2.不幸少女とお姫様
時を遡った少女・ナギは、異世界から召喚された勇者・アイカが国王から魔王討伐を命じられる“運命のイベント”を回避しようとしていた。
そのためナギ達は、サクナ姫――すなわち王の娘の追跡を振り切り、城下の路地へと逃げ込んでいた。
アイカ「ここまで来れば……さすがに逃げ切れた、よな」
アイカは肩で息をしながら足を止め、背後を警戒するように振り返る。
アイカ「大丈夫か、ナギ?」
ナギは胸元を押さえ、荒い呼吸を必死に整えていた。
ナギ「……はぁ、はぁ……」
やがて息が落ち着くと、少女はふっと顔を上げる。
そこには、状況にそぐわないほど明るい笑顔が浮かんでいた。
アイカ「……なんで、そんなに嬉しそうなんだ?」
アイカは思わず眉をひそめる。
アイカ「俺たち、サクナ姫の命令に背いたんだぞ? 立場的に、かなりヤバいと思うんだけど」
ナギは一瞬だけ視線を逸らし、それから意を決したようにアイカを見つめ返した。
ナギ「ねえ、アイカ君。これから、ちょっと変なことを言うよ?」
そう前置きしてから、小さく微笑む。
ナギ「でも……信じて」
その言葉に、アイカの喉が鳴った。
アイカ「……ああ。信じる」
ナギは一歩近づき、まっすぐに彼の瞳を射抜く。
ナギ「私はね――未来を、知っているの」
アイカ「……は?」
あまりに突拍子のない告白に、アイカは間の抜けた声を漏らし、首を傾げるのだった。
ナギ「……未来の出来事を知ってる、なんて言われても。普通は信じられないよね」
ナギはそう言って、少しだけ俯いた。さっきまでの笑顔は消え、どこか寂しげな表情を浮かべている。
アイカ「なるほどな」
アイカは納得したように頷いた。
アイカ「だから、あのおとなしいナギが、サクナ姫から逃げようなんて言い出したわけか」
ナギ「……信じてくれるの?」
恐る恐る見上げてくるナギに、アイカは迷いなく答えた。
アイカ「信じるよ」
そのまま少し考え込むように腕を組み、問いかける。
アイカ「もし、俺がサクナ姫と一緒に城へ行ってたら……どうなってた?」
ナギ「王様から、魔王を倒すように命令される」
即答だった。
アイカ「だろうな」
アイカは苦笑しながら肩をすくめる。
アイカ「でもさ、俺はたぶん断ると思うぞ」
ナギ「うん。一度は断るよ」
ナギは頷き、続けた。
ナギ「でもそのあと、お城に魔王軍四天王のハラヤが現れるの。そして……私が、魔王城に誘拐される」
アイカ「……は?」
思わず声が裏返る。
アイカ「なんで、ナギが誘拐されるんだ?」
ナギ「無理があるのはわかってるけど……サクナ姫と、間違えられるの」
アイカ「そんなことあるか……?」
アイカは思わず天を仰いだ。
ナギは黒髪黒目の小柄な少女だ。一方、サクナ姫は長身で、金髪碧眼。
どう考えても、見間違える要素はない。
(いや……その魔王軍四天王、相当頭が弱いのか?)
そう思ったが、すぐに別の可能性が浮かぶ。
(……いや。ナギの、不幸体質のせいかもしれないな)
ナギは幼い頃、目の前で両親を殺されたらしい。
つい最近も、危うく奴隷として売られかけたばかりだ。
あまりにも出来すぎた不運の連続に、アイカは苦笑しながら頬をかいた。
アイカ「とりあえず……ピピン王国に向かおう!」
アイカが前を見据え、力強く言った。
アイカ「ピピン王には、俺はかなり大きな借りを作ってるんだ。」
サクナ「ピピン王国……」
サクナが頷く。
サクナ「異世界から召喚された場所だよね。そして、そこで一度――魔王を倒した。」
その直後だった。
ナギたちはサクナの存在に気づいた。
サクナが、声を張り上げる。
サクナ「ねえ! 逃げないで、話そうよ!!」
反射的に身構えたアイカだったが、少し考えた末、静かに頷いた。
アイカ「……わかった」
サクナ「ありがとう」
サクナはほっとしたように微笑む。その姿は、まるで天使のようだった。
サクナ「魔王が復活したことは……もう知っているよね」
アイカとナギは、無言で頷く。
サクナ「復活した魔王には、それを支える最強の四体の魔族がいる」
サクナの声が、わずかに沈んだ。
サクナ「そのうちの一体が、つい先日……ピピン王国を侵略した」
アイカ「……まじかよ」
アイカは思わず声を落とした。
サクナ「もう、人間の国で生き残っているのは――このワクワク王国だけなんだ」
ナギは未来から来ている。サクナ姫の言ったことばは本当だと確信している。
アイカ「相変わらず……すごい名前の国だな」
つい漏れたアイカの一言に、サクナがぎろりと睨みつける。
アイカ「……ごめんなさい」
即座に頭を下げると、サクナの表情はすぐに和らいだ。どうやら許してもらえたらしい。
サクナ「復活した魔王を倒さなければ……人間は滅びる」
サクナは一歩前に出て、凛とした瞳でアイカを見つめる。
サクナ「勇者アイカ。僕と一緒に、復活した魔王を倒そう」
そう言って、まっすぐに手を差し出した。
しかし――
アイカは、静かに首を横に振った。
アイカ「……ごめん。俺には無理だ」
サクナ「どうして?」
アイカ「他の勇者たちは、もう地球に帰った」
アイカは唇を噛みしめ、続ける。
アイカ「それに……あいつらは、俺よりずっと強かった」
サクナ「だったら!」
サクナは声を強める。
サクナ「その勇者たちの代わりに、僕が君と一緒に戦う!!」
アイカ「無理だ」
即答だった。
アイカ「俺たちは召喚されたとき、女神みたいな女性から“チート能力”を一人一つずつもらった」
アイカはそう言って、自分の胸を――
ドンッ、と力強く叩いた。
アイカ「俺のは、この……異様に頑丈な肉体だけだ」
サクナ「……十分だよ」
サクナは、はっきりとした口調で言った。
サクナ「私は、この国で一番の剣の使い手だ」
そして一歩前に出て、迷いのない瞳でアイカを見据える。
サクナ「君が――人類の盾で。僕が、人類の剣だ」
アイカ「無理無理無理!」
アイカは大きく手を振った。
アイカ「どう考えても負けるって!!」
サクナ「お願いだ」
サクナは声を震わせながら、頭を下げる。
サクナ「一緒に……人類のために戦って!!」
その光景を、ナギは黙って見つめていた。
――アイカ君とサクナ姫が組めば、魔王を倒せる。
それは、未来から来たナギにははっきりとわかっている。
けれど。
アイカ君は、魔王討伐を果たした数日後、死ぬ。
原因不明の呪い。
(もし……この勧誘を止められたら)
(もし、ここで運命を変えられたら――)
アイカ君は死なない。それだけがナギの願いだ。
ただ、アイカと、もっと一緒にいたかっただけなのだ。
しかし、そのわがままを通せば――
人類は、復活した魔王によって滅ぼされる。
喉が詰まり、声が出なかった。
止めたい。
でも、止められない。
ナギは、ただ唇を噛みしめる。
――結局、少女は。
運命を、変えることができなかった。
最後まで読んでいただきありがとうございます。




