お告げ
アイカの心臓が、どくん、と大きく跳ねた。
周囲のざわめきが遠ざかり、宿屋の冷たい空気が一瞬だけ凍りついたように感じた。
アイカ(……ソフィア……?)
だが、すぐに否定が浮かぶ。 俺の知っているソフィア王女は人間だ。
ダークエルフではない。
それなのに。
青い髪。怯えた瞳。やさしい声。
そのすべてが、かつてのソフィア王女と重なって見えた。
胸の奥に封じ込めていた記憶が、溢れ出す。
◆
ソフィア王女。 魔王軍が人間界へ侵攻した際、最初に滅ぼされた王国の姫。
震えながら怯えていた少女は、しかし魔王への復讐を誓った。
その絶望の中、この世界の管理者の導きによって召喚された勇者、それがアイカだった。
二人は共に戦い、共に泣き、 そして、共に魔王を討ち果たした。
その後、滅んだ王国を復興しようと、ソフィアは必死に働いた。
その隣で、勇者アイカは彼女を支え続けた。
だが。
魔王軍の残党による逆恨み。
その報復は、あまりにも残酷だった。
アイカのいない隙に、ソフィアは殺された。
血に染まった青髪を抱きしめながら、アイカは絶望の底へ沈んだ。
世界が色を失い、何もかもがどうでもよくなった。
生きる意味をなくしたアイカを救ったのはナギだった。
◆
アイカ(……そんなはず、ない……)
アイカは目を閉じる。 深く、ゆっくりと。
そして、開いた瞬間
視界は真っ白な世界に変わっていた。
何もない。 ただ、白い空間が果てしなく広がっている。
アイカはすぐに理解した。
ここは、この世界に召喚される前に“管理者”と出会った場所だ。
アイカ(なつかしいなぁ……)
だが今回はなぜかサクナも横に立っていた。
サクナ「ここは、どこ……?」
完全にテンパっているサクナは、不安げにアイカを見つめ、そっと手を握った。
サクナ「心配しないで。お姉さんがいるから。安心して」
アイカ「落ち着いて、サクナ」
アイカがサクナを落ち着かせようとした、その時。
「お久しぶりですね。アイカ。」
澄んだ声が白い世界に響いた。
振り向くと。そこには、白い翼を背に生やした、息を呑むほどの美女が立っていた。
アイカ「お久しぶりです。」
サクナは声を失った。
無理もない。
彼女はこの世界の歴史書に描かれる“創世の女神”と同じ姿をしていたからだ。
サクナ「女神様……ですか?」
白翼の美女は静かに首を振った。
この世界の管理者「私は女神様ではありません。神様からこの世界の管理を任されている者です。」
そして、柔らかく微笑む。
この世界の管理者「サクナ。あなたとも会いたかったですよ。」
サクナは息を呑む。
管理者は二人に向き直り、深く頭を下げた。
この世界の管理者「まずは、復活した魔王を倒していただき、ありがとうございます。」
アイカ「ああ。」
サクナ「めっそうもありません!頭をお上げください!」
慌てるサクナをよそに、管理者は顔を上げる。
そして、アイカの胸を刺す言葉を告げた。
この世界の管理者「アイカ。あのダークエルフはソフィアではありません。」
アイカ「じゃあ、あれはなんだ。顔も声もそっくりだぞ」
管理者は淡々と、しかし重く告げる。
この世界の管理者「あれは、ソフィアの遺体と、エルフと魔族の遺伝情報を組み合わせて作り出された人工生命体です。」
アイカは息を呑んだ。
アイカの呼吸が止まった。
アイカは搾り取るようにつぶやく。
アイカ「……ホムンクルス……?」
この世界の管理者「はい。ソフィアの肉体を“素材”として利用し、複数種族の遺伝子を混成して生み出された存在です。 人間でもエルフでも魔族でもない“作られた命”です。」
アイカは、胸の奥が冷たくなるのを感じた。
ソフィアではないと知って、少しだけ安堵し。そして、怒りが湧いた。
サクナは話についていけず、ただ目をぱちぱちさせている。
管理者はサクナに向き直る。
この世界の管理者「サクナにもわかるように説明しますね。」
この世界の管理者「三千年前、この世界には人間しかいませんでした。」
サクナ「え……?」
サクナの顔が強張る。
サクナ「じゃあ……エルフも、ドワーフも、魔族も……?」
この世界の管理者「すべて、人間によって作り出された種族です。」
サクナは言葉を失った。
この世界の管理者「三千年前、全ての国を統一した人間の王は永遠の命を求めました。 そのために人体実験を繰り返し、獣人や小人族が生まれました。」
サクナは口を押えて震える。
この世界の管理者「その後、ドワーフ族、魔族、そして半永久の命を持つエルフ族が誕生しました。」
アイカ「なるほどな。遺伝子を改造したのか……ファンタジー世界っぽいなぁ。」
アイカはうなずいたが、サクナの顔色はどんどん悪くなる。
管理者は静かに告げる。
この世界の管理者「アイカ。あのダークエルフの言葉を信じてはいけません。 あれはソフィアではないのだから。」
そして
この世界の管理者「あのダークエルフの狙いは、アイカ。あなたです。」
アイカ「なんで俺なんだよ」
この世界の管理者「魔王を倒したからです。」
管理者の声が、白い世界に重く響く。
この世界の管理者「あのダークエルフを作り出したのは三千年前の王です。」
アイカ「三千年前の王……?」
この世界の管理者「王はアイカがこの世界に残っていることを知っていました。 なので、魔王を倒したあなたの肉体を支配しようとしているのです。 再度蘇るかもしれない魔王への対抗策として。」
アイカ「……は?」
この世界の管理者「もともと魔王(魔族)を生み出した。元凶なのに、です。」
サクナは震える声で尋ねた。
サクナ「三千年前の王とは……誰ですか?」
管理者は静かに答えた。
この世界の管理者「エルフ国の、エルフの長老です。」
最後まで読んでいただきありがとうございます。




