【N】 遺跡脱出
レリーフの仕掛けを解いて開けた先、そこで眠っていた姿を目にして、自分の抱いていた先入観に初めて気付く。
“小さい”とはジェイドも言っていた気もするが、それ以上は彼からもステラからも聞いていなかったので、てっきり普通に人間サイズの範囲内だと思っていたのだ。
……だけど、ほんとうに、ちっちゃい。
小鳥くらいと言ったら丁度良いだろうか。俺やジェイドの肩にも乗っかってしまえるくらいだ。
精霊の姿は様々で、それこそ人の形とは限らないものだから、この子に関しても人間と大きさが異なるからといって珍しい事ではないのだけど。
背中から生えた透き通る羽根をパタパタと忙しく動かしながら、ジェイドの周りを飛び回った挙句に捕獲されてしまったメイは、俺の前に突き出されて、纏った光と同系色のつぶらな瞳をぱちくりとさせている。
「え? どーりょー? ……って事は、ステラのお店で働いてるの?」
尋ねるメイに、声を出すのも面倒になったのかジェイドは頷くだけ。
「ノアっていうんだ。えーと、前にいた……ヒューゴ君? の代わりだって、ステラさんが言ってた。よろしくね」
「そうだったんだ! うん! よろしくー、ノアー!」
愛想のないジェイドの代わりにと、出来るだけ柔らかい口調で挨拶をしてみる。メイは余計なことは抜きにして、ただにっこりと満面の笑みを向けてきた。
ちっちゃいくせに、やたら力強く眩しい笑顔だ。可愛い、という表現にも納得。
俺も笑顔になって、人差し指で足りるくらいの小さなメイの頭を撫でた。メイはくすぐったそうに目を細めていたが、ジェイドに捕まっている所為かちょっぴり窮屈そうだ。
「団長、離してあげてくださいよー。可愛くて良い子じゃないですか」
「……ならお前が面倒見ろ。その辺飛び回られて、うっかり罠でも作動されたら堪ったもんじゃねえ」
「そ、それは困るな。……あれ、っていうかメイちゃんは、ここまで無事に来れたんだよね? 危ない事とかなかった?」
「んー? メイ、魔素をもらう時はいっつもココに来てるけど平気だよ? メイ、これでも飛ぶのは得意なの! すっごく速いの!」
そう言って、するりとジェイドの手から抜け出し華麗な飛行テクを披露し始めた。
空中で旋回や宙返りをしたり、その度に淡い緑の鱗粉のような光がキラキラと舞い散る。スピードもなかなかのもの。
ジェイドが呆れたり俺が見とれていたりするうち、メイは祭壇の更に奥の間へと続く通路の方へと飛んで行って、
「ジェイド、ノアー! 帰る時は、こっちから外に出られるんだよ! 早く早く!」
小さい体のどこからそんな声量が出ているのかと、とにかくよく響く声が俺とジェイドの耳に届く。
「……アイツの小ささと軽さじゃ、罠も反応しないのかもな」
どっと疲れたように溜息を吐くジェイドの横で肩を竦め、メイを追って奥へと進む事にした。
祭壇があるという事は、この地点は既に“立ち入る資格を有した者”の領域だ。
だから、この期に及んで罠が仕掛けられているとも考え難い。
祭壇の奥は、細い通路から続く階段がひたすら上を目指していた。それを昇り切って天井を押し上げると地上――というか外に出た。メイの言った通り。
とりあえず三人とも脱出して、出入り口になっていた地面の蓋を閉じると、こちら側からは取っ手も持ち上げる隙間もなく、開かなくなってしまった。地下から押し上げないと開かない、一方通行だったのだろう。
周囲を見れば、ここまで来る時に通って来たらしき森が広がっている。
遺跡に入ったのは昼過ぎだった筈だけど、罠から逃げたり落ちたり謎解きしている間に日は傾き、辺りは暗くなり始めていた。
「今日、これからどうするんです? 俺、か弱いから野宿とかできないよ~」
「メイもー。ノジュクって、ご飯おいしくないからつまんなーい。早くステラの料理が食べたいよー」
間違いなく、今から王都を目指しても今日のうちには到着できない。野生動物もいるんだろうし、夜に森を歩く回るのが得策じゃない事は理解している。
けど、あえて俺は我が儘な一般人を演じ、ジェイドを困らせる事にした。幸い、メイも便乗してくれて有り難い。
今更…って気もしたけれど。
遺跡は予想以上に危険地帯で。体よくジェイドに全部任せようと思っていたのに、実際にはそうも行かなくなってしまっていた。
槍から逃げる時は全力で走ったし、トランプの謎解きは割と真面目に考え込んでいたし、スペードの道が正しいかどうか確かめる時も悪い癖が出てしまった。
軽率さを諌めた時のジェイドは、真剣だった。
だけど、いくら鋭い瞳で睨まれたところで、低い声で脅かされたところで俺には響かない。
それは彼の訴えに重みが備わっていないわけでも、不充分なわけでもない。むしろ、幾度もの危険や窮地を乗り越えて、今を生きている彼だからこその説得力があった筈だ。
でも俺には、どんなに真摯に訴えられても、それを有効とするに至るだけの感受性が無い。
何も感じないし、何も思わない。
――こんな筈じゃ、なかったんだけどなあ。
というか危険に首突っ込む気なんて更々なかったのに、これも全部ステラさんの無理難題の所為だ。
「ねーねージェイドー、おなかすいたー!」
「うるせえチビ! 贅沢言ってんじゃねえぞ!」
「チビじゃないもん! メイだもん!」
隣では、メイとジェイドが何やら微笑ましい口論を繰り広げている。
「俺、あったかくて柔らかい食事がいいなー。昼に食べたのはちょっと…」
「嫌なら何も食うな。……」
会話に入ろうとしたら、呆気なくジェイドに切り捨てられた。
つれない反面、彼は何かを考え込んでいるようでもある。大方、うるさいのを二人抱えて、これからどうやって夜を越すべきか考えているんだろう。




