35.魔王の願い
魔王の口角がゆっくりと上がった。
その視線はタイガーに向けられている。
魔王「タイガー……いや、タイガー王。今日から君は“王”だ」
突然の宣言に、タイガーは目を見開いた。
タイガー「ど、どういう……ことでしょうか……?」
混乱で声が震えている。
魔王は静かに続けた。
魔王「私の夢は、魔族と人間が対等に暮らせる世界を作ることだ」
魔王「そのためには、人間と魔族のハーフである君が、“世界の王”になる必要がある」
タイガー「……世界の、王……?」
魔王はうなずく。
魔王「君は滅びた人間国家、ロウナ家の血を継いでいる。 その血筋は“王”として申し分ない」
魔王「まずは私、魔王を倒したことを世界中にひろめる、君を英雄にするために。 そしてロウナ王国を復興するんだ」
魔王「大丈夫だ……私は陰から支えよう」
その言葉に、タイガーもナギも息を呑んだ。
驚きのあまり、声が出ない。
魔王は、静かにナギを見つめた。
その瞳には、敵意ではなく“知りたい”という純粋な色が宿っている。
魔王「ナギちゃん。君の生い立ちを……話してくれないか」
ナギ「え……?」
魔王「私は、人間を理解したいんだ。 まずは君を知りたい。」
ナギは少し戸惑いながらも、ゆっくりと口を開いた。
ナギ「……幼いころ、両親を目の前で殺されました。 それからずっと……ひとりで、スラム街で生きてきました」
魔王は黙って聞いている。
ナギ「そんな時……アイカ君に出会って。 二人で、貧しいながらも……支え合って生きてきました」
言葉は淡々としているのに、胸の奥に重さがある。
魔王「……そうか。 そんなに“アイカ”という人間が、君の支えになっているのか」
ナギ「はい」
魔王は少しだけ微笑んだ。
魔王「ナギちゃん。 君にとってアイカは……友達かい? 恋人かい? それとも……家族かい」
ナギの肩がびくりと震えた。 顔が一気に真っ赤になる。
ナギ「か……家族です」
魔王は優しくうなずいた。
魔王「そうか。 大切な人なんだね」
その声は、どこか温かかった。
魔王はしばらくナギを見つめていた。
その瞳には、どこか切なさのようなものが宿っている。
やがて、静かに口を開いた。
魔王「……タイガー王。ナギちゃん。 少し……一人になりたい」
穏やかな声だったが、拒絶できない重みがあった。
魔王「申し訳ないが、部屋を外してくれないか」
タイガー「……はい」
タイガーとナギは頭を下げ、静かに部屋を出ていく。
扉が閉まり、二人の気配が完全に消えたのを確認してから
魔王は深く息を吐いた。
そして、胸の奥に押し込めていた感情が、静かに溢れ出す。
(……うらやましい)
目を閉じる。
ナギがアイカを“家族”と呼んだときの表情が、脳裏に焼き付いて離れない。
(あの子は……アイカのことが好きなんだ)
ナギの顔が、初恋のあの女性と重なる。
その女性が築いた、温かい家庭の記憶までもが蘇る。
(……おれも、しあわせになりたい)
(アイカが……うらやましい)
胸の奥がじくじくと痛む。
そして、ふと、ひとつの考えが浮かんだ。
(……そうだ。 おれが“アイカ”になればいい)
魔王はゆっくりと目を開いた。
その瞳には、先ほどまでの優しさはもうない。
(ナギの記憶の中にある“アイカ”を…… 私と入れ替えてしまえばいい)
(タイガーが復興する国の民となり…… ナギと、幸せに暮らそう)
魔王の口元が、ゆっくりと歪む。
魔王「……そのためには」
低く呟く。
魔王「あの裏切り者、メイメイの“記憶操作”が必要だな」
静かな部屋に、その声だけが落ちていった。
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