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Intersection  作者: ニコと月時計
第二部
16/19

【N】 幼子来店

国を守護する騎士団長様の苦悩など、露知らず――フェザーリオ城下は今日も平和だった。

柔らかな陽射し、行き交う人々の笑顔。黙っていれば美人な店主に、少し落ち着きがないけれど可愛らしい風の精霊。

自分が何処から来たのかも忘れてしまえそうなほどに、穏やかな昼下がりだった。


「出掛けるわ。開店前には戻るけど…、留守をよろしくね、二人とも」


そう言ってステラが店を出て行ったのが小一時間前。

メイは遊ぶのが仕事のようなものだし、外でその辺を散歩していた犬とじゃれて元気に飛び回っている。

――そんな事情で現在、店の中には自分一人。

開店準備くらいは時間にもたっぷり余裕があるし、特に問題もなさそうなのだけど、


「三日とかそこら前に拾った外国人に、留守を預けるなんて――無防備過ぎるんじゃないかなあ」


思わず呟いてしまう独り言。

他人事のように、然れどもその当事者は間違いなく自分――そのことが更に溜息を上塗りさせる。

酒瓶の中の減り具合を確認しつつ、静まり返った店内で。

ふ、と手が停まった。

それは傍から見れば、何事か物思いにでも耽るように。


「…………、」


髪を掻きあげるしぐさ。耳朶を掠めた指先に、透明なクリスタルのピアスが触れる。

すうと口から小さく息を吸った、刹那――がちゃり。背後で扉の開く音がして、俺は一瞬呼吸を止める。

ステラが帰ってくるには早いし、メイは単独なら窓から出入りする筈だ。そして開店前のこの時間、客とは思えないし配達の予定もない。と、振り向くまでの一秒未満で消去法を重ね、改めて来訪者を確認すると。


子供が二人、戸口に立っていた。

10代半ばくらいだろうか、同じくらいの年代の少年少女の組合せ。髪と瞳の色は微妙に違うけれど同系色で、雰囲気も似ている。もしかしたら兄妹かもしれないな、なんて思いながら、「いらっしゃいませ?」と子供向けに柔らかくした声音で首を傾げた。


「あの、ステラさんの……ジュエル・フィッシュというお店は、此処で間違いないですか?」


年の割に落ち着いた少年の声音が、問い掛けてくる。女の子の方は、きょろきょろと物珍しげに店内を見回しているようだ。…そりゃ子供が来るような店じゃないからな。準備中の今は、まだ普通の飲食店の雰囲気に近いかもしれないけど。


「はい、此処で合ってますよ。……ステラさんの知り合い?」

「そんな所です。お店をやっているというのは聞いていたので、一度来てみたいと思っていて…」


子供らしさの欠如、という違和感を覚えながらも、客かもしれない人物に適当な受け答えは出来ず(主に店主にバレたらやばい的な意味で)答えに新たな問いを重ねて返せば、少年はちいさな頷きと共に俺を見て、それから少女と同じく店内を見渡した。

……そこでも一つ、引っ掛かる。来てみたかったとは言われても、アルコールを出す店である以上、未成年だけでの来店は歓迎出来ない。いくらあの店主でも、仕事にしている以上その辺は弁えていると思うし、そもそも来店時間がおかしい。ジュエル・フィッシュの営業時間は陽が傾いてから。正午を過ぎたと言えども、まだ太陽は充分に高い。

もしかしたら、どんな店なのか知らずに来たんじゃ――子供の純真さとステラの人の悪さをかけ合わせて、そんな推測に至る。

でも、どちらにしても今はタイミングが悪いとしか言えなかった。何せ、彼らの目的であろう店主が不在だ。客としては成立しなくても、知り合いなら顔を見て行くくらいはしたかっただろうに。


「そっか。残念なんだけど、今ステラさん出かけてるんだよねー。……んー、どうしようかな」


子供が来る店ではないという事も併せて、どう対応したものかと顎に手を当てて。とりあえず店の入り口とカウンター内、離れた場所で会話を続けるのも何だったから、俺の方から歩み寄る。カウンターを出て、子供達の前へ。そういえば、どういう知り合いなのかも聞いていない。顔が広い人だし、精霊と友達なくらいだから、今更少し変わったことを言われても驚かない自信はあるけど。

妥当な線で考えるなら、ステラの年齢(不詳だけど)からして、彼らの親と懇意だという方が自然な気がする。親が居るなら、子供だけでこの店に来るのは少し不自然かとも思うのだが、実際のところを聞いてみない事には何とも言えないし――と、二人の素性を尋ねようと口を開きかけた時だった。

対処しかねている俺の様子が伝わってしまったのか、先刻から一度も言葉を発していない少女の方が、不安そうに眼差しを向けてきた。


「…………ステラ、会えないの?」


つぶらな瞳が見開かれると、落っこちてしまいそう。アイスブルーの色は涼しげなのに、そこに滲んだ感情の何て豊かな事か。残念と、さっき俺が告げた言葉をそのまま呑み込み、それを更に増幅して映し出したかのよう。

天使のように愛らしい少女にそんな瞳で見つめられたら、無碍にあしらえる人間はそう居ない。もし居たらそいつは人でなしだ。

俺は、傍らの男子よりもちいさな少女の背丈に合わせて膝を折り、同じ高さで向かい合った瞳を柔く細め口を開いた。ついでに少し失礼して、彼女の豊かな金髪に指を絡ませる。それは傷みや汚れなどとは無縁な滑らかさと良い香りを伴って、街娘とも違うような育ちの良さをも感じさせるほど。

本当に、どういう関係なんだ――と二人の素性が気になりつつ、あの妖艶な店主の笑みを思い出しながら、


「折角来てくれたんだから、何か飲んで行きなよ。お代は気にしなくていいから。ステラさんの知り合いなんでしょ?」


店の中の方を示して、踵を返す。背後で小さな吐息と、安堵したような気配がした。

この子供たちが一体誰で、何処から来たのか。そんな事はこれから尋ねれば判るし、もし要領を得なくてもステラが知っているなら帰ってから訊けば良いかなんて暢気に構えるのは、少年少女の無垢な眼差しを信じたというより、あの女店主の懐の広さ深さや己の立場や、そういったもっと別の何か。

アルコールは出せないけれど、ミルクや紅茶も置いてあるから「何にする?」と。まるでそれが当然の振舞いとでもいうように心掛け、振り返る肩越しに注文を聞いて。

この子達が本当に真っ直ぐな心の持ち主ならば――そんな子供が折れずに育つ国なら、やはりこの国は幸せに違いない。彼らの素性は知らないけれど、子供であることは唯一確かな事だから。

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