38.精神的NTR
少し時間をさかのぼる。
夜、サクナとナギは同じテントで眠っていた。
サクナはふとした物音にまぶたを震わせた。
半分眠ったままの意識に、声が落ちてくる。
メイメイ「……魔王様」
その一言で、サクナの心臓が跳ね上がった。
サクナ(……ま……魔王……?)
眠気が一瞬で吹き飛ぶ。
背中に冷たい汗がじわりと広がり、呼吸が止まった。
サクナは、音を立てないようにそっと目を開けた。
テントの布越しに、焚き火の赤い光が揺れている。
メイメイしかいないはずの場所に、もうひとり。
もう一人いる。
サクナ(……だれ……? いや……そんな……ありえない……魔王……?)
魔王「お前の能力を借りたい」
メイメイ「あ、あの……わたしはあなたを裏切ってしまいました」
サクナは息を吸うのも怖い。
サクナ(メイメイが……魔王と……話してる…… なに……どういうこと……?)
心臓が痛いほど脈打ち、胸が苦しくなる。
魔王「私のもとに戻ってきてくれるなら許す」
メイメイ「……」
魔王「だめか?」
サクナ(まって……なに……? どういうこと……? 戻って…………? 頭が……回らない……)
思考がぐらぐら揺れて、まとまらない。
メイメイ「魔王様……もう、人間を殺すのはやめてください」
サクナ(……え? 人間を……殺すのを……やめる……? じゃあ……そんなことできるわけ……? わからない……わからない……)
魔王「わかった。約束する」
サクナ(魔王が……約束……? そんなの……ありえない…… 夢……? いや……夢じゃない……)
胸が締めつけられ、息が浅くなる。
メイメイ「え……本当ですか」
魔王「ああ。お前が戻ってきてくれるなら」
メイメイ「……はい。わかりました」
魔王「ありがとう」
サクナは震える手で口を押さえた。
声を出したら終わりだ。
そんな気がした。
膝が震え、身体が石のように固まる。
サクナ(……様子を……見るしか……ない…… 本当に……人間を殺すことを……やめるなら……)
魔王「早速だが、命令したいことがある」
魔王「お前の記憶操作で」
魔王「ナギの記憶の中にある“アイカ”を、私と入れ替えてほしい」
メイメイ「え?」
サクナ(…………え?)
脳が一瞬止まった。
意味がわからない。
魔王「じゃあ、魔王城に戻ろうか」
メイメイ「待ってください……最後に、アイカたちに……」
魔王は無言で指を鳴らした。
パンッ。
乾いた音が夜気を裂く。
サクナはテントの外に気配がなくなったのに気づき。
テントを開けた。
そこにメイメイの姿はなかった。
サクナ「……っ!」
サクナ「みんな、起きて!!」
サクナの声で、マイマイが目をこすりながら起き上がる。
マイマイ「な、なんですか……?」
近くのテントも開き、アイカが顔を出した。
アイカ「……ねむたい」
大きくあくびをする。
バイオレットはまだ寝たままだ。
サクナは真剣な表情で言った。
サクナ「アイカ。メイメイが裏切った」
アイカ「はぁ?」
マイマイ「え?」
バイオレット「ああああ?」
バイオレットは背筋を伸ばす。
アイカとマイマイは完全に目が覚める。
サクナ「信じられないかもしれないけど、おそらく」
サクナ「私たちが寝ている間に、テントの外でメイメイは魔王と会っていた」
アイカ「……は?」
サクナ「そこでメイメイは、魔王に“人間を殺すのをやめてください”って頼んでた」
アイカ「あいつ、いいやつだな」
サクナ「問題は、その代わりに何を差し出したかだよ」
サクナは少し言いづらそうに続ける。
サクナ「ナギちゃんの記憶の中の“アイカ”を……魔王に書き換えるようにって」
アイカは一瞬、意味が理解できなかった。
沈黙が落ちる。
アイカ「……どういうこと?」
サクナ「ナギちゃんの記憶から、アイカが消されたってことだよ」
その言葉を聞いた瞬間、アイカの体が震えた。
アイカ「めいめいは友達だぞ。そんなことするわけ」
膝から崩れ落ちる。
サクナは慌てて駆け寄った。
サクナ「アイカ!」
アイカの頭の中は混乱していた。
アイカ「なんのために……?」
サクナはアイカの顔をみつめて。
サクナ「そんなの考えても仕方ないよ。魔族と人間じゃ、そもそも価値観が違うんだ」
マイマイが思い出したように口を開く。
マイマイ「魔王軍四天王リョウキが言ってました。“ナギを魔王様のお嫁さんにする”って」
サクナとアイカの脳裏に、リョウキの言葉がよみがえる。
リョウキ(魔王様と結婚させて、女王様にするためだ)
サクナ「……やっぱり、魔族の考えを人間が理解しようとするのが無理なんだよ」
アイカは震える声で言った。
アイカ「そんな……そんなの NTR されたみたいじゃないか」
胸が締めつけられ、アイカは無意識に胸元へ手を当てた。
マイマイ「NTR?」
マイマイは首を傾ける。
バイオレットはため息をつく。
バイオレット「やれやれ。いいか? NTRってのは。」
バイオレット「恋人や配偶者、パートナーが他の人物に奪われる状況だ」
バイオレット「つまり、恋人のナギを魔王という男に奪われて、アイカの感情にいままで味わったことない苦しみがあらわれたってことだ。わかる?」
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