけでいい、自分ではやらない食材ランキング堂々の3位(適当)を、女子高生が買うんですか。
彼女は周りをキョロキョロ見渡してから店員さんにイカを数杯包んで貰っていた。そして中身を見られないようになのか、カゴを手で若干覆いながらレジに直行する。
まさか、JKがイカを買うとは。
「マジか」
彼女は周りを気にしていた。買っていることをバレたくないのだろうか。いや、だがしかし、イカを買ってまで何をするのかがすっごい気になる。詮索はするべきでは無い……だが気になるっ! なんだ? イカそうめんか? だがまだ夏本番ではなくそうめんの季節でも……じゃあなんだろう。
ハッと気づくともう彼女はセルフレジに並んでいた。今日は土曜の真昼間。まあまあ人がいる。……行くか。
俺は何食わぬ顔でカゴを冷食で満たしたままセルフレジの列、氷織の後ろに並ぶ。人の気配に敏感になっている氷織はビクッと反射で後ろを向いてから前に直る。しかし俺の姿だと理解した後驚いて振り返る。つまりは綺麗な2度見だ。
「あ、生天目さ……き、奇遇です、ね?」
「ああ。本当にな」
少し楽しくなって、何食わぬ顔を続ける。そして氷織がカゴの中を見て、小声で言う。彼女は買い物かごを少し体の後ろに隠す。
「ちょっと生天目さん、またそんなズボラなものばかり。せめて生活力を鍛えようとしてください!」
「ダヨナー。ンー。アレ、ナンカ八咫野のカゴ、イカガハイッテルナ。タベルノカ?」
「あの、こ、これは……お、お父さんが飼うんです!」
「ドユコト!?!?」
「あ、いえ、飼うって言ってもその……あえ……あう」
八咫野は胸の前で手を所在なさげに振り、パニックを起こしている。顔が真っ赤で、セルフレジの列がもうないのを気付かぬ程度に。
「それより八咫野、いいのか?」
「そ、それよりってなんですか!」
「俺らが立ち往生してっから、列抜かされてっぞ」
八咫野は後ろを向く。先程まで前にいたのはパーマのかかったおばさんだったのが、いつの間にかニット帽を被った壮年期のおっさんに変わっている。八咫野が一瞬こっちを困ったように見てからぷいっとそっぽをむく。
八咫野氷織、弄るのが楽しくなってしまうな。中学生男子のような反応をしてしまう。良くない。
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会計後、昼ごはんというには少し遅い時間となる。
何故か八咫野が俺ん家にいる。先程のイカが入ったレジ袋も持ったまま。彼女はもう諦めたようにイカを掲げて言う。
「私の秘密、食べさせてあげますので、他言無用でお願いします」
「おう」
快く返事をすれば、彼女はまた、貯蔵してある大量のパックご飯をいくつか持って来る。
包丁でパックを切り、ヤリイカを取り出す。流れるような動きでイカのワタを取り出しゲソや甲羅を分離、さらに頭部のパーツから墨袋を全く傷つけず外す。目玉も嘴も外す。イカの器もさっと擦り洗い、あっという間にイカが捌かれてしまった。
「すっげ」
「……まあ、その。慣れてますので」
そう言いつつも彼女の体は止まらず、ゲソを刻み、醤油や砂糖、みりん風調味料や生姜などなど、灯里レシピ寄りの調味料を混ぜ、それらを鍋で煮る。
あれよあれよという間にイカの胴が色付き、ご飯も温まる。そして胴にご飯を詰めていく。
……イカ飯というやつか。食べたことがなかった。普通作ろうと思いたつことが無さそうな料理だが、これが八咫野の秘密だと言うのか?
「ちょっと手間取ってしまいました……遅れてすみません。食べましょうか」
え、これで手間取ったと? え?
卓の大皿に。切り分けられたイカめしが乗っている。すごい光景だ。
八咫野は手を合わせて「生天目さん?」と急かす。それに応じて俺も手を合わせる。
「「いただきます」」
八咫野は上品ながら俊敏さを持った箸使いでさっとイカめしを取り、口いっぱいにほお張る。俺も、少し手こずりながらもイカめしを半分ほど口に運ぶ。
……美味かった。調味料の塩梅も素晴らしいが、何より迅速かつ綺麗な下処理がすごい。イカの美味さがえぐみなく感じられる。やわらかな歯ごたえがご飯と一緒に弾力として口に残り、いつまでも咀嚼していられる。
「どう、でしょうか」
八咫野は不安なのか、不安そうに訊いてくる。
「……これは、うますぎるな。人生最高が更新された」
「流石に言い過ぎですって」
八咫野は眉を下げつつも言葉を受け取る。そして彼女はゆっくり肩の力を抜きながら言う。
「数日前にお話したの、覚えてますか?」
「海に行ったときってやつか」
「ええ。あのとき、両親が到着するまで、海の家でイカ飯を食べさせてもらって。あれから自分へのご褒美の度に買ってるんです」
「……」
少し赤らんだ顔で、八咫野はまた続ける。
「今日は、ただイカが安くて衝動買いしてしまっただけなんですけど……。まあともかく。このことは誰にも言ってはいけませんからね。こんなに渋い趣味、広められたくないです」
「……」
渋いっていうか、誰もやりたがらないだけなんじゃ……。あの速度でイカを捌く八咫野。これは趣味が渋いんじゃなくて、技量と凝り性とが揃った選ばれし者の趣味だからな気がするのだが。海鮮系の飲食店の即戦力待ったなしじゃねえか。
「さあ、イカ飯を食べま……賢治さん?」
「モグモグモグモグ」
「あなた……ほとんど食べちゃってるじゃないですか!」
「ゴクン……あ、すまん。旨すぎて残量気にしてなかった」
「本当にあなたは……どうしてこんな……」
八咫野が崩れてしまった。残りの1切れが勿体ないので、俺が責任をもってそのまま一息に食べた。




