【J】凶悪蔓草
城下の様子を直に感じられればいいという大雑把な目的で城を抜け出したものの、全く無計画というわけではなかった。大人から見ればあってないような計画だったけれど、母上の友人がやっている店……名前と大まかな場所しか知らないけれど……を目指すことは決めていた。「いつでもいらっしゃい、大歓迎よ。メイも喜ぶわ。」という、いつかの言葉を胸に。
初めてまともに歩いた城下は明るくて、穏やかで、誰もが優しかった。たくさんの人に胸を高鳴らせながらも道を聞けば快く教えてくれ、幸運にもあくどい者には会わずに目当ての店に辿り着いた。そこに至って何のお店なんだろうという疑問を抱くあたりだいぶ呑気だ。
意を決して開いた扉、既知の姿はなくどうしようかと思ったけれど中にいた人も良い人のようで促されるままカウンター席に腰を落ち着け、改めて店内を見渡す。飲食店だろうか? 食事処? 瓶がいっぱいあるな、とリオンが店内を観察している間、隣に座ったディレナは注文したミルクティーを作る青年に視線を注ぐ。
興味深げに、少しだけ上気した瞳で。立場もあるがあんな風に目を合わせて、自然に髪に触れるような相手は今までおらず、手際良くミルクティーを淹れる所作も新鮮だった。城で淹れるのは女の人ばかりだから余計に珍しく感じて。
「はい、どうぞ。お口に合うといいんだけど。」
「……ありがとう……美味しい。」
「うん、美味しいです。」
「良かった。」
「申し遅れました。僕はリオン。こっちは妹のディレナ。突然訪ねて申し訳ありません。」
「ご丁寧に……此方こそ申し遅れました。数日前からステラさんに世話になっているノアと言います。」
ディレナがノアの笑顔に戸惑うように視線を揺らしたが、リオンは臆することなくここに至って漸く微笑み返した。用心に本名を名乗らないという判断はあったが。ミルクティーは程良く甘く、緊張していた気持ちが和らいだのだ。何よりステラさんのお店にいる人に悪い人はいないだろうという単純且つ甘い判断ではあるが、世間知らず故に仕方のない事だろう。
そうして身分を隠した双子がとりあえず腰を落ち着けた頃、城下の町を駆け回る騎士団員がちらほらと、それを目にした騎士団長が「落ち着きがない、人にぶつかったらどうする気だ!」と怒声を上げ、「そんなに怒るんじゃないよぉ……怖い顔をしていると縁が逃げちまうよー」気の優しい民に宥められていた。
部下には怒鳴るが、一般市民に無暗に声を荒げることはできずせいぜいぶっきらぼうにかわすだけに留め、とはいえ内心は焦りもあった。手当たり次第の捜索という効率の悪さも苛立ちを増長する。
「……団長。」
「なんだ。」
「範囲を絞りましょう。」
茶色の髪を短く刈り込んだ団員がさり気なく隣に並び、人波途切れた隙に耳打ちしてきた。年若いが思慮深く判断力に長けると高評価の青年だ。視線で促せば一呼吸置いて淀みなく自身の案を口にした。
「私達はこの城下を知り尽くしています。けれど……探し人は慣れていない。この国を初めて訪れた人間が足を運びたくなる場所、そうですね……観光を目的としている人の動向に近くなるのではないでしょうか。」
「……一理あるな。」
「それと、交友関係。とはいえ、一般市民と知り合いはないかもしれませんが……何かの折に城下の話題で興味を惹いたものがあったなら」
「!」
「団長?」
「心当たりがある。お前は他の団員に今の案を伝達しろ。」
問い返すことなく即座に行動に移る部下を横目に足を向けるは馴染みの店ジュエル・フィッシュ。王妃とステラは古くからの友人だ。2人が知っているかは微妙なところだが王妃は何度かお忍びで行っている。とすれば、話題にあがった可能性も大きい。
常ならば真っ先に思いついても良かったことだが、よっぽど先のステラの依頼やフェイトの騒動で頭が疲弊していたとみえる。人波に僅かに歩調が緩んだそのタイミングで肩越しに響いた声に急停止する。振り返れば無駄に周囲に色気を振りまいて小首を傾げるステラがいた。
「あら、ジェイド。昼間から会えるなんて珍しいわね。私に会いに来た、とか?」
「ある意味、そうだ。……双子、来てないか。」
低く問えば大きな目を瞬きすぐに問いの意味を悟ったようだ。周囲に異変を悟らせないよう――というか単なる嫌がらせという気がしないでもないが――するりと片腕に両手を絡ませ甘えるように身を寄せて耳元で響くウィスパーボイス。
「見ての通り外出中なのよ。でも、店は開いてる。……ちょっと心配ね。」
「何がだ。」
「ノアが店番しているの。……2人がいたら待たせておいてちょうだい。私も会いたいわ?」
「今は急ぐ。」
そんな悠長な時間はないと内心で返しながら腕を離させ、先程より歩調を早めた。双子は聡明で簡単に身分を明かすようなことはないだろうが人を疑うことがないだけに心配だった。とりあえず無事を確認せねばと店に着くなり勢い良く扉を開け放ち、その音に驚いたように振り返る2対の瞳と意外そうに瞬く灰色の瞳が集中した。
「団長、何事? 戸壊したらステラさんに怒られるよー?」
「ジェイド!」
「……ここだったか……リオン、ディレナ……」
うれしげに名を呼ぶ2人の声が重なり、心配掛けやがってとか、何普通に寛いでいるんだとか怒鳴るよりも単純に無事を確認できたことと自分に向けられた信頼の情に僅かに口元が緩む。
「あれ、団長とも知り合いなの?」
「あぁ、まぁな。」
なんと誤魔化すかと思案を始めたその時、ざわりと何かが音を立てた。上着の裾から何かがポトリと落ち、反射的に2人を背に庇うように間合いをとった瞬間それは大きく変化した。大きく地を這う葉は自らの身を支えるように、そこから細く長く伸びるつるりとしたいくつもの茎がユラユラと揺れている。
「ジェイドっ!」
「来るな!!」
大きく撓った茎が腕を掠めたと思ったらしゅるりと巻き付いた。どうやら茎ではなく蔓らしい。近寄ろうとする気配に一喝し、足元にも伸びていた蔓を踏み潰す。
「っっっっぁんの、やろ……今度こそ減俸処分にしてやる!!」
これはどう見ても植物だ。常にはいないこんな凶悪植物を自らに近しい研究バカに繋げないはずもなくジェイドは剣を抜きざまに叫んだ。先日の破損した斧類の請求も合わされば相当切ないことになるだろうが知ったことじゃない。あろうことか、王子と王女を巻き込む状況を生んでいるのだ。
脳裏に浮かんだ鬼―とでも叫びそうな元凶に、こんな甘い上司に泣いて感謝しろ。と律儀に言い捨て、動きの予想できない……未だ成長を続けている蔓草の動きを窺う。1人ならば仕掛けているが、仕掛けた隙に守るたるべき2人や、怪しいにせよ一応無関係のノアに危険が生じる可能性がある以上後手に回るしかない。できるかどうかは別にしてできる指示は限られる。
「おい! お前……ノア! 2人を逃がせ!」




