26.策士爆誕?
真夜中。
大聖堂を包む静寂は、まるで世界そのものが息を潜めているかのようだった。
だが、その静寂の外では。
無数の松明が夜の闇を赤く染めていた。
魔王軍四天王リョウキ率いる軍勢。
黒い鎧をまとった兵士たちが大聖堂を完全に包囲し、空には巨大な魔獣が旋回している。
重苦しい圧力が空気を震わせた。
大聖堂の正門前。
勇者アイカたちは、迫る絶望を前に立ち尽くしていた。
サクナ「どうしますか!! 戦いますか?」
サクナ姫は剣を握りしめ、瞳を輝かせていた。
その顔には恐怖よりも闘志が浮かんでいる。
しかし、アイカは首を横に振った。
アイカ「無理だ」
低い声だった。
アイカ「逃げるべきだろ」
視界を埋め尽くす敵軍。
数千はいる。
勝てる戦いではない。
メイメイが宙に浮かびながら眉をひそめた。
メイメイ「うん、でもどうやって逃げるんだ?」
メイメイ「そもそも大聖堂には、戦えない一般人が多くいるぞ」
メイメイ「どうやって、逃がすんだ?」
アイカは黙った。
その問いに答えられなかった。
彼の頭の中にあったのは、ただ一人ナギだけだった。
ナギさえ守れればいい。
それ以外の人間を守る余裕など、自分にはない。
そんな冷たい考えが胸の奥に沈んでいた。
ナギ「アイカ君、どうするの?」
ナギの声。
サクナ「勇者アイカ!!」
サクナの叫び。
メイメイ「アイカ!!」
バイオレット「アイカ!!」
全員の視線が集まる。
逃げ場はない。
戦えば全滅。
逃げたら一般人を犠牲にする。
アイカは乾いた笑みを浮かべた。
アイカ「俺の悪運は、ここまでか」
その瞬間。
サクナ姫が勢いよく剣を抜いた。
サクナ「どうせ散るなら、戦おう!!」
バイオレットも震える手で杖を構えた。
バイオレット「覚悟はできているぜ。相棒」
声は震えていた。だが、その瞳は逃げていない。
メイメイは苦笑した。
メイメイ「俺は、もうすでに死んでいる」
幽体の身体が青白く揺らめく。
アイカは静かにナギを見つめた。
アイカ「ナギ、どうしたい?」
ナギは小さく微笑んだ。
ナギ「私が過去に戻ってやり直しをしているのは、前に話したよね」
アイカ「ナギ? 急になんだよ?」
彼女は少し寂しそうに笑った。
ナギ「アイカ君が死んだ未来は、つらかったんだ」
その言葉に、空気が止まる。
ナギ「私は、あなたと一緒に死ねるなら本望だよ」
アイカは息を呑んだ。
胸の奥を何かが強く締めつける。
アイカ「…………」
逃げたいと思っていた。
生き延びたいと思っていた。
だが。
ここで、ナギと一緒に逃げたら、ナギにふさわしい男として生きることができない。
そんな気がした。
アイカはゆっくりとこぶしをかまえた。
金属音が真夜中に響く。
アイカ「たたかいたくない」
アイカ「にげたい」
アイカ「でも」
アイカ「ここで逃げたら、おれは一生後悔する」
アイカ「みんな、一緒に戦ってくれ!!」
その瞬間。
サクナ姫とメイメイが笑った。
バイオレットは震えながらも笑っている。
絶望の中で、それでも彼らは前を向いた。
すると。
マイマイ「わたしも、戦います」
鈴のような声が響いた。
アイカたちの前に、小柄な少女が立っていた。
幼い。
だが、その身体から放たれる神聖な魔力は圧倒的だった。
アイカ「どなたですか?」
アイカが尋ねる。
ナギは目を見開いた。
(この子……知ってる)
前世の記憶。
勇者一行の最後の希望。
すべての呪いと傷を癒やす奇跡の聖女。
大聖女マイマイ。
少女はぺこりと頭を下げた。
マイマイ「あなた達と一緒に魔王を討伐するように言われました」
アイカ「だれに?」
マイマイ「わかりません。私の頭に直接声が流れてきました」
アイカは「あっ」と声を漏らした。
アイカ「あー、俺がこの世界に召喚されたときの世界の管理人か」
とんでもないことをサラッと言った。
サクナ「世界の管理人!?」
サクナが目を見開いて叫んだ。
サクナ「アイカ、そんな存在と話してたことが!?」
サクナも思わずツッコむ。
アイカ「まぁ、なぁ」
サクナ「詳しく聞きたいな!?」
サクナが即座に返す。
アイカは肩をすくめた。
アイカ「なんか白い空間にいてさ」
アイカ「一方的に力与えるから魔王倒せ、みたいなテンションだったぞ?」
あまりにも雑な説明だった。
だが、その場の空気は少しだけ和らぐ。
極限状態だからこそ、くだらない会話が妙に心を軽くしていた。
その時だった。
ドゴォォォォン!!
大聖堂全体が激しく揺れる。
壁の亀裂から砂埃が舞い落ちた。
魔王軍の攻撃だ。
だが次の瞬間、別の意味で衝撃が走った。
バイオレットがハッと顔を上げたのである。
バイオレット「私、天才かもしれません」
真剣な顔だった。
嫌な予感しかしない。
バイオレット「この絶望的な状況をひっくり返す手を思いつきました」
バイオレットは自信満々に胸を張った。
ナギが目を輝かせる。
ナギ「本当?」
しかしアイカは即座に遮った。
アイカ「だまれ、しゃべるな。疫病神」
バイオレット「ひどくない!?」
バイオレットが叫ぶ。
アイカは本気で警戒していた。
こいつが自信満々な時は、大抵ろくでもないことになる。
だがバイオレットは怯まない。
むしろ得意げに頷いた。
バイオレット「今回は違います!」
そう言って杖を構える。
魔力が渦を巻き、光が弾けた。
バイオレット「よ!!!」
間の抜けた掛け声と共に、光の中から人影が現れる。
そこに立っていたのは。
サクナ「わたしだね」
サクナ姫そっくりの人形だった。
服装も髪型も完全再現。
サクナ本人が困惑している。
バイオレットは人形を指差した。
バイオレット「これを使って、誘導する」
その瞬間。
メイメイの目が見開かれた。
何かを察したらしい。
メイメイ「バイオレット……君は天才か!!」
急にテンションが上がる。
サクナだけが話についていけていない。
サクナ「え? なに? どういこと?」
アイカは嫌な予感しかしなかった。
アイカ「おい待て」
だが、メイメイとバイオレットはすでに盛り上がっている。
二人の顔には、悪党みたいな笑みが浮かんでいた。
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